第8話 売られた理由①

 エデルはどこから経緯を説明したものか、言葉を選びながら話し始めた。

「一年前、長年病気を患ってたおとうさん……養父が亡くなったの。わたしはレテ村でおとうさんとふたり暮らしだったから、おとうさんは自分がいなくなったあとのわたしが心配だったみたいでこれを渡してくれたんだ。自分が死んで、困ることがあったらこれを持って友人を頼れって。たぶん、その友人にわたしのことを頼んだ内容なんだと思う」

「中身は見てないのか?」

 ルーシャスの問いに、エデルは首を振る。

「おとうさんが亡くなる一ヶ月くらい前かな。突然渡されたから中身はぜんぜん。封にも魔法がかけてあってわたしでも開けられないんだ。おとうさんはその友人なら見れば開けられるから大丈夫って言ってたけど」

 手紙を眺め、ひっくり返したり封蝋を爪で引っ掻いたりする。養父の形見になってしまった手紙は相変わらず無地で、宛名もなければ差出人の名前も書かれていない。

「結局、おとうさんの友人を頼る前に、住んでた村の村長が住み込みで働かせてくれたから困ることはなかったんだ。わたしは結婚も仕事もできないだろうって言われてたし、村長もそれは知ってたから気にかけてくれたみたいで」

「結婚も仕事もできない? なぜだ?」

「わたしには魔力がないから」

 これにはほろ苦く笑うしかない。

 世間では、魔力量が少ない人間は下に見られる。何かしら欠陥のある人物だと思われ、社会のお荷物のように扱われる。だから誰もが自身の魔力量には敏感だ。少ない人でも、見栄を張ってでも人並みに見せかける。

 だがエデルは魔力が少ないのではなく、ない・・のだから張る見栄もない。

 なにせ魔鉱石に魔力を溜められないのだ。

 火を付ける、明かりを灯す、水を生み出し、流す。その他生活に必要なありとあらゆるエネルギーは、人の生命力とも言われる魔力を魔鉱石に溜め、どこでも何にでも使う。

 特にエデルの住んでいた山間の小さな村では、この魔力の自給自足がもっとも重要となる。

 人々は村のために魔力を提供し、魔鉱石に溜め、細々と日々の生活をやりくりする。

 煮炊きができることより、獣魔から村を守れることより、子供でもできる〝魔鉱石に魔力を貯めること〟――これが最重要視されるのである。

 なのに、エデルはそれができた試しがなかった。

 魔鉱石に魔力を溜めようとするとことごとく壊してしまうのだ。

 もちろん、壊したくて壊しているわけではない。けれども、どう出力を調整してもうまくいった試しはなかった。

 もう成人に近い年齢にもなって、歩けるようになったばかりの子供ですらできることがエデルにはできない。それどころか大切な魔鉱石をも壊してしまう。村の人がエデルを嫌うのは仕方のないことだった。

「魔力がまったくない、なんてことあるか?」

 唖然とつぶやくナイジャーにルーシャスが首を振る。

「少なくとも聞いたことはないが……」

 魔力量に個人差があり、限りなく少ない人間はいる。だがまったくない人間はいない。

 魔力は生命力だ。生物は生きている限り何かしらの魔力を生み出している。魔力を持たないと言われている獣でさえ、微量ながら持ってはいるのだ。それを生きるために活用していないだけで。

 厳密に言えば、エデルも魔力がないわけではない・・・・・・・・。自覚はしているが、それを説明するにはリスクが大きすぎる。

「少なくても生きていくには苦労するが、まったくないんじゃ大変だっただろうに」

 気遣わしげなナイジャーに、エデルは苦笑で応えるしかない。

 魔力の少ない人間は、まずもってコミュニティの爪弾き者だ。エデルも例に漏れず厄介者扱いだった。

「おとうさんは元傭兵で、村のみんなが働いてる魔鉱石採掘場で獣魔の被害から守ったりしてたから、ふたりで暮らしてるときはそんなに困らなかったよ」

「村のみんなの役に立てる仕事は一目置かれるもんな」

「そんな感じ。何度も次の村長になってほしいって言われてたけど、先が短いのがわかってたから断ってたんだって」

 養父は長年患っていた。本人は「私の寿命はとっくに尽きてるんだ」などと冗談まじりに言っていたが、実際どんな病だったのか、エデルにも正確なところはわからない。診てもらう意味がないからと言って、頑なに医師の診察を受けなかったからだ。

 彼は早いうちにエデルを置いていくことになるとわかっていたから、それを見越して、魔力を使わなくても生活していける方法を教えてくれた。

 おかげで、炊事や家事や裁縫や――身の回りのあらゆることは魔力なしでも身についたと思う。しかし、生活に必要な能力を魔力なしで行うメリットはない。村の人たちだって、生活に必要なことは魔力を使って当たり前にこなし、その上で村のために必要な魔力も提供できる。村にとって役に立たないエデルが厄介者扱いされるのは仕方がないことだった。

「だからおとうさんが亡くなったあとはみんなから距離を置かれるようになって……。わかってたことだから良いんだけど、仕事も見つからないと生活していけないでしょ。だからおとうさんの遺言の通りに手紙の人を訪ねようと思ってたの。そうしたら、村長が雇ってくれたんだ」

 村長はエデルに魔力がないことも当然知っていた。養父亡きあと、エデルが村でどう扱われているかも。

 それでは可哀想だろうと、村長宅で家政婦をしてくれたら良いと受け入れてくれたのだ。

「へえ、良い村長さんだな。親御さんと仲が良かったのか?」

「そう。わたしもよく知ってる人だし、村長が「ひとりは心配だから、住み込みで家のことをやってくれればお給金も出す」って言ってくれて」

 ルーシャスが苦笑いしながら首をかしげる。

「親御さんと仲が良かったならその娘のことを心配して良くしてくれるのもわからなくはないが……。出稼ぎで別の街へ行くわけでもないのに、年頃の娘を雇うだけで家を手放させて自宅に住まわせる意味はあるのか?」

 ナイジャーがふとこちらを見やる。

「そういやエディ、いくつだ?」

「十七……八?」

「じゅうなな⁉」

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