第1話.よくある触手の話です①

「うっっっわ」


 出産時に脳内麻薬がドバドバ出ることでその名が知られている触手型モンスターとどちゃどちゃ交尾後、半ばブッ飛びながら大体五回目くらいの出産を味わい付着してしまった血と潮と汗となんかその他諸々の体液を洗い流した後、産みたてホヤホヤの触手を片手に相変わらず繰り広げられるこの世の地獄のような治療の光景を通り過ぎた先。「カフェ&バー ゴビロ」は、相も変わらず通常通りに営業していた。木目が美しいテーブルやふかふかとしたクッションが心地いい椅子、あとはあらゆる世界線出身のものに合わせるために畳と座布団のスペースも少しある。カフェ&バーという割には鯖の味噌煮定食とかも普通に出している為、カフェでもバーでもないんじゃないのと突っ込まれることは多い。だが普段は起きてるのか寝てるのかわからないくらい細い目の店主がこの時ばかりは目をカッ開いて反論してくる為、一応「カフェ&バー」という名称に対して本気で反論する者はいない。


 さてそんな触手を片手に扉を開いた女───ヨミは、こちらに目を遣るなり心底ありえないと言いたげな声をあげた顔見知りに、不快そうに眉根を寄せた。


「何よ、触手は初めてのおぼこじゃあるまいし」


「いや、流石にそこまで気持ち悪い形状の触手はあんまり見たことないから」


 生物型?と問いながらも普通にソーセージを齧っているあたり、大概この女も鈍感だと思う。もそもそとソーセージを齧りながらぐいとビールを煽った顔見知りの女──パウカは、隣の椅子に置きっぱなしにしていたバスケット型のバックを退かしてリルの座席を開けた。ありがと、と礼を言いながら座った後、ヨミは再び顔を顰めた。


「くっっっさ!!!!何アンタめちゃくちゃくさい!!!!何これイカ!?!?アンタまたふた○り化シチュの仕事してたの!?!?」


「モンスター娘との濃厚百合ックスバトルものって聞いたんだけどね……」


「あれか、チ○コ生えさせてHPをザー○ン化させてデッドオアアライブさせるやつ」


「話が早くて最悪」


 あやうく死にかけたわ、とパウカが笑った。そんなシチュエーションを味わった後に棒状のものを食べないでほしい。


「そういうアンタは触手モノ?」


「うん、異能使いの巫女さんになって怪異とバトルする感じ」


「それで何で触手持って帰ってきたの?」


「さっき産んだから」


「最悪」


「初めて見た時は植物型っぽかったから拘束と媚薬責めがメインだと思ったんだけどね、時間経ったら生物型だったことがわかってさ。イソギンチャクタイプだったから手数が多くてびっくりしたわ」


「知らねえわ触手有識者がよ」


 この界隈に長くいる奴は嫌だね、と毒づくパウカに、しょうがないでしょ、とヨミが言葉を返した。


「この仕事、給料は抜群にいいし。死ぬわけでもないしいいじゃん」


「それな」


 ───この世界は「作品への出演」を生業とする人物が多数を占めている。


 作品の種類は様々だ。ミステリーでもファンタジーでもSFでも。よって求められる役割も多岐にわたる。異世界に転生する主人公を生業とする者、悪役を生業とするもの、サブヒロインやモブキャラまで。もちろん主人公が人気の仕事になるが、こちらは競争率と年齢制限がかなりきつい。何かしらの需要があって食うに困らない程度に稼げるという意味ではモブキャラもおいしいポジションではあるけれど、金額に換算すると高額とは言えない。


 そう、それで。こうしたメジャーな……というよりまあ、日の当たる場で嗜んでもそれほど後ろ指を指されない作品は、競争率が高かったりあまり稼げなかったりと、ともかくそうした傾向はどうしても否めなかった。だが生きていくには金がいる。でも皆が皆、主役を張れるわけではない。ビジュアル的にもメンタル的にも、その辺りは向き不向きがあるのだ。ついでに言えば「こつこつ貯金」もある種の才能なのである。よってモブキャラとして慎ましく生きるには色々と問題しかない者達もいるのだ。


 ……そんな中、この街に届く求人───「語尾が『ロ』で終わる世界観の作品の登場人物」の募集は、ある意味でそうした者たちの心強い味方だった。少し思い浮かべていただきたい、この世の語尾が「ロ」で終わるタイプのジャンルは、肉体的にも精神的にも磨耗する作品が多いはずだ。そしてこの界隈の仕事は、きつけりゃきついほど給料も上がる。この世界において作品内での生死はリアルでの世界の生死には直結しないため、とりあえず命の保証もされるのだ。これはどの作品内においても言えるが、作品内で命の危険のあるケガを追うと自動で帰還できるようになっているのだ。とはいえ命の危険のない怪我や状態異常は持ち越される。そのため触手を産み落とすわ女体に存在しないはずのブツが生えるわと言った状態での帰還は日常茶飯事なのである。で、あるのでこの界隈で長く仕事をする者は、おおむねおおむね「金がとにかくほしい」「メンタル強め」「人気作品でメインは張りにくいビジュアルまたはメンタルの持ち主」のどれかが当てはまる。大体金目当てが多い。あと浪費家率も異常。


「あっ、マスター!!この触手捌いてもらっていい?メニューはお任せする!!」


「最悪」


「だってここの店、食材の持ち込みだと安くなるし……」


「いくら安くなるって言っても出産した触手食べんなよ」


「あ、せっかくだから触手初心者のパウカちゃんに触手の種類についてレクチャーしてあげる!!なんか近々案件増えるみたいだよ!!どっかの界隈で触手モノのアンソロ企画あるらしいから!!」


「……触手モノの相場ってどれくらいなもん?」


「モノによるけど安くてもアンタの推しのブラインドグッズを10回くらい上限買いできるくらいには稼げるよ」


「乗った」


「判断が早い」


 ……かくして。窓一枚を隔てた先に嬌声と体液が舞い散る地獄のすぐそばのカフェ&バーにて、パウカ(働く理由:推し活)とヨミ(働く理由:種銭作り)の、誰でもわかる触手講座が始まるのだった。

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