第35話 Lv.1ドッキリ企画!~因縁の上司ぶっ飛ばし編~

「でもさ、エリィさん」

「ん?」

「どうして何も言ってくれなかったんだ?」


 事務所を出ていった廊下にて……ふと壱郎が気になっていたことを訊いてみると、エリィはチッチッチッと指を振った。


「そりゃあ言わないよ。だって――ドッキリだもん、これ」

「……へっ? ドッキリ? 誰に対して?」

「いやいや、壱郎くん以外に誰がいるのさ……題して! 『【ドッキリ企画】壱郎くんをブラック企業から救え【隠し撮り】』!」


 なんて得意げな顔をした彼女が配信のタイトルを見せてくれる。


「まあ、最初はリスナーたちにもドッキリ仕掛けてたんだけどねー。最初はタイトル変えてて」


:あれはびっくりした

:配信事故ってるかと思ってたわ

:まさかこっちにもドッキリ仕掛けてくるとはw


 という反応を見るに、壱郎視点での配信は唐突に始まったらしい。


「あのネクタイピンはね、ユウキが作ってくれたんだ」

「うん! 僕、ああいうの得意だからね!」

「そうだったのか……全然気が付かなかったよ」


 そういえば、引村と口論していた時、度々胸が熱くなっていた感覚を思い出す。

 あれはネクタイピンが物理的に熱くなっていたから感じたものだったのだ。


「というわけで、ドッキリ大成功!」

「及びブラック企業の闇を暴くというサブミッションも達成!」

「「いぇーい!」」


 とエリィとユウキが元気よくハイタッチを決める。


「さて……壱郎くん! ブラック企業を辞めた感想は!?」

「えぇと、そうだな――あっ」


 と。

 なんて言えば適切か思案し始めた壱郎だが……何かに気が付き、ふと歩いてきた廊下を振り返った。


「……? どしたの?」

「あー……エリィさん、ユウキ。喜んでるところ悪いんだが」

「ん? うん」

「あいつら――後ろから追いかけてきてるぞ」

「「……へっ?」」


 なんていう壱郎の警告に、二人も振り返ってみると……。


「――いたぞ!」

「ぶっ殺せ!」


「「……え?」」


:え

:え

:は?

:!?

:えぇ…


 先程の社員たちが武器を構え、三人に向かって走ってきていた。


「ちょっ――ちょちょちょっ!?」

「走るぞ」


 壱郎の言葉を合図に、エリィとユウキも同時に廊下を駆け出した。


「逃がすなぁっ!」

「追え! 追えーっ!」


「なんで――なんでなんでなんでぇっ!? こういうのって普通、追っかけてこないものじゃないのっ!!?」


 突然始まった鬼ごっこにエリィが困惑していると、壱郎は「うーん」と呻る。


「多分……もう俺が社員じゃないと認めたからじゃないかな?」

「……へっ!? どゆこと!?」

「うちの社員はな、敵とみなせば危害を加えることをいとわない連中なんだ。つまり――」



「ヤツはもう無関係者だ! お前ら、遠慮なくぶっ飛ばしていいぞ!」

「「ひゃっはぁぁぁ!」」」



「――こうなる」

「この会社に倫理観はないのかい!?」


 あまりにも世紀末過ぎる発想をした社員たちに、ユウキは思わずツッコミを入れてしまう。


「あれ。そういやエリィさん、武器は?」

「持ってきてるわけないでしょ!? 別に戦いに来たわけじゃないんだし!」

「ぼ、僕は携帯用のウォンドなら! でも、威力そんな出ない!」


 方や武器なし、方や緊急用の武器のみ。先程の社員全員に勝てる自信があるエリィだが……こうも全員から襲い掛かれては、手の出しようがない。


 まさに絶体絶命のピンチである。


「い、壱郎くん! 相手を一切傷付けずに倒すことってできる!?」

「え? 無傷で相手を倒す……?」

「あ、えっと、できなければ別の方法を――」



 ――ドパンッ!!


「こうか?」

「できるんかい」


:ヒェッ

:草

:できんのかよw

:ワロタ

:決めた。何があっても絶対壱郎ニキと敵対しないわ

:絶対しない方がいいゾ


 壱郎が放った衝撃波を浴びた社員たちは……一切傷を負ってないのにも関わらず、次々と廊下へ倒れていった。


「遠距離だ! 魔法部隊、やれ!」

「【ロックブラスト】!」

「――っ!」


 人に対してスキルの使用は基本禁止なのだが……ロッドを構えた社員の一人は一切躊躇することなく撃ってくる。


「おっとっと」

「なっ――!?」


 と、飛んでくる岩石を壱郎が軽い突きで叩き落とした。


「なら、これはどうだ――【ファイヤーボール】!」

「あ、それは無理」


 撃ち放たれた火球。初級魔法だが……火属性はスライムにとって弱点。先程とは違い、さっと躱す。


 外れたファイヤーボールはそのまま山積みの段ボール箱に直撃。途端に煙が立ち込め、火災用のスプリンクラーが作動する。


「あっ! おいバカ! 室内で炎魔法を撃つ奴がいるか!」


 これには他の社員も予想外であり、一人の社員を叱咤した。


 ――スプリンクラー……これだ!


「ユウキ! スプリンクラー、凍らせて!」

「――! 【フリーズ】!」


 エリィの一言にユウキもハッと気がつき、ウォンドを振るう。


「あっ――!?」


 スプリンクラーの水はあっという間に凍りつき……凍った水は傘状の大きなオブジェクトとなる。足止めの完成だ。


「ナイス! これで――」

「――山田ぁぁぁぁぁっ!!」


 逃げ切れる――そう思った時、別ルートから走ってきたのは……小太りの男。

 壱郎に一番危害を加えてきた上司、黒崎である。


「お前がっ!! お前ごときがっ!! エリエリなんかとぉっ!!」


 ――エリエリ?


「――っぼぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」


 なんて疑問符を浮かべているうちに、奇声を発しながら鬼の形相で壱郎とエリィに向かって突進してきた。



「うわっ」

「うぇっ――【インパクト】!」


 ――バチィィィンッ!



 単純すぎる突進に、二人はいとも容易く避けると……それぞれのサイドから彼の両頬をぶっ叩く。



「ぶほぉぉぉっ――!?!?!?」

「……あっ」


 両サイドから凄まじい勢いで叩かれた黒崎は奇妙な悲鳴を上げ、だらしない身体で廊下を転がっていく。


「ひゃぁっ!? 【ウインド】!!?」

「――っ!!!」


 そして、突然転がってきた小太りのおっさんに、ユウキもビックリして風魔法を付与した足でサッカーボールのごとく蹴りあげた。


 黒崎は身体をバウンドさせながら、壁に激突。そのまま動かなくなってしまう。


「……うーわっ。ばっちっちぃ」


 エリーは顔をしかめ、ポケットから除菌シートを取り出した。


「はい、壱郎くんとユウキも。殺菌殺菌」

「えっ、あぁ……」

「ありがと……」


 と、二人にもシートを渡す。


「この人……私、知ってる」

「え?」


 叩いた手を念入りに拭き取りながら、エリィがボソリとつぶやいた。


「いや、会ったのは初めてだよ? そうじゃなくて、私を『エリエリ』なんて呼ぶファンって……『黒天こくてんの覇者』さんしかいないわ」

「……なんだ、その中二病みたいなペンネームの人は」

「毎回私に長文送ってきて、他のファンにも迷惑かけ始めたから即独裁スイッチした人」

「「えぇー……」」


 エリィからの説明に壱郎とユウキがドン引きする。


:黒天www覇者www

:こくてんwwwうぇっうぇwwww

:あったな、そんなこと

:だせえええwww

:だっさ

:黒天くんって絶対やべーやつだと思ってたけど、こんないい歳したデブだったんかいwww

:まさかの身バレwwwww

:神回すぎwww


 と古参リスナーでも有名なのか、数名がその名に反応していた。


「で、エリィさん。この人、どうしよう」

「……あー」


 どんな相手であれ、思いっきりぶっ叩いてしまった。

 エリィは少し思案した後、ポンと手を打つ。


「仕方ない、正当防衛だ」

「いや、今スキル」

「5%! 出力5%だから! 正当防衛の範囲内だって!」

「いや、僕魔法」

「初級! 初級魔法だから! 正当防衛の範囲内だって!」

「「そ、そうかな……?」」



:草

:草ぁ!

:いいよそんなやつw

:はい正当防衛

:正当防衛ですね、これは

:ま、死んではないっしょ


「ほら、コメント欄もそう言ってるんだし! とっとと、逃げよう!」

「……ま、いいか」


 深く考えている暇はない。いずれ来る追っ手から逃れる為、三人は黒崎を放っておくことを選んだ。


「あ、そうだ。エリィさん」

「今度はどした!?」


 出入口手前。

 壱郎が思い出したかのように声を上げる。


「さっき訊かれた会社を辞めた感想なんだけどさ――」


 ふと思い返されるは、さっきの黒崎。

 入社当初から今まで、散々壱郎のことを痛みつけてきたあの男をぶっ叩いて……感じたことがあった。

 それは――



「なんだか、すっきりした気持ちだよ」

「……!」


 彼の回答を聞いたエリィは一瞬驚いたような表情をするものの……にぃっと無邪気な笑顔をしてみせた。


「そりゃあ――最高の気分だっ!!」



 とうとう玄関口へ辿り着く。


 外へ出た瞬間――爽やかな風が三人を出迎えてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る