一学期
01
「体育って今日からバスケだっけ?」
「そうだよー。同じチームになりたーい」
「私も!ユリも誘おう!」
数学の授業中だというのに、周辺の席では次の体育の授業の話題で持ちきりだ。
年配の数学教師は黒板に向かってチョークを動かすだけで、ガヤガヤと騒がしい生徒達を注意することもない。
そして、その騒がしい輪の中に私が入ることは決してない。
田村実子−たむらみこ 17歳
中学生の頃、クラスに馴染めず徐々に学校へ行くのが億劫になっていった。
変化を求めて両親を説得し私立の女子校へと進学を決め、高校デビューに憧れてひっそりメイクを研究したりもした。
入学式の日、血色がよく見えるようにとほんのりチークを塗り、ピンクの色付きリップを唇に乗せて、まつ毛に薄らとマスカラを塗った。
鏡の中に映る新しい自分に、しゃんと背筋が伸びたことを覚えている。
偶然隣の席になったクラスメイトと初めて言葉を交わし、緊張もせず自然に笑えている自分に驚いた。
そして高校生活最初の友人を介し、友達の輪は一気に広まり生まれて初めてスクールカーストというものの上位グループに認められたのだ。
学校が楽しくて、楽しくて、今日何があったのか、母親に報告することが日課になった。
少しずつ濃くなるメイク、だんだんと短くなっていくスカート、両耳にひとつずつ開けたピアスの穴、茶色く染めた髪。
両親は「あんまり先生に怒られないようにね」とは言うものの、格段に明るくなった私を見てどこか安心しているようにも見えた。
2年生になってすぐのある日の朝、いつも通り教室に入ると、教室の中にいたクラスメイトの視線が一気に私へと集まった。
ザッと音が立つほど一斉に向けられた目に、私はひどく戸惑った。
「な、なに〜?どうしたの、みんな」
努めて明るく、いつも以上にヘラヘラ笑いながら歩を進める。
いつもならそこかしこから飛んでくる「おはよう」の挨拶も聞こえない。
それどころか全員が私を避けるようにふっと目を逸らした。
その日、何がなんだか分からないま、美しく構築し直された私の世界は一瞬にして崩れ去ってしまった。
あれから数ヶ月、季節は2度目の夏休みを目前に控えている。
クラスメイトからの無視は飽きることなく続き、誰もが私を空気のように扱うことにももう慣れた。
そしてそれは流行り病のようにあっという間に学年全体に感染した。
私は今、ひとりぼっちだ。
体育は憂鬱だ。
すぐにペアやグループを作らされるし、余っていると「誰か田村も入れてやれー」と体育教師が声を上げる。
そうすると、必ずクラスで1番の人気者である佐々木百合が「いーよ、入れてあげる」と助け舟を出してくるのだ。
入れてあげると言いながら、それは文字通りグループに入れてくれるだけ。
実際にはなんのコミュニケーションも取れず、佐々木百合を取り巻く人間に弾き出され隅の方で縮こまって時間が過ぎるのを耐えるだけ。
今日の体育がバスケなら、また同じことの繰り返しになるだけだ。
「先生」
スッと手を挙げて、こちらに背を向ける数学教師を呼ぶ。
教室の中は水を打ったように静まり返った。
チョークが黒板を叩くカツカツという音も止まり、数学教師がのろりとこちらを振り返る。
「具合が悪いので保健室に行ってもいいですか」
数学教師は手元の手帳に何かを書き記すと、さっさと行けとでも言うように左手でシッと払う動作をした。
私が机の上の教科書やノートを引き出しに仕舞い立ち上がって教室を出るまで、クラスメイトは誰一人「大丈夫?」なんて言葉をかけてくることはなかった。
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