第3話 7

 妾は最後に残ったホロウィンドウに視線を向ける。


 幼体に変化へんげしてから、妾の周囲をうろうろピョンピョン飛び回っておったホロウィンドウに、だ。


 そこに映し出されたウツロは、『神、降臨!』などと書かれたハチマキを締めて、両手を組んで感涙しておる。


「ウツロ、貴様はアーガス王都の民に戦の情報を流布させ、避難しやすいよう取り計らってやれ」


『ハッ! 心得ました、我が神よ。幸い拙者、いくつかツテがありますので、民の誘導に関してはお任せください』


 長期に渡りアーガス王都に潜伏していたウツロだ。<影>として、それなりの人脈を構築しているのだろう。


「さすがだな」


『お褒めに預かり、光栄の至りです。我が神よ』


 胸に手を当てて大仰に頭を下げるウツロ。


「あとは調べてもらいたい事がある」


『ハッ! なんなりと!』


 恭しく応じるウツロに、妾は頷いてみせる。


「まずは勇者――セイヤ・スオウについてだ。重ねてヤツが喚起して見せた神器についても調べてくれ。

 ……ちゅか、そもそもミィナに比べて、ヤツの情報が極端に少ないのはなぜだ?」


『いや、男の事を調べるとかテンションが上がらないっていうか……

 あ、ちなみにコレ、拙者個人の意見じゃなく、<影>の総意です』


「――ちょっ! おまっ!? そんな理由で!? バカなの? <影>ってバカの集まりなのっ!?」


 これまで良い仕事をしてきただけに、妾ちょっぴしショックなんだけどっ!?


『これが男の娘とかショタだったら本気になれる者もいるんですが、なんせ召喚された時点で十六歳。しかもイケメン野郎でしょう?

 部下のみんな、テンションだだ下がりでして……

 それにアーガス王城、勇者セイヤが召喚された頃から、やたら警備が厳しくなりまして潜入できなかったんですよ。

 アイツ、ミィナ様と違って滅多に城の外に出ませんし……』


「なんだ、一応、それなりの理由があるんではないか……」


 ミィナの監視報告は、やたら気合いが入って緻密だったのに対して、セイヤの情報が雑だったのは、<影>共のテンション云々以外にも理由があったらしい。


「――だが、その割に大まかな報告はあったよな?」


 ミィナの報告書ほど緻密ではなかったが、月に一度……少なくとも半年に一度は報告があったはずだ。


『ああ、そこは拙者のツテです。情報を得る手段は潜入以外にもありますので』


 ニヤリと笑うウツロに、妾はうなずく。


「ふむ。だが、そうなると潜入して、より深く探るのは難しいか?」


『いいえ、我が神よ。先程ご覧頂いたように、潜入ルートはすでに確保済みです』


「おお! やるなっ! さすがウツロだ。褒めてやる!」


『――身に余る栄誉です。いずれ必要になるかと、偽装身分カバーを用意した甲斐があるというもの!』


 <影>達は任務に応じて、様々な偽装身分カバーを用意し、潜入先に溶け込んでいるのだという。


『今や拙者も王立学園の魔道学教授ですからね。時には騎士団の法撃隊や後宮の護衛侍女達にも講義する事があるくらいです』


 そういえば学園は王城の敷地内にあるのだったか。


 そこから自由に場内を歩き回る為に、ツテを拡げていったというところか。


 ……ウツロが学園の教授のう。


 なにか頭の中で引っかるものがあるんだが……


 ――いや、それよりも、だ。


「後宮に入れるのであれば、ついでに……先程、ガルシアのそばにおった愛妾について、なにか知っておるか?」


 誰もが妾の<竜咆ドラゴン・ブレス>の恐れ慄いていたあの場で、あの者だけは別の表情を浮かべていた。


 ――羨望と怒り。


 すぐに取り繕っておったが、妾はそれを見逃さなかった。


 妾の問いに、ウツロは顔をしかめる。


『……ティア・オーランドですね』


 いつも無表情か、あるいは極端な躁状態ハイテンションなこやつが、こんな不機嫌そうな表情を浮かべるのも珍しい。


『六年ほど前、正妃マリアンヌが逝去してから一年が経ったのを機に、王宮貴族達が王国中から後添え候補を集めました』


「ああ、正妃との間には王女ひとりしか子が得られなかったのだったな」


 アーガス王国は興国から四百余年の間、女王も即位しとるから王女が後継になるのは問題ないだろう。


 だが、後継者がひとりのみというのは、周囲には不安に思える事だろう。


 貴族達が後添えを集めたのは、王宮の政治力学的に考えてなんら不思議でもない。


『そうして集められた候補の中に、ティア・オーランドも含まれていました。

 ――ここからは拙者も又聞きの又聞き情報で、真偽は不明なのですが……』


 と、ウツロはティアという愛妾について語り始めた。


 それまで愛妾に見向きもしなかったガルシアが、ひと目見て彼女を気に入ったとか。


 魔道士として優れた能力を持ち、その力は宮廷魔道士局長すら惚れ込むほどだとか。


 ガルシアにともなわれて社交の場に顔を出せば、多くの貴族を魅了して信奉者になっただとか――


「……なんとも出来すぎた話だな。

 まあ確かに男好きしそうな容姿はしておったが……」


『――我が神の玉体こそ至高ですっ!』


 興奮気味にホロウィンドウに顔を寄せてくるウツロに、我は追い払うように手を振って、アゴをしゃくって続きを促す。


『一方、女性には評判が良くなかったようですね。

 貴族令嬢としての礼儀を弁えない行動が散見され――これは後に、あえてそうしていたのではないかという推測も挙がっておりましたが――それを窘めた王女の側近だった令嬢が、ティアに泣きつかれたガルシアの命によって、家ごと取り潰しに遭っております』


 注意された程度で一族取り潰しとか、バッカじゃねえの!?


『そこで気を大きくしたのか、ヤツは次々と後宮の侍女を解雇して、顔の良い若い執事や騎士に身の回りの世話をさせるようになったのだとか……』


「――ガルシア、よくそれを許しとるの!?」


『その方が、より気分が昂ぶるんだとか……』


 ウツロは理解できないとでも言うように、肩を竦めて嘆息。


「NTR好きかヨっ!? ド変態じゃん! 脳破壊されてラリってんじゃねえのっ!?」


脳破壊されてラリっているからこそだからこそ、政務を放棄して後宮に篭もっている可能性もあります……』


 なにはともあれ、ガルシアがそのティアとかいう愛妾に、相当入れ込んでるのは理解した。


『他の愛妾達は暇を出され、そればかりか王女すらも城を出されて離宮暮らしをしております』


「む、無茶苦茶だのぉ……」


 よくそれで政が回っておるもんだ。


 ……いや、回っておらんからこそ、貴族共が好き勝手やって、ミィナのあの様なのか?


「ふむ。引き続き――勇者セイヤと並行して、そのティアとやらの情報も集めてくれ。どうも気になる……」


 ホーム時代の記録に見られる、傾国物語のようではないか。


 思えばガルシアも正妃が身罷るまでは、まともな政をしとったはずだ。


 だからこそ、我が国はアーガス王国と交流があったわけだし。


 ウツロは妾の指示に会釈を返し。


『我が神。あの女が気になるのでしたら、ミィナ様にもお話を聞いてみるのが良いかと……』


「ミィナに?」


『ええ、あの方は王女付き侍女として後宮に勤めていた事があります。

 それに先程申し上げた、取り潰しになった令嬢とも深い交流がありましたから、拙者の知らない情報もご存知かもしれません』


 と、恭しく礼を取ったまま告げるウツロ。


「おお、なるほどの。わかった……」


 ――妾はそこまで告げて。


 ふと先程も感じた引っ掛かりを再度感じた。


 その令嬢って、ミィナの話に出てきたアイラの事だよな?


 あの娘と交流がある事まで知ってるという事は、ウツロって実はミィナとかなり親しい関係なんじゃ……


 そこまで考えて、妾の脳内でパズルのピースがパチパチと組み立てられていく。


「……ときにや」


 不自然にならんよう、努めて自然に呼びかける。


『――拙者の事はシュバルトと……あっ……』


 しまったというように、顔を背けるウツロ。


「――おまえがシュバルツかよっ!!」


 深夜のフソウ宮に妾の大声が響き渡った。


 ちゅか、ミィナがゆーとった有名じゃない神様って妾の事だったのかっ!?





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが3話となります。


 魔王様視点はスペオペ色が強い為、慣れてらっしゃらない方に向けて、なるべく注釈的説明を入れているつもりですが、もし不明な用語が気にかかるようでしたら、お気軽に応援コメントにてご質問ください。


 可能な限り(ストーリーに差し支える場合は、そうお返事します)、説明させて頂きます。


 「面白い」「もっとやれ!」と思って頂けましたら、作者の励みになりますので、フォローや★をお願い致します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る