第7話

 スーパーで調味料を買い揃えた健は、緊張しながらも高槻を家に上げる。


「…お、お邪魔します。」


 高槻も少し緊張しているようで、いつもより声が上ずっているように感じる。

 高槻が靴を脱いで玄関に上がった後、いつもの癖で彼女の靴を揃えてあげようとして、既に靴が綺麗に揃えられ、つま先が外に向いていることに気付く。


 そうだ、明莉ではないのだ。礼儀正しい高槻は靴を揃えることなど当たり前だ。

 積年の癖とは恐ろしい、そう思って健が自嘲気味に笑うと、高槻が健のことを引きつった顔で見ていた。


「あ、あなた…にやにやして私の靴に何するつもり…? く、靴ってどんな趣味よ……?。」

「ち、ちがいます! これは長年の癖というか……!」

「長年!? あなた、そんな小さい頃からそんな特殊な趣味が!?」

「違います違います! 靴を揃えない友人がいたんで、いつも揃えてあげてただけですよ!」


 いきなり幸先悪すぎるだろう。玄関先からこんな様子じゃ不安すぎる。

 高槻は少し怪訝な顔をしつつも、何とか納得してもらい、リビングへと案内する。


「ただいまー」

 そう言いながらリビングに入ると、麻由が「ほーい」と返してきた。

 麻由は、リビングテーブルの椅子に腰を下ろし、だらけた様子でカップのバニラアイスを食べながら、だるそうにこちらに視線をよこす。

 そして、スプーンですくったバニラアイスを、大きく開けた口に運ぶ途中で、ピタリと動きを止めた。


「お邪魔します。」


 健の後ろに続く高槻の姿を見て、驚いたのだろう。麻由は目と口を大きく開き、時間が止まったかのように静止している。

 そんな彼女に高槻は近づき、自己紹介をする。


「初めまして、健君の妹さん…よね? 私は健君の後輩の高槻知聖って言います。」


 健は、高槻に初めて名前を呼ばれたことと、彼女が敬語を使えることに内心驚きながらも、微動だにしない妹に代わって麻由を紹介する。


「この大口開けてアホ面してるのが妹の麻由です。…って本当に動かないな。 おーい麻由ー?」


 健が麻由の目の前の手を振ったり、肩をゆするが全く反応がない。

 しばらくして、スプーンをテーブルの上に落したと思ったら、大声をあげた。


「兄貴が明莉ちゃんと喧嘩したからって浮気に走ったーーーーー!!」


 健は麻由の額にチョップを落とした。

 しまった、明莉とのことを麻由にはまだちゃんと説明をしていなかったのだ。

 



「なんだー、兄貴明莉ちゃんに振られてたのかー、どんまいどんまい!」


 すべて説明したところ、麻由は健の背をバシバシと叩きながら、快活に笑った。

 健は痛みに顔をしかめながら返答する。


「振られてはいないよ、告白もしてないし」

「振られたようなもんじゃん。明莉ちゃん彼氏できちゃったんだし」

「う……」


 グサグサと言葉のナイフが健の胸を貫いていく。我が妹ながら容赦がない。いや、妹だからこそ、かもしれない。

 麻由は、ひとしきり笑った後、少し遠い目をして呟くように口を開く。「でもそっかー、じゃあもう明莉ちゃん来なくなっちゃうのかな……寂しくなるね。」


 小さいころからずっと遊んでもらっていたため、麻由にとっては姉のような存在だったはずだ。きっと、麻由にとっても明莉との別れには辛いものがあるのだろう。


「しょうがないよ、いつまでも続くわけじゃないのは分かってただろう? 麻由だっていつかは結婚したら離れることになるだろうし」


「…私はてっきり兄貴達が…いや、なんでもない。それはその通りだね…。」


 麻由は健の顔を見て、何かを口にするのをやめたように見えた。

 健はそれに気づかないふりして、立ち上がる。


「じゃ、俺は料理してるんで、高槻さんは適当に待っててください。」

「ええ、本でも読んで…」


 高槻が鞄から本を取り出したところで、麻由が立ち上がって高槻の手を取った。


「高槻さん! 高槻さんってゲームとかやります!?」

「え? ゲームって、テレビゲームの事かしら? あまりやったことはないわね…。」

「じゃあこっち! こっち来てください! 一緒にやりましょう!」

「え…でも…。」


 高槻は、腕をぐいぐいと引っ張る麻由に、困ったような笑みを浮かべ、助けを求めるように健の方を見てくる。

 健は、にっこりと笑い返す。


「すみません、麻由に付き合ってあげてください。 数回一緒にやれば満足すると思うんで」

「な…!!」


 高槻は麻由にずるずると引きずられ、麻由の部屋と連れ込まれていった。



 一時間後、数種類の味付けの生姜焼きを作り終えた健は、麻由の部屋をノックしようとすると、中から声が聞こえてくる。


「ちょ、ちょっともう一回! 今のはずるいわ! ようやく動きを覚えてきたところなのに!」


「へへーん、知聖ちゃんまだまだだね! 何度だって受けて立つよ!」


 どうやら、妹とはすっかり打ち解けたようだ。妹はすでに高槻のことを『知聖ちゃん』なんて呼んでいる…自分だってまだ苗字でしか呼んでいないのに。

 健がノックをしてドアを開けると、高槻は驚いたような顔をみせる。


「あら、随分早いのね。こんな数分でできるものなの?」

「いえ、数種類の味付けを作ったので、もう一時間くらい経ってますよ?」

「え!? そんなに!?」


 高槻は腕時計を見て驚く。

 どうやら時間の流れを忘れる程楽しんでいたようだ。


「いやー、知聖ちゃん覚えはいいみたいだから、すぐに上達するよ。ま、私は越せないと思うけどね」

「ぐ…随分と上から言ってくれるじゃない…!!」


 麻由の安い挑発に、高槻は悔し気にギリギリと歯ぎしりをする。

 そして、ゲームのコントローラーと健を交互に見比べ、何か葛藤するように唸った後、渋々といった様子でコントローラーから手を放し、立ち上がった。

 最後に麻由にもう一戦挑むか悩んでいたところを見ると、どうやら高槻さんは相当な負けず嫌いのようだ。

 



 数種類の生姜焼きを一通り食べ終えた高槻は、腕を組んで難しい顔をする。


「う~ん、やっぱりどれもピンとこないわね…」


 高槻の言葉に、健は肩を落とす。

 何かスパイスを入れたのかもと思い、クミンやハーブ、ローズマリー等、生姜焼きにあいそうな香りを試してみたが、どれも外したようだ。


「私が食べた感じ、やっぱり今日のお弁当が近い感じしたけどねー。懐かしい味で婆ちゃんを思い出しちゃったよ」


 麻由の感覚は健に近いらしく、懐かしむように遠い目をする。

 その後、残った生姜焼きに黒コショウを多くかけたり、ナツメグをかけてみたり、試行錯誤していると、家の扉を開ける音が聞こえてきた。


 健が慌てて時計を確認すると、既に時刻は十九時を回っていた。 父の幸一が帰ってきてしまったようだ。

 幸一はリビングに入るなり、高槻の姿を見て目を丸くする。


「ただいまー…ってなんだ、お客さんか?」


 高槻は立ち上がると、きれいにお辞儀をした。麻由との時とは違う、大人に向けての挨拶といった感じで、所作が様になっている。


「お邪魔させていただいています。健君の後輩の高槻と申します」


 すると幸一はビシッと背筋を伸ばし。敬礼をする。


「…た、健の父親であります塩野幸一であります! 四十四歳でIT企業でサラリーマンをしております!」

「いや、なんでお父さんが緊張してんの。歳も職種も聞いてないし」

「あ、そうか。丁寧に挨拶されたもんでつい。なははは!」


 麻由の突っ込みに、幸一は誤魔化すように大きな声で笑うと、ジャケットを脱いで風呂場の方へと向かう。

 健は幸一を引き留める。


「あ、ごめん、まだ晩飯も風呂の準備もまだだ。」


 試食会に夢中になっており、すっかり忘れていた。

 幸一は「お? そうか?」というと、気にするなという様に手を振った。


「大丈夫大丈夫、風呂は俺が入れとくから。健は晩御飯を頼む。友達も食べていくんだろう?」

「あ、いえ、ご迷惑かと思いますので、私はもう帰ろうかと…。」

「あ、そうか? もうおうちの人が準備してくれてるとか?」

「そういう訳ではないですが……。」

「じゃあ、食べてくといい。なんたってウチの健の飯はプロの定食屋の仕込みだからね。その辺で弁当を買うよりずっと美味しいよ。」


 幸一はなぜか自分の事のように得意げに話す。

 高槻は困った顔で、判断を仰ぐ様に健の事を見てきた。


「うん、食べていくといい。 実は今日、念のため高槻さんの分も考えて晩御飯の買い出ししてたんだよね。」


 健はそういうと、高槻はおずおずといった様子で「じゃあ…お言葉に甘えて…。」と言ってゆっくりと頷いた。



「よし!」

 健はキッチンでひとりでにガッツポーズと共に気合を入れる。

 高槻も食べることになったのだから、いつもよりも料理に気合が入るというものだ。

 冷蔵庫から使う食材を机に並べたところでスマホが鳴る。

 通知画面を見ると、メッセージは明莉からのようであった。

 内容を確認すると、壁からチラリとこちらを伺っているような兎のスタンプが一つ送られてきていた。

 二週間ぶりに彼女から連絡が来たことで、健は自分でも驚いてしまう程ホッとしていた。

 なんて返そうか考えていると、リビングから麻由が顔をのぞかせる。


「兄貴ーお腹すいたー、急ピッチで作ってね! さっきまで生姜焼き食べてたのに知聖ちゃんのお腹がすごい鳴ってるの」

「ちょ…!!」


 高槻の焦ったような声が、ニシシと笑う麻由の後ろから聞こえてくる。


「あぁ、そういえば俺も前に一度聞いたことがあるけど、まるで雷様のようだったなぁ」


 健の一言に、幸一と麻由が大声で笑い、麻由の後ろから顔を真っ赤にした高槻がにゅっと顔を出してきた。


「ちょっとあなた! 変なことを言わないで!」

「あはは、冗談ですって」


 健は、明莉への返信は後回しにして、晩御飯の調理を開始した。





「塩野君の家って、とても賑やかなのね」


 晩御飯を食べ終え、高槻を家まで送っている途中で、彼女がクスリと思い出し笑いをしながらそう言った。


「あ…ごめんなさい! 父と妹、うるさかったですよね…」


 高槻は、麻由と幸一の質問攻めにあったため、さぞ肩身の狭い思いをさせてしまったことだろう。

 しかし高槻は、健の言葉にゆっくりと首を横に振る。


「いいえ、そういう意味じゃないわ。とっても暖かくて…素敵な家族だと思う。」

「え? そうですかね…? 貧乏で色々と不便ですけど…」


 塩田家は毎月父に言い渡された生活費の中、かつかつでやりくりしている。健が料理をしているのだって節約のためだ。高槻の家の方が、もっと高級なものを食べているだろうし、いい暮らしをしているはずだ。

 高槻は自嘲気味に笑う。


「いくらお金があったって……いえ、お金があるからこそないものがあるのよ。そういうものに限って……私が一番欲しいものだったりね」

「そう……なんですか?」


 健は、いまいちピンとこない。

 お金があれば、いろんな調理器具、どんな高級食材だって手に入るし、新作ゲームの広告を見てヨダレを垂らしている麻由に、我慢を強いることも必要無くなる。

 お金があっても買えないもの…一体なんだろうか…。

 健が考え込んでいると、ピタリと高槻が足を止めた。


「というかあなた、なんで私に対して敬語なの? あなたの方が先輩でしょう?」


 言われてみればその通りだ。健も足を止め、原因を少し考えてから答える。


「えー、なんというか……生物的に格上な気がして……?」


 少し大げさに言ったが、本心だった。頭がよく、お金持ちで、一般庶民である自分とは住んでいる世界が違う気がしていた。

 健の言い草に、高槻は噴き出した。


「ふふふっ、なによそれ。 同じ人間なのだから生物的に上も下もないでしょう。」


 まるで人形のように整った顔立ちを、くしゃっと丸めた様に笑う彼女の笑顔は、とてつもなくかわいい。 

 見惚れている健に気付かない高槻は、ひとしきり笑った後、健に微笑みかける。


「呼び方も知聖でいいわ。私も名前で呼ぶことにする。健さん、でいいかしら?」


 不意に彼女に名前を呼ばれ、健は顔が熱くなるのを感じたため、動揺がバレないよう顔を逸らして答える。


「『さん』は要らないよ。たかつ…知聖…さんに『さん』付けされてると違和感があるし。」

「わかったわ、健。ちなみに私も、『さん』はいらないけど?」

「ち…ちさ……ごめん、それは無理だ。」


 とてもじゃないけれど、彼女のことを呼び捨てでなんて呼べなかった。

 



 健は知聖を彼女のマンションに送り届けた後、帰路につく。

 知聖の住んでいるマンションは想像していた通り、見上げるだけでひっくり返りそうになる程背の高いタワーマンションだった。改めて住む世界が違う人なんだと実感してしまった。


 でも、知聖は初めて会った時と比べて表情は豊かになったし、気兼ねなく話せるようになった。

 間違いなく彼女との距離は縮まっている。そのことを考えると、自分なんかがおこがましい、といった気持ちになると同時に、気分が高揚ような嬉しさを感じる。

 高槻とのことを考えていると健の足取りは軽く、あっという間に家の近くまで着いた。


 しかしそこで、家のドアの前で不審な人影に気付く。その不審者は玄関脇の小窓のすりガラスから、家の中の様子を伺っているように見えた。

 健は階段脇に立てかけてあった箒を片手に、不審者へと近づき、声をかけた。


「おい、なにをやってるんだ!」


 不審者は驚いて飛びのくと、ぺこぺこと頭を下げる。


「ひぃ!! ごめんなさいごめんなさい! ここの家の人とは友達で……!!」


 聞き覚えのある声に、スマホのライトを不審者に当てると、見覚えのある顔が現れた。


「何やってるの明莉……」


 明莉は頭をあげると、健のライトが眩しいのか顔を歪める。

 ライトを逸らしてあげると、明莉は健だと気付いたのか安堵の表情を浮かべた。


「なんだケンか~、驚かせないでよー。てかライト眩しい!」

「いや、それはこっちの台詞なんだけど……何してんの?」


 健はワザと明莉の目元にライトを当ててそう聞くと、明莉は日光を嫌がる吸血鬼の様に身をよじる。


「やめろぉ! 闇の帝王である我に光は相性が悪い……!」

「闇の帝王って……お前の名前は明莉、思いっきり光側の人間だろう」


「そう、嘗てはな。だが堕天し、闇の帝王として……あてっ!」

 ふざけて仰々しい台詞を吐く明莉の額を軽く小突いた。

 明莉は、健に小突かれた額に両手で抑えて、両手の隙間から不安そうに健を見る。

「ケン…まだ怒ってる…?」


 健は、明莉に笑いかけた。


「ううん、怒ってないよ。久しぶりだね、明莉。」

「……へへっ、うん、久しぶり。」


 健の笑顔に釣られるように嬉しそうに二ヘラと笑った彼女に昔の面影を見る。昔から、この照れたような笑顔は変わらない。


「ケンがそろそろ私がいなくて寂しくなったんじゃないかと思ってね。」


「……うん、寂しかったよ。」


「……へ?」 


 健の返しが、明莉にとって予想外の言葉だったのか、彼女は目を丸くしてぽかんと口を開ける。


「だから、寂しかったって。小学生の頃からずっと一緒に朝ごはんも食べてたし、登校も一緒でさ、こんなに長い間一つも連絡しなかったのなんて初めてじゃない? 俺の生活にとって、明莉がどれだけ大きかったかっていうのが、身に染みて分かった」


 これは、健の本心であった。

 この二週間、毎朝明莉の座っていた椅子を見て、明莉のことを考えてしまっていたし、何をしていてもぽっかりと心に穴が開いてしまったような喪失感を感じていた。

 健の言葉に、明莉はしばらく呆然としていたが、健の言葉を飲み込むと、頬を赤らめてニシシと笑う。


「そ、そう。…えへへ、なんだか照れるね。私も健がいなくて似たような感じだったし。私も普通に寂しかった」

「そっか……明莉も同じだったんだね、良かった」


 少なくとも明莉にとって、健の存在が小さいものだった、ということはないようだ。今の状況を鑑みても、メッセージの返信がないからと言って、真夜中に家まで様子を見に来るほど気にしてくれている。

 健は独り相撲ではなかったことにホッとした。


 健は、恥ずかしそうにこちらをチラチラと見ながら、髪先をいじっている明莉に背を向けて歩き出す。


「もう遅いし、送っていくよ。」

「うん! ありがと!」


 明莉はぴょんと小走りで健の少し横に立つと、いつも通り健の少し前を歩く。

 明莉の家に着くまで、健と明莉は、この二週間であったことを語り合った。健も明莉も、この二週間で話したいことが溢れるように溜まっており、話しても話しても話のネタは尽きなかった。

 明莉の家の前に着いた後も、しばらく二人は立ち止まって談笑していた。


「あはは、こんなに楽しかったのは久しぶり。やっぱりケンは最高の友達だよ!」

「……うん、俺も楽しかった。」


 本当に、彼女と話していると楽しくて時間が経つのを忘れてしまう。彼女以上にお互いに気心の知れている友達とは二度と会えないだろう。

 明莉は楽しそうにスキップして、玄関のドアに手をかけると、クルリと振り返る。


「じゃ、また明日ね」

「うん、また大学で」


 健の返答に、明莉は笑いながら否定するように手を振る。


「ううん、ちがうちがう。 また明日から健の家で朝ごはん食べるから、私の分の朝ごはんもよろしくね?」


「それはだめだよ」


 健はできるだけ感情をこめず、突き放すようにそう言った。

 健が今まで楽しくおしゃべりしていたため、快諾してくれると思っていたのか、明莉はパチパチと目をしばたたかせており、状況が呑み込めていない様子だ。

 健と仲直りしたことを心から嬉しそうに……無邪気に笑ってくれている彼女に、今から言うことを口にするのは非常に心苦しいのだが、自分たちが前に進むためには、この言葉の続きを伝えなければならない。

 健は、笑顔のまま固まって首を傾げる明莉に、もう一度はっきりと言った。


「明莉、もう……うちには来ないでほしい。」

「……へ?」

「だから、もうウチに来ないでって言ったんだ。彼氏がいるのに、他の男……俺の家に来るのはおかしいよ」


 明莉は目をぱちくりとさせた後、ケタケタと笑いだす。


「あはは、なにいってるの~。男って言ってもケンでしょう?」


 どうやら、健は男とすら見られていなかったようだ。


「あのね、明莉から見るとそうなのかもしれないけど、八坂先輩からすると……」


 健の言葉を遮るように明莉が手をかけていた扉が開き、家の中から明莉のお母さんが顔をのぞかせた。


「明莉…? さっきから玄関先でなにやってるの?」明莉のお母さんの視線は、明莉からと彼女と向き合っている健に移り目を見開かせる。「やだ、健君!? 見ないうちに随分と男前になっちゃってまぁまぁまぁ…!!」


 明莉のお母さんの感覚では、健はずっと小学生の頃の姿のままなのか、会う度に大人っぽくなったと褒められる。悪くはない気分だが、少しくすぐったく感じる。


「お久しぶりです。最後にお会いしたのは高校の卒業式なので、そんなに変わっていませんよ。」

「そんなことないわよ~、もっと近くで……」


 明莉のお母さんが玄関の扉を大きく開いて外に出ようとするが、明莉がグイグイと家の中に押し込むようにそれを阻止する。


「お母さんはでてこなくてから! じゃ、ケンまたね!」


 明莉はそう言って、お母さんと一緒に家の中に入って扉を閉めた。

 家の中でも言い合っている二人の声がここまで聞こえてくる。


『えー、お母さんもっと健君と話したかったわ~!』

『ケンに迷惑かけないで! いっつもお母さんは余計なこと言うんだから!』


 相変わらず仲のいい二人に、健は思わず笑ってしまった。

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