第30話 Lv.1の妹はどこかおかしい
「うーーーむ……」
その日、エリィは悩んでいた。
「エリィさん、どうしたんだ?」
「さあ……?」
配信室に入ってはリビングに戻り、また入ってはまた戻り……何かブツブツと呟き、時折パソコンの画面を睨みつけ、その度眉間に皺を寄せている。
そんな彼女の奇行を気にならないわけがなく、机で神経衰弱をしていた壱郎とユウキが不思議そうにその様子を眺めた。
「壱郎くん、ユウキ! ちょっと緊急会議!」
「あぁーっ!?」
やがてエリィは机の上のトランプを押しのけ、持ってきたノートパソコンを目の前に置く。
「なにすんのさエリィちゃん! ようやく勝てそうだったのに――!」
なんて悲痛の叫びをあげるユウキだが、エリィはどうでもいいと言う風に画面を指さす。
開かれていたのはエリィのチャンネル。登録者数18.5万人、最新の配信の再生回数は2万回。
「へぇ、悪くないじゃん」
「――ダメなの! ぜんっぜん、ダメ!」
よくわかってない壱郎が答えるが、エリィは首を横に振って否定してきた。
「ここ最近、再生回数がほとんど変わってない!」
「ということは?」
「同じリスナーが見てて、新規勢が少ないってこと!」
「あー……」
エリィが問題視してる部分がわかったユウキが、苦々しい顔をする。
「確かに新規さんが来ないのは問題だね。今後伸びなくなる可能性があるかも」
「そうなのか?」
「うん、ゴールデンウィークの配信ラッシュでなんとか登録者数は増えたけど、今後は方針変えないと見向きされないかも……」
「なるほど」
配信者としては初心者の壱郎も、だんだんと彼女たちが察知している危機感がわかってきた。
「これじゃマズいな……壱郎くん目的で見てる人も多いから、土日は安定するんだけど。ねぇ壱郎くん、業務途中にこっそり抜け出して、私たちと配信できないかな?」
「いや、それ別の問題が発生するやつだから」
さらりととんでもない発想を持ちだすエリィに、壱郎はやんわりと否定する。
「うーん……他にいい方法とかあるかな? ユウキはどうやってた?」
「僕たちは他の冒険者グループとよくコラボしてたね。でもエリィさんのチャンネルは個人勢の中でもトップレベルだし、企業勢の冒険者とのコラボじゃないと効果薄いかも……」
「そっかぁ……」
腕を組んで悩む二人。そんな中、意外にも提案を出してきたのは壱郎だった。
「あ、だったら、冒険配信者を追っかけてる人に訊けばいいんだ」
「……おぉー、なるほど」
「壱郎くん、そんな人身近にいるの?」
「うん、いるよ。ここに連れてこれるが」
「あー……その人、本当に信用できる人かな?」
ここが実家ではないとはいえ、警戒心を緩めないエリィ。壱郎は大きく頷く。
「うん、大丈夫だ――だって妹だもん」
***
「初めまして。山田壱郎の許嫁、山田百合葉です」
「一発目からどぎつい自己紹介やめないか、妹よ。エリィさんたちドン引きしちゃうよ」
「実は義妹です。結婚できます」
「実妹だよ。同じ両親から生まれた、正真正銘血の繋がった兄妹だよ」
――仲がいいなぁ。
最初の一言からぶっこんでくる百合葉とそれに対しツッコミを入れる壱郎を見て、二人が抱いた印象がそれだった。
よくある兄妹仲というのは無視が当たり前、会話してもお互い名前を呼び合わないくらい険悪なのがデフォだと聞くが……それどころか、妹からの好感度がMAX状態だと言っても過言ではないだろう。
「っていうか、小っちゃいね妹さん。何歳?」
「エリィさんがそれを言うか……今、高校3年生だよ」
「もう結婚できる歳です」
「うん、ちょい黙ろうか? 全然話が進まないんだ」
「止めたければ口を塞げばいいんだよ、物理的に。あ、お兄、ハンドは反則ね」
「…………」
「んー……――んぐぅ!?」
目を閉じて唇を突き出してくる妹に、壱郎は黙ってテーブルの上に用意しておいたクッキー数枚をねじ込んで黙らせる。
「えーっと……で、この百合葉さんから意見をもらえばいいのかな?」
「あぁ、うん。こいつ、色々な冒険配信者観てるからアドバイスしてくれるんじゃないかなと思って」
まるでハムスターのように頬を膨らませている百合葉が、何か言いたげに壱郎を睨む。
「んぐっ……はぁ。まぁ、ここに来るまでで大体原因はわかってるんだけどね」
「ほ、本当……!?」
「まぁ、はい」
と、机の上に置いてあったノートパソコンでエリィのチャンネル画面を開き――ビシリと指を差した。
「ずばり――エリィさんたちでのまとめ動画がないこと」
「「……あぁー」」
「ん、まとめ動画? なんだそれ?」
あまりにも単純すぎる回答にポンと手を打つエリィとユウキ。それとは対照的に壱郎は首を捻る。
「お兄、今まで動画配信者観てこなかったのはどうして?」
「どうしてって……まあ、単純に時間がないからな。すぐ終わる動画ならまだしも、3時間4時間続くのはちょっと――」
「はい、それが答え」
「ん?」
「要するにお兄みたいな層だってたくさんいるの。だからエリィさんの配信をまとめた動画がないから、見る機会がない。よって伸び悩むってわけ」
「……あー、なんとなく理解してきたぞ」
つまり、新規勢はここまでのエリィの配信を追うのに膨大な時間がかかってしまうだろう。そうなれば今から追おうとするのにかなりの時間を要してしまうので、結果として観てもらう機会がなくなってしまうのだ。
「エリィさんはソロで順調に8万人まで上り詰めてきたから、絶対抜けてると思った。最近は色んな推しがいるのは当たり前。となるとエリィさんたちだけに時間を割くわけにはいかない層も絶対いるから、そこが狙い目」
「うーん……でも動画編集かぁ。確かに経験ある人を雇えばいいんだけど……有名な人はみんな企業勢の切り抜きばっかしてるからなぁ……」
確かに理論はわかった。だが、動画編集をする人がいないという新たな問題が生まれ、エリィが頭を抱える。
もちろん自分で編集するのが一番なのだが、時間がなさすぎる。エリィは定期的に配信を止めないようにしている為、そこに動画編集する時間も要されると……かなり無茶な生活を送ることとなるだろう。
「ユウキ、動画編集したことある?」
「いや、僕、ソフト面はちょっと……何かモノを作ったりするのは得意なんだけど……」
対するユウキも動画編集の経験がないらしく、困ったような笑みを浮かべる。
「…………」
その様子を見ていた百合葉は、ぎゅっとエリィの手を取った。
「エリィさん、ちょっと」
「へっ? ちょちょちょっ!?」
「おい百合葉、何して――」
「二人で話がしたいの。ちょっと相談があるから。エリィさん、二人で話せるところある?」
「あ、それなら奥の配信部屋が――あぁっ、そんな急がなくてもっ!」
なんてエリィが慌てて声をかけるが、問答無用。
強引に彼女の手を引き、あっという間に配信部屋へと入り込んでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます