第31話 Lv.1の金銭事情はおかしい

「いきなりごめんね。これ、お兄に聞かれたくない話だからさ」

「う、うん、それは構わないけど……」


 ところ変わってエリィの配信部屋。約5帖の部屋にパソコン及びその他諸々が設置されてるので、低身長の二人でもやや狭く感じてしまう。


「まず、これを見て欲しいの」

「……?」


 と百合葉が学生カバンから取り出したのは……一冊の大学ノート。

 少し疑問符を浮かべながらも、エリィがノートをパラパラとめくっていく。


 そこには――どのページにも給料明細とその使い道についてビッシリメモが書かれていた。


「これは……家計簿?」

「うん、お兄のね。私が勝手につけてるんだけど」

「……ん? 勝手に? んん?」


 どこからツッコミを入れた方がいいのか迷ったエリィだが……彼女が伝えたいのはそこじゃないらしく、すっと明細を指さす。


「今のお兄の手取りが9万5千円ね」

「うわあ……やっぱり低いよね? これ、大丈夫なの?」

「レベル制度設けてる会社なんだもん。給料がアップされてるだけマシなんだ」


 明らかに低い数値にモヤモヤしながらも、エリィはその給料の使い道をざっと眺めていく。

 家賃4万円、水道ガス光熱費3千円、通信費3千円、交通費2千円……。

 ざっと一覧を眺め……ふと、とある項目に目が止まった。


「家族への仕送り……4万5千円?」


 一見、普通の額だ。普通の社会人が親に仕送りする金額ならば、このくらいあっても妥当だろう。


 ただし――それは給料額が高ければの話だ。


「あの、これ……」

「うん、ちょっと高すぎるでしょ?」


 家族事情なのでなんて言葉を選べばいいのか迷ってるエリィに対し、百合葉がはっきりと言ってくれた。


「よくわからないんだけどね、『子は働いた金を親に仕送りするべきだ』って――あの人たちはそう言うんだ」

「そ、そう……」


 あるあるな話だ。厳しい親ならそう言うだろう。


「で、こっちがあの人たちのお金の使い道」


 と、次に百合葉が別のノートを差し出す。

 壱郎とは違い、給料明細は記載されてないのだが……毎月のお金の使い道にエリィを信じられないものを目にしてしまった。


「えっ……」


 思わず絶句してしまう。

 父親はギャンブル癖があるらしく、仕事帰りにパチスロ、土日は競馬。母親は買い物癖が抜けないらしく、週末に必ず買い物へ出かけ必要以上のモノを購入し、そのまま外食。料理が苦手なのか、基本的にスーパーで食材を買ってないようだ。


「これがお兄からもらったお金を、あの人たちがどう使ってるかのメモ」

「…………」


 言葉に詰まる。なんと言えばいいのかわからない。

 だって、これは――


「クズ――だよね」


 相手が両親にも関わらず、百合葉ははっきりと述べた。


「お兄が頑張って働いたお金は、こうやって意味のない金額に使われてるんだよ。毎日食べるものがないっていうのにね」

「こ、こんなのっ……止めさせよう。そうすれば……」


 少し震える声でエリィが提案するが、百合葉は悲しそうに首を横に振った。


「残念だけど、お兄は知ったとしても仕送りをやめないよ」

「……どうしてっ」

「原因は私」


 と、百合葉が自分のことを指さす。


「こんなだらしない生活を送ってる人たちに、私の生活費まで賄える余裕があると思う?」

「……! じゃ、じゃあ……」

「うん。私があの家にいる限り、止めないよ」


 それではまるで――人質ではないだろうか。


「……だから、嫌なの」


 百合葉は心底嫌悪するような声を絞り出す。


「あんなの親じゃない、ただお兄を産んだだけの人たち。一緒の腹から生まれただなんて思いたくないし、お兄だけが私にとって唯一信用できる人、だから……!」

「…………」


 なんとなく……なんとなく壱郎と仲が良い理由が見えてきた。

 本来、子供というのは両親を切っても切り離せないような愛を感じるものだが……百合葉は自分の両親を最初から一切信じてないのだ。


 信じられるのは――毎日ボロボロになってまで働く壱郎のみ。


「今年の私の目標はね、高校卒業と同時に家を出ていくこと」

「……うん」

「その為には一人で生きていくお金を稼げるようになってなくちゃいけない。出来れば今後役立つスキルを身に付けなくちゃいけない――例えば動画編集とか」

「……!」

「ここまで説明したら……何が言いたいのか、わかるよね?」


 百合葉の言葉に、エリィは頷く。


「歴は長いの?」

「正直、そこまでは。でも、見よう見まねでいくつか作ってるよ。サイトにアップしてあるけど……一回見る?」

「いや、大丈夫かな。今、こっちは猫の手も借りたいところなの。報酬はあなたが作ってくれたクオリティーに見合った金額ってことで、どうかな?」

「……なかなかやりがいのありそうな仕事だね」


 右手を差し出してきた彼女に、百合葉はニヤリと笑うと、その手を握った。


「とりあえず……早速なんだけどエリィさん、企画を一つやってみない?」

「……企画?」

「うん、とっても単純でわかりやすい企画。内容は――」



***



「お、戻ってきた」


 数分後。

 参考のため、他の冒険配信者たちの動画を観ていた壱郎とユウキ。部屋から出てきたエリィたちに気が付き、同時に顔を上げた。


「新メンバーを発表します!」

「? うん」

「なんと私たちに動画編集及びサポート役をやってくれる方が仲間に入ってくれました! その人物は――壱郎くんの妹、山田百合葉ちゃんです!」

「……うん」

「驚きの展開! はい拍手ー!」


 ――驚きの展開というか……。

 ――まぁ、だろうねとしか思えないような……。


 エリィの高らかの宣言に対して壱郎たちは微妙な反応を見せながら、パラパラとまばらな拍手を送った。


「なにか一言を!」

「全員、私の駒ね」

「最悪の一言だよ」

「はい、拍手ー!」


 ぶっ飛びすぎてる一言に、壱郎の拍手は止まった。


「さあ、新たな仲間がところで――壱郎くん!」

「ん? おう、どうした?」

「単刀直入に言う! ――今の仕事、辞めない?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る