17
「テキトーに座ってて」
百合は私をひとり部屋に残して扉を閉めた。
初めて来るプライベートな空間に、私は少なからず緊張していた。
白とベージュを基調にシンプルに整えられた部屋だった。
本棚に並ぶのは小説や参考書が多く、机の上も綺麗に整理整頓されていて、教科書が雪崩を起こしそうになっている自室を思い出しては溜め息が漏れた。
ベッドを背にしてベージュのカーペットに腰を下ろし、近くにあった丸いクッションをお腹に抱き抱える。
弾力があるマットレスに背中をあずけて、もう一度ぐるりと部屋の中を見渡せば、ベッドの上にくたびれた小さなぬいぐるみが置かれていることに気付いた。
犬とも熊ともわからない程くたくたになっていて、ずいぶん長い間所有しているものらしい。
気になって、ベッドの上に手を伸ばしそのぬいぐるみを掴んで引き寄せた。
手のひらに収まるほどの大きさしかないそれはところどころ補修した跡があり、左右の目はよく似ているけれど違うパーツが縫い付けられていた。
ほとんど音を立たず扉が開き、ジュースが注がれたグラスを乗せたトレーを持った百合が「お待たせ」と部屋に入ってきた。
百合はすぐに私の手の中のぬいぐるみに気が付いて、はにかんだ笑顔を見せる。
「あぁそれ。小さいときから握ってないと眠れなくて」
「へぇ。意外だね」
百合はローテーブルにトレーを置くと、私の手からぬいぐるみをひょいと取り上げた。
「大事にしてるんだけど、どんどんボロボロになってくの」
百合はそれを愛おしそうに撫でて、元あった場所に優しく置いた。
愛されたが故に壊れてゆくぬいぐるみに、これからの自分の姿を見た気がした。
「私もいつかああなっちゃいそう」
隠す気もなく素直にそう言えば、
「そうならないように努力するよ」と百合が答えた。
「ま、努力した結果があれなんだけどね」
「なにそれ、怖いんだけど」
割と真面目に言ったつもりだったけど、百合はあははと軽く笑って誤魔化すようにグラスを私に差し出した。
「百合ってさ」
「んー?」
互いのグラスが空になるころ、私は前から気になっていたことを口にした。
「千里と仲いいじゃん?」
「中学んときから一緒だからね」
「…千里とキスしたことある?」
百合はぽかんとした顔で私を見たあと、にやにやと口元を緩めた。
「なぁーに。そんなこと気になるの?」
「気になるっていうか、千里は百合のこと好きだと思うし…それに、」
なんだか気恥ずかしくなってきて空になったグラスの底を意味もなく見つめ続ける。
「それに?」
「それに、…百合のキス、初めてじゃなさそうだったから」
ちらりと百合を見れば、百合は鼻の下を伸ばしてデレデレと締まりのない顔でこちらを見ていた。
「え、なにその顔」
「だってミコが可愛すぎるんだもん」
「真面目に聞いてるんだけどっ」
私が語気を強めると、百合はごめんごめんと謝ると数回わざとらしく深呼吸して見せた。
「千里とは何もないよ。ミコが初めて」
「急に…真面目にならないでよ」
「ミコが言ったんじゃん」
百合の手がゆっくりと伸びてきて、お揃いのピアスがついた耳たぶをやわやわと弄ばれる。
大した抵抗もせずその刺激に身を任せていれば、百合はぐっと顔を近付けてきて言った。
「ね、そろそろ我慢の限界なんだけど。もう、ちゅーしていい?」
その質問に答える代わりに、私は百合の唇にキスをした。
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