第2話 鮭

「お風呂ありがとうございました」


その声は僕が味噌汁に味噌を溶かしている時に聞こえた。


「あっ……上がった? ちょっと待っててね。もう少しでご飯出来るから」


僕は背を向けたまま言葉を返した。少女は申し訳なさそうに声を発する。


「い、いえ……私も手伝います」


「いやいや、もう出来るから大丈夫だよ」

 

 この味噌汁が完成すればもう夕飯は完成する。

 

 今日の献立は鮭の塩焼きに味噌汁と米。そこにきんぴらと胡瓜の酢の物だ。完全なる和風の夕飯には理由があり安いからだ。胡瓜は庭で育てれば金はそこまで掛からない。鮭はスーパーの特売で150円、米は友達に貰ってタダ、味噌汁は油揚げなど具沢山でも500円ほど。高く感じられるかも知れないがこの500円で5日は作れる。家で食べるのは朝と夜なので一杯50円ほどだ。


「ほい、出来たで」


僕は沸騰してしまう前に味噌汁の火を止めた。そうしてお椀に注ぐ。あとはネギをかければ完成だ。


「あっ、アレルギーとか無い?」


 僕は一番大事な事を忘れていた。そう結衣に問いかける。

そうして帰ってきた言葉の「大丈夫です」に僕は心底安心した。此処まできての作り直しは流石に勿体無いからな。


「運ぶの手伝います」


そうして近づいてきた結衣は両手に皿を持ってトコトコと食卓まで運んでくれる。


 姿はブカブカの藍色のパジャマだ。袖はめくってなんとかしているがズボンは引きずっている状況だ。

 その姿が少し幼くて僕は頬を緩ませる。その原因は30cm以上の身長差の所為なのかも知れない。


 普段とは違い二食分が食卓の上に置かれている。ご飯や味噌汁が湯気を上げていて我ながら美味そうだ。


「「いただきます」」


 これまた普段聞き慣れない可愛らしい声が正面から聞こえてきた。もちろん結衣の声である。

そして僕たちは箸を手に取って空いた腹に飯を入れ込んだ。


「飲み物取ってくるけど牛乳でいい?」


「えっと……水で良いです……」


「遠慮無く言って良いよ」

「牛乳でお願いします」


終始しなしなになっている結衣は根負けしたのか正直に言ってくれた。これから信頼度を上げて直ぐに本音を言ってくれる様になって欲しいものだ。


 僕は席を立って冷蔵庫まで言って中に入っている牛乳を取り出してコップと共に食卓まで持って行った。そして食卓まで戻った所で僕は目を見張った。


「結衣…………えっと……」


結構大きめの鮭の塩焼きだったはずなのだが結衣の皿からは鮭が綺麗さっぱり消えていた。僅か20秒ほど。少女とは思えない速さだがそれだけ腹が減っていたと言う事だ。

 結衣はなんですか? と言った様子で僕を見ている。


「僕の分、半分食べる?」


「……さっ流石に申し訳ないです! それはあなたの分ですから」


僕は見逃さなかった。一瞬だけ結衣の目が輝いたことを。その目は元に戻っているが結衣の視線は僕の鮭をチラチラと見ている。しかも言葉の前に一瞬迷った間があった。


「良いよ良いよ。僕は大丈夫だからあげるよ」


「えっと……はい。ありがとうございます」


 その言葉に僕は鮭を半分に割って結衣の皿に移す。やっぱり結衣はそれを輝く視線で見ている。


「米と味噌汁はおかわりあるからね」


 もう鮭を口に運んでいる結衣に僕は微笑みながら言う。様子がなんだか人に取られないよう必死で食べている様で面白い。


 それからも結衣は結構食べた。まぁ、それで元気になってくれるなら万々歳なのだが。



「もう7時か……じゃあ風呂に入ってくる。テレビとか好きに観てていいよ」


「ありがとうございます」


「別に敬語じゃ無くてもいいんんだよ。上司とかそう言う立場じゃ無いから」


「いえ、それでもあまり慣れてなくて」


「じゃあ、慣らしていこうか」


「はい、分かり……分かった」


 なんだか歳相応なのかそれとも大人びているのか分からない結衣の言葉遣いが僕は少しくすぐったい。

僕と結衣は共に笑顔を浮かべる。それが結衣の本心なのかどうかは知れないがそれが見れて僕は満足だった。

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