2者面談

あまがさ

第1話

今年は2年生の担任をもった。なんとなくそわそわして落ち着かない生徒たち。新学期恒例の光景だった。


「始業式ちゃんと来れたんですね、よかった」

他の教師とある生徒についての話になった。

「初日来られたなら大丈夫ですかね」教師は安堵したように言った。

「彼女、昨年度は不登校気味でぎりぎり単位がとれて進級できたって感じの子なんです」

どうやら昨年担任をもっていたクラスの生徒だったらしい。「2者面談で色々聞いてあげてくださいね。じゃあお先に」ぴったり定時で上がっていった。


新しいクラスが始まって1週間と少し。とっくに桜は散っている。2者面談期間に入った。


「他に、聞きたいことや不安なことはありますか」

「ありません、ありがとうございました」

ひとりが出ていって教室がまたしん、となる。

次の面談の相手は例の彼女だ。

ひとつ前の生徒が2分ほど早く終わった。彼女の姿はまだ見えない。

時間になった。彼女は来ない。少し待ってみるも来る気配がない。忘れて帰ってしまったのか。だとしたら明日の仕事が増える。できるなら今日終わらせてしまいたい。やけに響く換気扇の音が気になる。仕方なく、彼女を探すことにした。

図書館、学習室、中庭。どこにもいない。

やはり帰ってしまったか。

職員室に戻りコーヒーを口にすると、ふと思い当たる場所があった。これで居なかったら仕方がないと考えた。


「屋上は立ち入り禁止だよ」

あ、先生、と彼女は焦る様子もなくゆっくり振り返った。

「2者面談か、忘れてました。ごめんなさい」

ふーっと彼女の口から長い煙が灰色の空に溶けていく。僕は副流煙を吸いたくなくてなるべく自然に距離を置いた。

「おいしいの、それ」

特に美しくもない濁った景色を2人で眺める。

「あー、まあ」

「そうなんだね」

「怒らないんですか」

随分と不思議な質問をするものだと思った。怒られると思うなら吸うな。

「親御さんも、怒るんじゃない」

彼女は口角をほんのわずかに上げた。またふーっと煙が舞う。

「私、お母さんだーいすきなんです」

「…じゃあお母さん悲しむよ」

「悲しんで欲しいんです」

彼女は2本目を取り出した。

「なんていうか煙草って体に害がでるじゃないですか。寿命縮むかもと思って」はは、と彼女は続けて言う。

「私って頭悪いしあんな勇気もないから」

彼女が何をしたいのか、大体のことは察することができた。しかし僕は気付かないふりを続ける。

家庭環境が複雑なのだろうか。

「…お父さんは、」「あぁそういえば」

聞こえてなかったのか、遮ったのか。僕の質問に答えが返ってくることは無かった。彼女は思い立ったように言う。

「先生って去年転任してきたじゃないですか」

どうやっても彼女と目を合わすことができない。

「そうだよ」

「左手の薬指にあった指輪、今ないんですね」

たしかに頭が悪いな、と思った。

無邪気なふりして大人の痛いとこをつく、頭が良くて頭の悪いくそがきが。

「あ、わたしご飯炊かないと」

彼女は2者面談はこれでいいですさよならと僕に告げてすたすたと帰ってしまった。彼女の姿が見えなくなった時、何かに噎せるような咳が聞こえた。

彼女は次の日から学校に来なくなった。

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2者面談 あまがさ @yamr7

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