第37話 Lv.1の秩父短期合宿(という名のお仕事)

「時刻は正午――ハロー、みんな。『エリィの愉快な一団』の配信の時間だよ」

「……え、うっま。超美味いだが、この饅頭まんじゅう

「食べなー、どんどん食べなー。秩父名物らしいよー」

「あのぉ……二人とも? 始まってる始まってる、配信もう始まってるよ?」


:草

:草

:なんか食ってるw

:配信の時間だああああああああ!

:エリィ、パクパクで草

:なんだあの饅頭wでけえw

:山田ぁ!配信始まってんぞぉ!


 6月中旬。

 まさに来週から梅雨シーズンが始まる手前、エリィたちは一足先早い夏休みに入っていた。


 三人が訪れているのは埼玉県の秩父ダンジョン付近。

 広がる青空、背景に連なった山並み、撮影地点である橋の下からは澄んだ河が流れていて、もう既に夏が到来していることを知らせているかのようだ。


「今日は告知でも言ってた通り、スペシャル企画。題して――短期集中合宿! 二泊三日で秩父ダンジョンの謎に迫れ!」

「ふぁい、ふぁくひゅー!」


 おそらく「はい、拍手ー!」と言ったのだろう。饅頭を詰め込んだエリィが口をもごもごさせながら手を叩き出した。つられて同じ顔をしている壱郎も手を叩く。


「さて……埼玉県内で冒険者活動をしてる人なら知ってると思うんだけど。最近、秩父ダンジョンのクエスト難易度が上がってるんだ。その上がり様やモンスターの凶暴性が増してる状況がイレギュラーに匹敵するレベルだから、原因を突き止めようっていうのが今回の目的! ……だよね、エリィちゃん!」

「んぐっ……そうそう! でもこういう事例って最近どこでも見かけるから、みんなも気を付けるんだぞ? 私たちと同じ冒険者業をやってるリスナーさんたちは他人事じゃないんだぞっ?」


:はーい!

:はーい

:最近多いよね

:命大事

:はーい!

:浜松でもそんなことあったなー


 エリィの注意勧告に、現役冒険者であるリスナーたちが反応した。




 今回の企画、実は秩父市からの協力も得ている。


「……はい、これでOK」


 それは約一週間前……壱郎もフリーランスとして働き始めて、二週間ほど経過した日のこと。

 三人でこなしてきたクエストの実績と配信内容をまとめた百合葉が、パソコン画面を三人に見せてきた。


「みんなの実力を認めてくれて、難易度Bに上がってるクエストのいくつかを回してくれたよ」

「おぉ、流石百合葉ちゃん! 仕事が早くて素晴らしい!」

「……そんなに褒めても、お兄ちゃんへの恋心しか出てこないよ?」

「お願いだから出さないでくれ」


 レベルが低いエリィたちに難易度Bのクエストを任せるというのはかなり特例でもある。百合葉がやってくれたことは、それほどまでに評価されるべき仕事なのだ。


「これで準備は万端だね」

「そうだな。企画内容も明確になってきた」

「よっしゃ! 俄然楽しみになってきたよ! ねね、そういえば近くに水辺があるからさ、キャンプの後に」

「――ただし」


 と。

 盛り上がりを見せる三人に対し、百合葉がピシャリと言い放つ。


「こうしてクエストを任された以上、なんとしてでも全部達成すること。遊ぶのは結構なことだけど……これは仕事だということを忘れないように。もし一つでも達成できなかったら……冒険者としても、配信者としてもヤバいから。私より大人のみんななら――よーくわかるよね? この意味」

「「「イ、イエスマム……」」」


 口はニッコリと微笑んでいるものの、目がちっとも笑ってないJKの警告に……大人組は素直に頷くしかなかった。




 秩父ダンジョンは秩父の山中から出現したダンジョンである。

 特徴的なのは、入り口が複数あるという点。大自然の中から生まれたダンジョンなだけあり、道が繋がっているのだ。


「これでよし、っと……壱郎くん、そっちは?」

「うん、テントの設営終わったよ」

「オッケー!」


 まずは三日間の拠点となるキャンプ地で荷物をまとめた三人は、早速ダンジョンへ潜る準備を始める。


「あっ、そうだ壱郎! はいこれ!」

「ん?」


 その最中、青いマントをつけたユウキが自分の荷物の中から取り出したのは――少々長めに作られた銀色のガントレット。その至るところに細い管のようなものが這われている。


「壱郎が攻撃をすると、この管に青いエネルギーが伝わってパワーを120%発揮できる! ……っていう設定ね。本当は君のスライムバレ防止のガントレット。これを装着していれば、カメラの前でも堂々と戦えるでしょ?」

「お、おぉー……わざわざすまないな」


 壱郎は渡されたガントレットを手に取り、ふと手の甲に付けられているクリスタルを指さす。


「あれ、これって……『ジャバウォックの涙』か?」

「正解っ! 加工して、両手に付けたんだ~もう壱郎のモノだし」

「あぁ、それはわかったんだが……でも……」


 『ジャバウォックの涙』は『反転の秘宝』がないと真の効果を発揮しない。

 二つを組み合わせることにより、『能力無効化』という非常に強力な能力を発現するのだが……単体ではまるで意味がないはずなのだが……。


「いいからいいから。僕の予想が正しければ――、きっとね」

「……面白い、機能?」


 少し疑問に残る言い方に首を捻る壱郎だが……何もないよりはマシだし、戦ってみればわかることだろう。


 彼の言うことを信じてみることにする。


「ありがとなユウキ」

「いえいえ。僕にできることって、こういうことぐらいしかないからね」

「あー! 壱郎くんだけ新武器!? いいなぁ!」


:マジやん

:新武器!?

:正直カッコいいな

:センスええやん

:絶妙に厨二心をくすぐられるな…


 とエリィが目ざとく新武器に気が付き、ドローンカメラも銀のガントレットを映す。


「へぇ、これユウキのお手製なのかぁ……今度私のも作ってよぅー、素材は持ってくるからさぁー」

「お安い御用だね」

「じゃあ、変形するやつね! 斧モードと剣モード、あと盾モードが搭載されてて――」

「……な、なるべく現実味がある提案がいいかなぁ」


 快諾してしまった故に彼女からとんでもない武器を要求されかけ、ユウキの頬に一滴の汗が伝う。


「さぁ、準備は万端! ここからダンジョン攻略、頑張るよっ!」

「「おーっ!」」


 エリィの掛け声と共に拳が突きあげられ、三人の秩父ダンジョン攻略が始まったのであった。

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