第30話 手配書②

 その手配書は、一見人の捜索願のような体をなしていた。

 依頼内容は、捜索。依頼対象の職業は傭兵。捜索対象の人物像――緑層りょくそう出身、女、二十歳前後、灰色ウェーブがかった髪、碧い目。身長は百六十センチ前後、痩せぎす、男装。

 名前は、エデル・マーシュロウ。

 真ん中に描かれた人相書きは、数秒キョロキョロと当たりを見回しては顔を隠すような動きを延々と繰り返している。絵が動いているのだ。

 絵を動かすための魔導具まどうぐでできたペン、というものがある。絵描き職人がそれで描いたものが、ああやって自動的に動き出すのだ、とルーシャスは説明してくれた。

 しかし、仕組みより何より問題なのが、その人相書きに描かれた人物だった。

 エデル自身なのである。

 あの絵はエデルの特徴をよく捉えていた。大きなアーモンド形の目、小さな鼻、細い顎。何かに追われていないかとうろうろとさまよう視線は、村長に売られてからのエデルそのものだった。

 描いた職人はよくできた人なのだろう。村長の家や商隊にいた頃、絵描き職人なんて人にはついぞ出会わなかった。つまり、エデルを知る誰かの言葉だけを頼りに描かれたわけだ。それでここまで似せられてしまうと、なるほどナイジャーがエデルに幻影魔法を施した理由もよくわかる。

「見ろよ。女ひとり探すだけでガルタ金貨五枚だぜ。奴隷でも逃げ出したか?」

 隣から銅鑼声が降ってきて、エデルはビクリと身をすくめた。ちらりと視線を向けると、ルーシャスと同じくらいの背丈の大男が仲間に声を掛けている。

「捜索者の情報に探りを入れるのはご法度だぞ。奴隷にも一応個人情報・・・・なんてもんがあるからな」

 その仲間が真面目くさった顔で言い返すが、その声は笑い含みだ。

「依頼主にとって捜索者は〝娘〟だとよ。娘探すのに金貨五枚はさすがになぁ?」

「どっかの地主が娘より若い愛人に逃げ出されて必死こいて探してるんじゃねぇのか?」

 下卑た邪推にどっと笑いが起こる。

「おい、依頼主は誰だ?」

「マリュエル・ゲルニッシャー。――知ってるか?」

「あー。聞いたことがあるな。確か緑層あたりの……」

「商人ギルドにいたヤツの名前だろ。長だか副ギルド長だか忘れたが」

「かなりの大物じゃねぇか。……となると、やっぱりこいつは」

 男たちは目を見交わし、ニヤリと笑った。

「――奴隷、だな」

 エデルが息をひそめるように固まっていると、ルーシャスがその背を軽く叩いた。戻ろう、ということらしい。

「どうだった?」

 席に戻ると、にっこりとやわらかな笑みを向けていたナイジャーが笑みを引っ込める。エデルの様子からただならぬ様子を察したようだった。

「ついに出たな。手配書だ」

「……やっぱりか」

 目を伏せたナイジャーに、エデルは僅かな希望をかけて問いかける。

「あれって、やっぱりわたしなの? 他人の空似とか……」

 まさかあんな手配書となって出回るほど探されることなんて、本当にあるのだろうか。

 確かにエデルは売られたが、逃げたといってもたかだか人間ひとりである。

「あんな……五ガルタ金貨なんて」

 報酬は男たちが騒いでいたように、ガルタ金貨五枚もつけられていた。

 ふつう、ガルタ金貨一枚程度が都市部で働いた一ヶ月分の給金になる。王宮で働く官吏の最低給金がそのくらいだったはずだ。

 それが、自分を探し出すだけで五枚も支払われるなんて信じられない。

 エデルは青ざめた顔でルーシャスとナイジャーを見比べた。

「話は宿に戻ってからにしよう。ナイ、会計は?」

「済ませた」

「ありがとう。――エデル……いや、エディと呼ぶぞ」

 手配書には、しっかりとエデル名前が記載されていた。依頼者は村長の名前ではなかったが、村長が関係しているとしたらエデルの名前を知られていてもおかしくはない。

 これからは、エデルの名前を呼ぶだけで怪しまれる可能性があるのだ。なるべく名前を呼ばれないような工夫が必要だった。

「不安に思うだろうが、そう怯えた顔をするな。そのためにナイが幻影魔法をかけたんだからな」

「う、うん」

「あんまりオドオドしてると、せっかく顔を変えたのに余計い怪しまれることになるよ」

 ナイジャーにも言われ、エデルははっとしてあたりを見回すのをやめ、首をガッチリと前だけに固定したのだった。


 *


 宿に戻り、いつもの部屋に入って扉を閉めて、ようやくほっと肩の力が抜ける。

「お疲れさん。今日まで手配書は出てなかったから大丈夫かと思ったが、やっぱり出てきたか」

 ナイジャーが苦笑しながらエデルに瓶を差し出してくれる。

「これ、なあに?」

「エディが気に入ってた蜂蜜酒。酒類ならテイクアウトできるところも多いんだぜ」

「ありがとう……」

 さっきは感動するほどおいしいと思った蜂蜜酒なのに、今はそれよりも不安のほうが勝る。素直に笑顔にはなれなかった。

「あんな大金がかけられるほどなんて……」

 とんだ大事になっている。

 これからどうしたら良いのかとエデルがため息をつくと、ルーシャスは「そんなに深刻になるな」と苦笑した。

「手配書が出ることくらいは想定済みだ。五ガルタとは破格だが、まあ、おまえの能力を考えれば思ったより低いほうだな」

「ガルタ金貨五枚だよ⁉」

 エデルにとっては、一生かかっても得られるかどうかの大金である。

 しかしルーシャスは首を振ってみせた。

「脅したくはないが、これからどんどん釣り上がるぞ。あの場にいたヤツも報酬にばかり注目していただろう。あれでも初手にしては高値に設定されすぎだな。――どれだけエディの能力が手放し難いかよくわかる」

 ルーシャスは皮肉っぽく笑みを作った。

「最初から高値に設定すると、それだけ捜索している人間の価値が高いのだと示すことになる。そうすると、報酬目当てに依頼を受ける傭兵の頭数が増える。みんな割の良い仕事を受けたいからな。そしておまえはあっという間に捕まるだろう。だが、同時に面倒事が起こる」

「……面倒事?」

「依頼主に引き渡すより、もっと高値で買い取ってくれる輩を探して売りつける」

「…………」

 ルーシャスは長椅子に腰を下ろす。エデルも向かいに座るよう促された。

 おそらく、込み入った長い話になる。


「そもそもの仕組みから話そう。これはあくまで俺たちの業界で言うところの暗黙の了解になるが。傭兵稼業には、荷や人の護衛や、獣魔退治などが依頼される。これは想像がつくな?」

「うん」

「そういうよくある依頼の中の一つに、人の捜索がある。捜索依頼は扱いが少し複雑だ。なにせ事情がいろいろだからな。街中で行方不明になった場合は街の警備団――これも傭兵から派生した職業だが――に依頼されることも多い。ふつうの傭兵が請け負うのは、事件性よりも事故の可能性が高い行方不明者の捜索だ。たとえば、魔鉱石採掘の仕事に出たっきり家族が帰ってこなくなった……とかな」

「そっか。崩落に巻き込まれたとか、滑落したとか、そういう事故の可能性が高いと傭兵の人に頼んだほうが良いんだ」

 わかりやすくエデルの村で実際に起きそうな例を上げてくれる。エデルは思わず手を打った。

「そうだ。他にも、商人が買い付けに出かけて行方不明になっただとか、遠方の依頼を受けるために空路に出てそのまま消息不明、なんて例もあるな。そういう、何らかの事故に巻き込まれた可能性があるとき、捜索依頼が出される。それに傭兵業に就いている者がギルドを通して依頼を受ける。これはまっとうな依頼であり、まっとうな仕事だ」

「……まっとうじゃない仕事は?」

 エデルが尋ねると、ルーシャスはそれだ、とうなずいた。

「そこが問題だ。捜索依頼はまっとうな依頼じゃない場合も多いんだ」

「……例えば、わたしみたいな?」

 捜索依頼として出されているが、実際には指名手配とやっていることが変わらない場合。

「そう。エディの捜索依頼には、依頼主との間柄は〝娘〟とあっただろう。これはよくあるパターンな上に、実際には違うことが多い」

 確かに依頼書を確認したとき、依頼主は個人名になっていた。

「マリュエル・ゲルニッシャーって誰だろう……」

「おそらく、おまえを取り逃がした商隊のまとめ役か、その商隊が所属しているギルドのギルド長だろうな。依頼主の名が知られているほうが信用性が上がる。特に高報酬の場合、依頼遂行後にきちんと支払われるかどうかは重要だからな」

「ギルドぐるみってこと?」

「そうだ。それだけ何としてでもエディを探し出したいということだろう。あの高額な報酬も、個人より組織が出してるものだろうな」

 ルーシャスは息をつく。

「捜索される側に不都合な捜索依頼はよくあるんだ。行方不明になった妻、夫、恋人は依頼主の度重なる理不尽な振る舞いに嫌気が差して、行方不明になった側が自主的に逃げ出した可能性もある。今回のように、売られる途中で逃げ出した奴隷はその最たる例だ。依頼書には娘だの恋人だの家族を装う場合が多いが、このあたりの信憑性も依頼者による」

 無名の個人の依頼より、肩書のある人の依頼のほうが信憑性は高いはずなのだ。

「それを組織ぐるみで、奴隷にする売り物の指名手配を表向き家族の捜索依頼として装ってるってこと?」

「そういうことになる」

 エデルは思い切り青ざめた。

 気持ち良く飲んだ蜂蜜酒など、もうすっかりどこかへ飛んでしまった。

 とんでもない人たちに目をつけられてしまったものだ。これでは、ひとりで彼らの目を掻い潜って青層せいそうまで逃げるなんて、到底できそうにもなかった。

食堂レストランで他の傭兵たちも噂してただろう。あれは奴隷の手配書じゃないかと。俺も、エディのことをまったく知らなかったとしてもそう睨んだだろうな。あの報酬金はおかしな額だ」

「やっぱり、破格に高い設定なの?」

「それなりに地位のある人間が大切な娘を探すにしても少々出しすぎだ。そうするとまず依頼を受ける傭兵たちは、あれが文面通りの〝家族を探す捜索依頼〟ではなく、〝あれだけの金額を出しても探し出したい奴隷〟ではないかと推測する」

「見つけてもどうせ売り物だから、依頼主じゃなくて、もっと高く買い取ってくれる人に引き渡すの?」

「そう考えても良い。――奴隷の捜索となると、探すのは〝人〟ではなく〝商品〟だ。その商品にどのくらいの価値があるかは、捜索依頼の報酬額が示してしまっているんだ。だから小狡いことを考える傭兵は〝商品〟捕まえたあと、その価値をチラつかせてもっと高値で引き取ってくれる商人に売りつける。こうなることは依頼主も想定済みだ。だから依頼が長引けば長引くほどどんどん報酬額が上がる。必ず自分たちの手元におまえが戻ってくるようにな。そうして、高額報酬に目が眩んで血眼になっておまえを探す連中が膨れ上がる。――そういう図式になるだろうな」

「…………」

 とんでもないどころの話じゃなかった。

 アルコールが全部抜けたどころか、せっかく食べたボリュームたっぷりの黒層料理が、そのままそっくり戻ってきそうなほどの不安に襲われた。

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