第4話 2
それからリーシャは、わたしに軽くお化粧をしてくれた。
――ちゃんと大人になったら、アンタにもやり方を教えたげるよ。
そう言って笑ったアイラ
いま、どうしてるんだろう……
わたしが勇者になって一年が経つ頃――確か<
下町が再開発されるという噂をお城で聞きつけて、わたしは不安になって城下に向かった。
そして……辿り着いた懐かしの下町は、すっかり更地にされていて……『春の彩』のみんなは行方知れずとなっていた。
あの頃には、わたしを侍女として雇ってくれたノリス様はご実家を継がれて城を去っていたし、ベアおじさんもノリス様に誘われて彼の領地に同行していたから、
そのまますぐに次の任務を王様に与えられて、わたしはまた旅立って。
繰り返す死と再生、旅をしながらの日々の苦しい生活に、次第にそんな――マウリおばさんや
「――どうしたっスか? ミィナ様」
リーシャに後から顔を覗き込まれて、わたしは我に返る。
――あの図太くて口が悪いのに世渡り上手なマウリおばさんが。強かでカッコ良いあの
きっと今も何処かで、颯爽と日々を楽しんでるはずだ。
いつか時間ができたら、捜しに行こう。
――わたしはもう、自由なんだから!
うなずきひとつ、わたしはリーシャを振り返り。
「ううん。ちょっと昔の事を思い出してただけ。それよりリーシャ、ありがとう」
鏡に映るわたしは、自分でもちょっと信じられないくらい可愛くなっていた。
とても昨日までの――虚ろな目をしたボロボロな自分とは思えない。
「いやいや、元々ミィナ様の素材が良かったんスよ!
でも褒めてもらえて嬉しいっス!」
んふふと目を細めて笑うリーシャ。
そんな彼女の赤毛を大窓から吹き込んできた風が撫でる。
「――今日はずいぶんと風が強いのね」
身支度のお礼替わりに、わたしは手を伸ばしてリーシャの乱れた髪を整えてあげる。
「ああ、いえ。城下を浮上させてるんで、風が発生してるんスよ」
「……城下が浮上?」
くすぐったそうに目を細めながら告げられたリーシャの言葉に、わたしは首を傾げた。
「――見た方が早いっス!」
と、リーシャはわたしの手を取ると、バルコニーに誘って。
わたしが与えられた客室は五階にある。
元々高台に気づかれているヒノエ宮のバルコニーからの眺めは、朝の澄んだ空気もあって気分を高揚させる――はずだった。
……本来なら。
「――ぅええええぇぇぇぇぇ!?」
バルコニーに出たわたしは、開口一番、目の前に広がる光景に驚きの声をあげた。
城の周囲の大地が、抉れ、あるいは隆起して、中にはそのまま巨人が突き刺したんじゃないかと思えるような、尖った岩盤の柱が地面に突き立っていて。
「な、なななな……」
――なにこれっ!?
その言葉が声にならず、指さしながらリーシャに顔を向ける。
「あはは。あーしも起きてビビったんスけどね。
侍女長が言うには、なんか昨晩、陛下が激おこした結果らしいっスよ?
詳しくはこの後、陛下との朝食の時にでも直接聞いてみて欲しいっス。
――それより、そろそろ来るっスよ!」
そう言って、リーシャはヒノエ宮を囲む城壁の向こうを指差した。
荒れ果てた大地のわずかに手前――目測だとここから距離五〇〇メートルといったところだろうか。
「来るって?」
そう首を傾げた瞬間。
リーシャが指差した辺りの地面に大穴が空いて、そこから物凄い勢いで尖塔がせり出して来た。
晴れた空に金属音が木霊して、次々と地面から尖塔が建ち昇って行く。
「えええぇぇぇ……」
驚く間にも、それらの尖塔を繋ぐように、堅固な城壁が構築された。
まるでしぃちゃんに見せてもらった、建築系ゲームの実況動画みたいに――城壁に門が生み出され、そこから道が通されて。
通りに囲われた地面が割れて、先程の尖塔のように、下から建物が次々とせり上がってくる。
「――どーっスか、ミィナ様!」
まるで宝物でも自慢するみたいに、リーシャは手摺りの前で両手を拡げた。
「これがトヨア皇国の首都、魔道の都ヒノトっス!」
「……城下街を隠していたって事なの……?」
どうやってなのかはまるでわからないけど、そうした――そうせざるを得なかった理由はわかる。
たぶん……わたしが――勇者が来るから。
きっと優しいヒノエ様は城下に暮らす人達に被害が出ないよう、街を丸ごと隠していたんだろう。
だから、わたしは誰にも邪魔されずに魔王城――ヒノエ宮に侵入できたし、謁見の間まですんなりと進む事ができたんだ。
「すごい……」
目の前に広がる美しい城下の街並みも、それを守り切るヒノエ様の魔道も……
賢くないわたしは、ただすごいって言葉しか出てこない。
呆然として城下街に見入るわたしに、リーシャは駆け寄って来てバルコニーの端へと誘った。
「そう、すごいんス! そしてこのすごい街を眺めながら、ミィナ様もこれから、面白おかしく暮らして行くんスよ!」
「……わたし、も?」
いまいち実感の沸かない言葉に、わたしは首を傾げる。
「はいっス! トヨア皇国へようこそっ! ミィナ様っ!」
まったく裏を感じられない、リーシャの歓迎の言葉。
それは魔王を――リーシャの主であるヒノエ様を倒しに来たはずのわたしに向けられるには、ひどく不似合いな言葉に思えて。
ああ、昨日からわたし、本当にダメだぁ……
込み上げてくる涙で、微笑むリーシャの顔が歪んで見える。
「ありがとう、リーシャ……」
――こんなわたしを受け入れてくれて……
気づけばわたしは彼女に抱きついていた。
「あ、あ~っ! ミィナ様、泣いたらダメっス! お化粧が! せっかくのお化粧がやり直しになっちゃうっスよ~」
そう言いながらも、リーシャはわたしを強く抱き締め返して、背中を優しく擦ってくれた。
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