鴉を愛せよ

堕なの。

鴉を愛せよ

 鴉を愛せよ。黒い翼、雀より大きく鷹より小さい体。何も知らないお前らは、鴉を不吉だなんて言って避ける。

 今日だって、鴉が電線に止まっていたら、その下を避けて通った。気持ち悪い、害鳥が、などと言って歩道をはみ出し車線に飛び出して尚避けたのだ。女子高生の耳につく笑い声が気持ち悪くて仕方がなかった。彼女たちは、心底鴉を馬鹿にしていた。

「当たりめぇだろ。そんなんだから、お前は友達が出来ねぇんだ」

 一人でいる私の隣に、顔馴染みの奴が来た。そして鼻で笑うと蔑む様な目線を向けてくる。その見下されている感じがどうも気に入らないが、去って逃げたと思われるのも嫌なので、居心地の悪いそこから離れられないでいた。

「鴉が愛されねぇなんて、ずっと昔から決まってる事じゃねぇか。それをお前、覆そうって。その身で愚かだと思わねぇのかよ。諦めろよ」

「思わないし、友達くらい居るよ」

 負け犬の遠吠えに似たセリフを吐き捨てて、その場を去った。鴉を落とす者は、もし鴉自身であっても許せなかった。

 とぼとぼ歩く。視界一面がアスファルトに覆われる。いくらあんな奴の言葉なんか気にしないと思っても、ああも言われてしまえば、心にくるものはある。

「どうしたの?」

 そんな私に声をかけてくれたのは、さっきも言った私のだった。爽やかな好青年。百人に聞いたら八十人くらいの人がそう答える、私の大切な友達。私がベンチに座れば、彼もベンチに座った。

「元気がないね」

「うん。嫌なこと言われて」

 私がそう答えれば、彼は私の頭を撫でてくれた。その優しい手は安心を運んでくる。いつの間にか、私は笑顔になっていた。

「ありがとう」

「お、お礼か。良い子だな」

 もうそんな歳じゃないのに、と思いながら喜ぶ彼を見た。その姿を見れば心は満ち足りていく。それが私の特効薬だった。

「あ、この後予定があったんだった。悪いな。あんま長くは居られなかった」

「ううん。いいの。ありがとう」

「じゃあな」

 彼は手を振って去って行った。私も手を振れば、彼はまた嬉しそうに笑った。これだけで幸せな顔をしてもらえるなんて、これに優る幸せはこの世にない気がした。

 小さな足を懸命に動かして歩いていく。人の多い場所に行って、少しでも鴉の良さを分かって貰いたかった。冷たい風の、恐ろしいうめき声は、世界に嫌われているだなんて大層な被害妄想を抱かせる。そんなはずはないのに。

 神は全てを平等に愛している。だから、違いは個性で些末なもの。それは何かを弾く理由にはなりはしないし、人と鴉は仲良くなれるはずだ。場所によっては八咫烏が崇められていたりもするのだから、鴉だって人の生活に入り込める。だって私達は、

「鴉あっち行けー」

 私はいつの間にか公園に居た。子どもたちが石を持って、明確な害意を元に投げる。それはいい勢いで空を切って、私の体にぶつかった。それでも子どもたちが石を投げることを辞めることはなかった。

 痛くて、痛くて、堪らなくって。大声で鳴いて、黒い翼を広げて、低空飛行で襲う姿勢に入った。こういうことをするから分かり合えないのだ。暴力で何が解決するというのか。

「キャー」

「危ない!」

 大人の女の人の声。それと同時に網のような物で捕まえられた。必死に暴れて逃れようとするが、暴れれば暴れるほど絡まっていく。

 顔を上げて周囲を見れば、蔑むような目、目、目。恐怖と怒りの籠もった目が向けられていた。

 なぜ、分かり合えない。なぜ、私達を無闇矢鱈と傷つける。なぜ、私達は愛されない。

「私を愛せよ。愛してくれよ」

 人と鴉というだけで、その溝は深くなっていく。分かり合いたいだけなのに。そんな願いすら届かない。彼らの言葉は分かっても、私達の言葉は理解してもらえないから。

 やっぱり冷たい風が吹いて、世界が私を蔑んでいるような気がした。「鴉が愛されないなんて昔から決まってる」、そんなことないと言いたかった。

 鴉を愛せよ。愛するべきだ。

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鴉を愛せよ 堕なの。 @danano

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