第六話 成金子爵毒殺事件(答え合わせ)
これまでになく食堂がざわついた。
事前に推理を話していたエドガーさま以外、ノイジー閣下ですら困惑の色を示している。
けれど、論理的に考えてこれしかないのだ。
氷によって
それが混入されなかったはずの杯。
しかし発生した死人。
導き出される答えは、自殺しかない。
「子爵は自ら毒を飲んだのです」
「な、ぜ……?」
うろたえきった声音で、ベツトリヌさんが呻く。
数秒して、仮面の奥から皮肉げな言葉がこぼれ落ちた。
「いまさら、罪の意識を感じて自害したのか?」
「それは一面的に正しく、そして多くの面で的外れです」
「なんだと」
「子爵は、あなたがいたからこそ、死を選んだのです」
「――――」
絶句する仮面の商人。
さあ、
謎のベールを、暴き立てよう。
「ベツトリヌさん、あなたはハゴス子爵の冒険者仲間でした。冒険を終えて帰途に就いたあなた方は食事に毒が混入したことで瀕死となった。ここまではよろしいですね?」
「そうだ、だから俺はやつを」
「もし、その毒が誰も意図したものではなかったとしたら?」
「――は?」
首をかしげるようなことではない。
財宝に目がくらんで殺し合うという話は古今を問わずよくあるが、絶対にそうと決まったわけでもないだろう。
その日の料理担当者が、たまたまその辺に生えていた野草を料理に使い、たまたまそれが毒草だったという可能性だってあるのではないか。
もしくは食材自体が、時間を経て毒を発生させたと言うこともあるだろう。
芋の芽が有毒とか、割と有名だ。
「だが、ハゴスは一人で財宝を持ち逃げして」
「あなた方は亡くなられていた、少なくともそう見える状態だったのでしょう? 遺品を持ち帰ろうとするのは、普通のことでは?」
「…………」
反論がないので続ける。
つまるところ、子爵から見ればこうだ。
冒険を終えた帰り道、食事を
どうやら食事に毒が混入したらしい。
全員の遺体を連れ帰ることは出来ないし、体力的にも埋葬は不可能。
だが、せめて遺品ぐらいは持ち帰ろう。
ついでに財宝を有効活用しよう。
「その有効活用というのが、ポーションを作り冒険者ギルドの福利厚生を徹底することでした。もうお解りですね?」
「……俺たちのような犠牲者を、二度と出さないため」
「はい」
子爵は武勇伝を語るとき、いつも後悔を口にされていた。
罪悪感と、哀悼を必ず話された。
それは、冒険者時代の出来事が彼の中でずっと心のしこりとして残っていたからだろう。
「悲劇を二度と繰り返さないために、冒険者とこれを支援するギルドを育てるために、彼は活動を続け、今回も有志を
しかし、そんなときにベツトリヌさんが自分を殺すことを画策していると知る。
恐らくは、トレニー導師が氷を入れ替えたあたりで悟ったのだろう。
当然、自分を狙う者の正体にも。
「そこで子爵は一計を案じます。ベツトリヌさんを説得することは難しい。何より自分には遺体を放置し、財宝を持ち帰った負い目がある。なんとか被害が最小限で済ませられないかと」
「その結果が、自殺だって言うのかっ」
怒鳴る仮面の元冒険者。とても受け容れられないという声音。
むべなるかな、すべては私の推論に過ぎない。
トリックは自明で、状況証拠は揃っていても、明瞭とはとても言えないのだ。
けれど。
「子爵なりの贖罪だった。そう考えれば、全てのつじつまが合うのです」
「――――ッ!」
ベツトリヌさんが、声にならない声を上げる。
恩讐を超えた、悲痛なる絶叫。
やがて、彼は仮面を脱ぎ捨てた。
現れたのは、醜く変形した顔。
彼は氷が溶けきったグラスをひっつかむと、
「お待ちになって!」
「やめたまえ!」
婦人や男爵の忠告など耳も貸さず。
それを一息に飲み干した。
「ああ!」
「そんな」
悲鳴。
元冒険者は、胸元を押さえ。
「……な、ぜ、だ」
ただ、呆然と立ち尽くしていた。
彼は血を吐くことはない。
当然である。
「初めから毒など入れていません。私を何だと思っているのですか?」
「そんな……」
がくりと崩れ落ちるベツトリヌさん。
一歩、エドガーさまが踏みだし、彼の横へと並ぶ。
そうして、こう仰った。
「貴様は命を拾った、一度ならず二度までも。その幸運を、代わりに犠牲となったものを思い、背負って余生を過ごすのだな」
「お――おおお、おおおおおおおおおおおおお……!」
身を打ち振るわせ、
その悲痛な嘆きをもって。
成金子爵毒殺事件は、幕を閉じたのだった。
§§
「子爵の資金は国に接収されるのですか?」
「いや、あれは賢明な男だった。既に財産の大半はギルドへ寄付されている」
連行されていくベツトリヌさんを見送りながら、私とエドガーさまはそのようなお話をする。
なるほど、安心した。
子爵の心意気は、願いと贖罪は、少なくとも達成されたのだから。
「ベツトリヌさんはどうなりますか」
「毒殺未遂は真実だ。だが、
そうか。
それは、子爵も浮かばれることだろう。
「それで、エドガーさま」
「……〝結社〟のことか」
「はい」
「ベツトリヌがここまで成り上がったのは、間違いなく〝結社〟の力を使ってのものだ。先ほど話したとおりにな」
そう、私がピンポイントで彼を疑うことが出来た理由はこれだった。
子爵の身許と交友関係を調べる内に、エドガーさまは〝結社〟の暗躍へと辿り着いた。
中でも一番接点が強くあると疑われていた人物が、ベツトリヌさんだったのだ。
〝結社〟は恐ろしい相手だ。
ただの一個人を、一つの商会の長に仕立て上げ、復讐を遂げさせようとする。
おそらくは、子爵の莫大な遺産を横取りする計画でもあったのだろう。
「あるいは、この領地の主産業であるダンジョンと冒険者、その両方を叩くつもりだったのでしょうか」
「さてな。わからぬからこそ調査を続けるのだ。なにより……いつまで隠れているつもりだ?」
「おっと、バレバレだったか」
ひょっこりと顔を出したのは老境の剣聖、ノイジー閣下だった。
彼は私たちの前に歩み出てくると、メガネをカチャリと押し上げ。
こんなことを口にされる。
「エドガー、お前に朗報だ」
「聞こう」
「王都に逆賊の気配あり。王族の方々が次々に闇討ちを受けている。よって、助力せよとのお達しだ」
辺境伯に命令を出来る人物ともなれば、ほとんど唯一に限られる。
それは――
「我らが主君、パロミデス王の要請である。否やあるまいな?」
「…………」
エドガーさまは。
両の瞳を蒼く燃やされて。
重々しく、頷かれたのだった。
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