第7話 荷車と修繕

 燦々と太陽が照る中、チッチッチと囀る小鳥達。近頃クォール宅の周りに巣を作ったらしく、鳴き声が可愛いなとクォールは大柄な体躯に似合わない様子で鳴き声を楽しんでいる。


 手前に並んでいるのは、いつもの塩漬けのベーコンにウインナーの塩煮。近頃鏡は材料だけを受け取ると物置に帰ることが多い。


「あいつは、食べられるのを見られるのが恥ずかしいのだろうか」


 あながちクォールの言っている事は間違いではない。この世界の料理は不味すぎて鏡が自分で改良しないとリバースしてしまう可能性があるからだ。


 あれから鏡は自分の為に入れ槌を作成してくれ、そのグリップ感や打ちやすさを感じさせられる入れ槌に感激を覚えている。


 入れ槌の名前を聞くと、トールハンマーという訳のわからない道具名を言われたのは記憶に新しい。


「ふーん、ふーん」

「お父さん、なんか楽しそうだねー」


 鼻歌を歌うクォール。フーラルは母の手伝いを一時中断して、ふわりと髪を揺らしながら微笑む。


「なんか、あいつの作業を見ているのが楽しくてな。そういえば……」


 そろそろ自宅の修繕計画に入る頃だと思い、クォールはその日を待ち遠しくなった。

 今まで童心を忘れ、流れ作業のようにやっていた鍛冶だが鏡から与えられた道具一つで本当に楽しみながら打てるようになった。そのこともクォールの機嫌を良くしている要因の一つである。


「修繕かー。キョースケはどんな事をするんだろう」

「わからないな。それにしてもこのスープは旨いな」

「ありがとう」


 朝に行われる何気ない会話がフーラルにとっては楽しい。朗らかに笑顔を浮かべていたイザベラだが、辺りを見回すとこんな溜息を漏らす。


「しかし物の置きようには困ったものね。小物が散らばっちゃって。今度片付けないと。はあー、本当にどうしていいのかしら。はあー」


 辺りを見回せば小物類が床に置かれている事が多く、整理整頓以前に整理整頓をするための道具がない訳である。


 物を捨てるか、それとも家を荒れさせるしかない。イザベラやクォールの先祖が残した物も多く、この始末をどうすればいいのかと考えながら一家は室内の様子を眺める。


「なんとかならないかしら」

「なんともならないさ、捨てなければ」

「そうだよね……」


 部屋を見回し親子揃って大きな溜息を吐いている頃、鏡は大八車の作成に精を出していた。のこぎりでなるべく頑丈そうな木を裁断して同じ寸法に切る。土台の木を造りその上へベースの木を乗せて釘とハンマーで打ち付けていく。


 荷台が出来上がるとシャフトを取り付ける事になる。これを取り付ける鈎はあったのでそれを流用する事にして、シャフトを取り付ける為に鈎の穴に合わせるように釘と固定器具を填め込んでいく。


「ペンチが欲しいな」


 プライヤーは代用品であるのでペンチなどに勝てる筈もない。その証拠に仕事がやりにくくて仕方がなかった。


 シャフトには既に車輪が付いているので、しっかりと固定するとこれで大八車の完成になる。

 大八車を引く為のフレームを作成し、荷車に取り付けるとそこへまた釘と固定器具でしっかりと固定をしていき荷車を完成させていく。


 鏡は作業の最中に喉の渇きを覚え、こんなことを考えつく。


「そういや、ダーククリスタルと水筒の併用で冷や冷やの水が飲める感じがする。今度造ってみるか!」


 集積場で叫ぶように喜ぶ鏡。プライヤーを天へと突き上げ、喜ぶ様は異世界の住人には不気味なものでしかない。


 現に、この村の村長は近頃この集積場でなにかをしている男がいるとの事で様子を見に来たわけだが、ゴミで喜ぶ鏡にやや引き気味な表情を浮かべていた。


「あ、あいつはなんであんなに喜んでいるんだ……」

「大八車もできたし、なんだか今日は好調だな」


 引きつった表情を浮かべていた村長だが、鏡が造った大八車を見て感激の声を上げる。

「おおっ……これは見事な手押し車だ。どうなっているんだこれは……持ち手が逆?」


 村長は手のひらを翳しながら神々しい物でも見るかのように大八車を眺めている。

 そんな村長にちらりと視線を移した鏡。誰かなと思いながら鏡は集積場の上から下に下ってくると気さくな感じで声を掛ける。


「興味がおありですか」

「ああ、これはどうして持ち手が前に付いているんだ?」

「ああ、逆だと運びにくいからですよ。それと一輪であれば手押し車がいいのですが、やはり二輪となると操作がしにくいという事が欠点になります。だからこそ持ち手のフレームが前にあるわけです」

「ふれーむ、ね」


 聞き慣れない言葉に村長は理解していない様子で首を傾げたが、地球感覚の鏡は大八車のフレームへ手をかけると操作をし始める。


 かなりの力がいるが、それでも忠実な僕のように鏡の後に付いてくる大八車を見て村長は顔を綻ばせる。


「可愛いなあ」

「褒められているぞユニコーン」

「ゆにこーん?」

「いや、なんでもないです」


 コロコロ、カラカラという音を響かせながら車輪を動かし地面を走破する様は小気味の良い物がある。鏡が体を右に向ければ、大八車は右に向き、左に向けば左に曲がる。サスペンションがあればもっと便利な物になると考え将来の改良も視野に入れる。


 鏡がそんなプランを立てながら大八車を動かしていると、村長は手を叩いて拍手をしてくる。


「いやー、見事なもんだ。まるで生きてるみたいだよ」


 村長は大八車の動きに感銘した様子である。鏡は自分が褒められている気がして頭を掻く。


「いえいえ」

「ところで、ここでこうした物を造ってなにをしているのかな」


 そういえばと、ことの始まりを思い出して村長は鏡に尋ねてくる。

「発明と開発です」

「ハツメイとカイハツ。おやギルドにもそんな部門がありましたな」

「おおっ、そんな素敵な機関が」


 村長から出た言葉は寝耳に水な話であった。この世界には技術系のギルドがあるらしい。もっとも、と村長は言うと


「まあ、私には縁遠いところですがね。あ遅れました。私、この村の村長をしているアニオンといいます」


 村長が自己紹介をしてきたのを聴いて、村長と判断した瞬間に鏡は緊張を浮かべる。

「初めましてアニオンさん。私はカガ・キョースケといいます」


 村長にはため口を使わず、下に出た方が賢明だと鏡は機転を利かす。そんな鏡の態度が気に入ったのか、村長は朗らかに笑う。


「ああ、クォールさんの家に居候している方ですか。なるほどなるほど。でこの発明品はどんな使い道を?」

「今度この大八車で材料を持っていき、クォールさんの家を修繕しようかと」


「ふむ、なるほど。かなりお高いんでしょう」

「いえ、お世話になっているので無料です」

「なんて男だい……これは良い方に恵まれましたな、クォールさん」


 鏡の意見に村長は体を仰け反らせながら顔をまじまじと眺めてくる。一方鏡はなぜ村長がここにきたのか察していた。怪しい男がここでなにかをしているという報告が入ったのだろう。


 だから鏡は村長に先手を打つことにする。


「村長さん」

「なんでしょう」

「世のために人のため、そして私の為にこの集積場を使わせては貰えないでしょうか?」

「ふむ……汚している痕跡はないし、むしろ片付いているようにも思リリー」


 村長の指摘通りに、鏡は村の者がゴミを捨てに来たら分別と掃除をしている。別段意図することはなく、そうする事で自分の作業効率が上がるのでやっている。


「ましてや人の為ですか。そうだ今度私になにか作って下さいな。ここは自由に使ってもいいですから」

「ほ、本当ですか」

「ええ、本当です。家は農家もやってましてね。なんか近頃道具も入れ替えなきゃなと思っていたところでして」

「そういう事なら万屋鏡にお任せを。是非気に入る一品を造りあげてみせます」


 鏡は空を流れていく雲を眺めると、どんな農具を作ろうかと心をはやらせる。


 鋤などが存在しない農具。更に体の小さな農家の人に合わせてある訳ではなく、大柄であろうと小柄であろうと同じ条件の農具を使っている。


 現代でもオンリーワンの農具は中々ある訳ではないが、それでも万人共通に使リリーように改良はされている。


「少しお聞きしたいが、村長さん自体も農家をされるのですか?」

「勿論です」

「雇っている者は?」

「います」

「なるほど。いえ、他意はないのですが、やはり体の大きさなどで若干の重さなどを変化させなければならないので」


 村長は結構お金を持っているのでは? と鏡は考リリー。村長といっても多種多様の者がいる。


 お金を持ち、中流貴族ぐらいの富を有する村長。領主の相談などに乗る村長。また、村長会議などで意見を述べることができる格上の村長や、それに従う村長など多種多様になる。


 この村長の有する富の規模はお宅に伺わないとわからないが少なくとも人を雇用できる程ということが容易に想像できる。


「なるほど、えーと、カガさん」

「いや、なんかそれだと、私のことはキョースケと呼んでいただきたいです」

「失礼、キョースケさん。そこまで考えて農具を作らないといけないものなのですかな?」

「例えば、村長さんは農具を持ってこれは明らかに無理だ、重すぎるなんて経験はありませんか?」


 鏡の言葉に村長は顎に指を置くと、何度か考える仕草をして鏡に意見を述べてくる。

「ありますな、そういう場合はなるべく力のある者に任せておりますな」

「もし、農具が軽かったら村長さんはご自分でやられますよね」

「勿論ですとも、まだ若い者には負けませんよ」


 力こぶを作った村長の声は若干甲高かった。恐らくまだまだ若い者には負けたくないという気持ちが強いのだろう。


「農具が軽くなると、その若い者の力は必要ですかな?」

「いりませんねー、あーなるほど。だから農具の軽さですか」

「それと便利さですね。それを兼ね備えていないと、私としては面白くないですから」

「そこまで考リリーとは、なんて男だい」


 鏡はこと開発に掛かれば完璧主義になる。不出来な道具を作りたくはない。鏡の意見を聴いて村長は目をきらきらと輝かせてくる。


 大人であろうとも、いや大人だからこそ玄人志向の道具を教えられると、心が躍り楽しい気持ちになるものである。


「作って下さった時には材料費や工賃、道具費などはお渡ししますので」


 ただで炉を借り続けるわけにもいかないので願ってもいないことである。ただ賃金の発生が伴う以上決していい加減な物は作れなくなる。


 代金を貰うということは、鏡にとっては等価交換の原則と同じだと思っている。だから鏡は村長にこう提案をする。


「設計などを含め、少しお時間を頂くことになりますがよろしいかな」

「はい、キョースケさんは忙しそうなので手が空いた時でも結構ですので」

「助かります」


 話がわかる村長でよかったと鏡は安堵する。少し偉そうな人物ならば、先に自分の物を造れと囃し立てるだろう。


「それじゃ、キョースケさんその時を楽しみにして待っています。それではそろそろ馬にエサを与える時間なので失礼します」

「いやいや、こちらこそお時間を取らせたようで申し訳ない」

「いえいえ、それではー」


 村長は鏡に手を振ってから家路に戻っていく。帰り際に、全然怪しい人じゃないじゃないですかと呟くのを聴いて鏡は胸を撫で下ろす。


 下手な応対をすれば不審者扱いされてしまい、この宝を使えなくなるところだったと鏡は内心で焦る。


「さて、カンナの原型は確保できたし。工房へ向かうとするか」


 大八車を作った鏡に休みはない。カンナの原型から刃を抜き取って再度打ち直し、その刃を研がなければならない。


 切れ味が悪くなって捨てられていたのこぎりも確保した鏡。それを原型にしてオンリーワンののこぎりも作らなければならない。


 これら主道具が揃わないと、クォールの家の修繕に移行できない。修繕までもう何日かの時間を有するのだろうと鏡は時間の計算をしながら工房へと戻る歩を速めるのだった。


 工房へ戻ると、いつも通りの熱気と煤の香りが鏡を迎えた。この肌に纏わり付くような熱気を浴びると自分は開発しているんだな、と感慨深い気持ちになる。


 少し前まで工房を使えるとは思ってもいなく、更に廃品回収場へ案内されると考えてもいなかった鏡にとって夢で微睡むような出来事だなと心の中で満足をする。


「お疲れさんでーす」

「おう。キョースケか。家の修繕の準備はできたか?」

「ちょっと待って下さいな。カンナやらのこぎりやら作らないといけないので」

「なに冗談だ。そんなに早く修繕できるとは思ってはいないさ」


 クォールは鏡を眺めながら、ユニークな冗談を言うように大仰に肩を竦めて見せる。

「ちょっと相談があるんだけどよ」

「なんですかね」

「知り合いの鍛冶師にお前の作ってくれた鍛冶道具を触らせると打ちにくいというんだが、何故だろうな。俺には最適なのに」


 クォールの言葉に逆に鏡が肩を竦める。肩を竦めると鏡は彼に言葉を返す。


「小柄な方ですかな相手は」

「俺よりも小さいな」

「ではグラム数ですね」

「ぐらむ数? とはなんだ」


 聞き慣れない言葉にクォールは額に手を置き考える、そんな彼に鏡は少し噛み砕いた説明をする。


「何キロや何グラムを基準にして、その人の力や体型に合わせて道具は造るものなんですよ」

「と、いうと?」


 まだ理解してない様子のクォールに鏡は細かい説明は省くことにする。


「力がある人には大きな重量のある入れ槌はいいのですが、やはり体が小さく力が劣る人には小さめの入れ槌をというわけですよ。現に私も入り槌の重量を大分削りましたしね」

「な、なるほど。道具作りも奥が深いな……」


 説明の意味がわかったのかクォールは感嘆の息を零す。そんなクォールを見てから鏡は炉へ歩むと、カンナの本体にハンマーを打っていく。


 ハンマーで打たれるカンナ。カーン、カーンと小気味のいい音を立てながらカンナから刃が滑り落ちてくる。

「ふむ」


 こぼれ落ちた刃をプライヤーで掴むと熱し始める。

 炉でカンナの刃を熱すると赤く明滅し火の粉が爆ぜる。やや古びた刃であったが手を加えてやることにより若干息を吹き返した。


 鏡はプライヤーの角度を何度も変え、カンナの刃を熱すると入れ槌を入れて打っていく。

「ふん、ふん、ふん」


 刃を火で熱し打ち始めるタイミングもベスト。更に入れ槌の力の欠け具合も丁度良い。

 そんな芸術じみた打ち方をクォールは眺めていると、相手が記憶喪失だということが記憶の片隅から消えてしまっていた。


 その動きは優麗にして華麗。時折力強く感じさせる打ち方をすると思えば、場所によっては赤子の肌を触るかのような繊細さを感じさせる打ち方もする。


 鏡はカンナの刃を打ち終リリーと水に晒す。じゅわり、という音と共に白煙が溢れ、鏡は満足げな表情を浮かべると、水から引き上げて冷ますことにする。


「ルーン、ルン。むっ……あれはキョースケ」


 鼻歌を歌いながら工房近くを歩いていたリリーは緋色の瞳を細める。眼に映るのは職人気質を感じさせる鏡の横顔である。


 鏡は一体なにをしているのか? とリリーの心に興味が湧き上がり、入るつもりのなかった工房の中へ自然な歩で入ったことに気がつかなかったくらいである。


「あれは、カンナとのこぎり?」


 リリーが見ているのは鏡がとってきたカンナとのこぎりである。鏡はカンナの刃を冷ますために工房備え付けの土台へ置いたところであった。


 乙女心ながら興味はある。見知らぬ異人がどういう作業をしていたのかと。そっとリリーは足音を消すようにして出来たての完成品まがいに近づいていく。


「どれどれ……」


 足場は決して良いとはいえない。工房へ入ることも危険性があるから良くないと注意されていたリリーだが、流石に一度抱いた好奇心は止まらない。


 丁度カンナの刃の近くには人がおらずクォールは鍛冶仕事を、そして鏡は外へなにかを取りにいったようだ。


「どこから用意したのかしら……」 


 その刃を眺めてまさか廃品回収場から集めてきたカンナの刃とは想像できず、魅入るように眺める。


「これは、なんて綺麗なんだろう。まるでダーククリスタルみたいな綺麗な色」


 刃は黒曜石を想像させる色合いであり、そんな黒の刃から溢れる光に興味が湧きそっと撫でるように手を当てようとする。


 リリーは今現在の刃の温度はわからない。水蒸気が飛んで湯気が上がっていないことが尚鉄に関する危険性を薄くさせていた。


 だから、そっと刃に触れようとするリリー。


「どれどれ」

「触るとやけどじゃすまなくなるぞ、リリーよ」

「ひ、ひゃん」


 後ろから掛かった声に対してとても可愛い声を上げて飛び上がるリリー。その瞳に映ったのは布を額に巻いている鏡の姿。鏡は大きな溜息を吐くとリリーの両肩へと手をやる。額から流れ出る汗をリリーは呆然と見やった。


「今しがた熱したばかりだから、触らないでくれ。その綺麗な手に傷が残るから」

「え、え」


 そっと鏡はリリーの右手を取ると、カンナの刃から手を遠ざけるようにする。


 一角の職人を想像できる瞳。職人気質な瞳であるのにも関わらずリリーに視線を合わせながら柔らかな微笑みを浮かべている鏡に目が奪われる。


「ふ、ふわ」

「ん?」


 リリーの口から零れるのは甘く、そして温かく柔らかな吐息。瞼を何度も開閉させ鏡の瞳を見つめる彼女に首を傾げる。


「ふっ、どうしたというのだ?」

「な、なんでも……ない……」


 見つめる自分の姿が恥ずかしくなったのかリリーはそこで顔を背ける。

 よろよろとした仕草で鏡の手から自分の手を離すリリー。手を離された鏡は自分の手を見つめ


(なにかをしたかな?)


 と、場違いなことを考えていたがそんな二人にクォールの声がかかる。


「どうしたリリー、キョースケ」

「な、なんでもないです」

「なんでもないです。すみません、なにを思ったか工房へ入ってしまいました」


 リリーは鏡の瞳を見つめながら首を横へ振る仕草をする。勝手に工房へ入って危険品を触ろうとしたことはいわないでくれということなのだろう。


 語りたいことを察すると、リリーの顔に自分の顔をそっと近づけ囁く。

「言わないから安心するといい。ただ」

「ただ」


 囁き合う鏡とリリーを見てクォールは首を傾げているが、そんなクォールに鏡は一度視線をやるとリリーへと囁く。


「今度からは触っても良いか必ず確認するんだぞ。いいか約束だぞ」

「あ、う、うん」


 愛でも囁かれるのかと思ったが、返ってきたのは自分を心配する言葉だった。リリーは言葉に流されるようになんども頷く。


「それで、どうしたのだ。工房へ来るとは。よくここへ訪れるのか?」

「あ、いや、え、えーと」


 ちょっとあなたの姿と作品に惚れて、なんていリリーわけもなくリリーはなんとか言葉を濁そうとして鏡にこんな言葉を言う。


「ち、近頃さー」

「ああ」

「なんでかキョースケが一緒にご飯を食べなくなったなと思ってさ。あんた一体なにやってんのよ」

「あー、そ、それは」


 一番訊かれたくない質問の一つであったために、鏡はリリーの両肩に手を置くと


「なにごとも開発だ。そう料理とてな。今度食べさせてやるから今は触れるでない」

「あ、うん。なんかさ、楽しみが一つ増えた感じがする」

「そ、そうか」


 立場が先ほどとは完全に逆転してしまっているが、リリーはなぜそうなったのかその意味に気がつかず彼女らしくもない少女的な微笑みを浮かべる。

 そういえばそろそろお昼の時間である。食事の材料は既に朝方に貰ってあるのでそれを食べてから工房へ戻り、作業の続きをしようと鏡は心の片隅で考リリー。


 数日後、そろそろカンナの刃が冷え切る頃だなと鏡は思い工房へと赴いていた。工房へ着くと職人気質な様子でカンナの刃を鉄ヤスリで研ぐ。そんな様子をクォールは微笑みを浮かべながら眺めていた。


 そして完全に研ぎ終わる頃には日は既に暮れ、空は夕焼け模様になっていた。

 カンナの素晴らしい出来映えを見て、クォールは感心した息を漏らして製作過程を訊いてきたりしたのは研ぎ終わってから少し後の話になる。


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