第6話 開発 荷車の準備と鍛冶へ
確かに可燃物と不燃物が分けてある集積場といっても廃品の分別ができているかと聞かれれば鏡はNOと答えるだろう。
小高い山のようになっている廃品の山を登る鏡。朝の七時頃になったのかなと鏡は太陽の日差しで時間を算出する。
のこぎりは確保してあるし、ハンマーも確保してある。もっともあまりの不出来に鏡は将来自分の手でオンリーワンの道具を造ろうと決めている。
釘だった物を拾い集めるがどうも元の鉄素材が悪いらしく耐久性はないといってもいい。そんなことを考えつつも大八車の車輪とシャフトは確保できた。
「ふう、暑いな」
廃品を探すという事は軽労働ではない。どちらかといえば重労働である。
「これも、駄目だな。これはいけるな」
釘を見極めながら拾い、再度打ち直しが必須になると考えつつ、地球で知り合った春さんの言葉を思い出す。
いい鉄は見ただけでわかる。お前も慣れてきたら直に意味が解る。そうわかるのだ。この時代、鍛冶で使いようが無くなった鉄くずを集めて縫製の針に使ったかのように、この釘もそれらと同類の物と言える。
「釘は何本か集まったし、これでいいか?」
と、自嘲気味に言葉を零している鏡だが、既に小袋の中に数百という釘が入っている。少々取りすぎたかなと考えながらも鏡はその顔に柔和な笑みを浮かべる。
鏡はなるべく頑丈そうな木を探すと埃を払った後に注意深い様子で確かめる。
「うむ、良質な木だ」
廃材をどういう局面で使うのか。それは型の作成である。鋳造は主に型がないとできない。この時代にもセメントの技術もあるだろうし、金型も勿論ある。しかし今の鏡にはそれを作る資金は全くない。
求められるのはアイディアとセンスのみ。つまり体よく言えば拾い集めたなにかだけで型を作らなければならない。もっとも金がかからない方法は彫刻刀、ナイフ、木で造る木型しかない。
必要な材料を確保してから鏡は集積場の隅にやると、ナイフと彫刻刀を即席で作った布の鞄へ入れる。今度はもっと手の込んだ鞄にしようと鏡は思案をする。
木型に使う木を鏡は大事に抱えると加工をするためにマイホームへ持ち帰る。
帰る最中、羊飼いが広大な草原で羊の毛を研いでいるのを見て、なかなか良質の毛だと鏡は思って興味が湧く。女性の仕事の邪魔になるが鏡は歩を止めてその羊飼いに訊いてみる。
「ちょっとお邪魔します」
「あら、なにかしら」
「この羊は個人所有の物でしょうか?」
「はい、家は代々羊飼いなので、こうして羊には恵まれまして」
とても綺麗な女性である。綺麗な服を着せれば見間違えるようになるのだろうと鏡は想像する。放牧に使う草や大地などを所有している所を考えると、女性は金持ちの部類に入るのだろう。
「羊毛などは私がこうして研いでいるんですよ」
「羊はなんにでも使えますからね。ウールでも、乳でも肉でも、羊皮紙でも、チーズやバターなんかも作れますしね」
「ウール? バター? それはなんですかね」
「い、いやごほん。失礼。ポエムです」
「は、はあー、そうですか」
どうもまだこの時代にバターはないし、ウールという呼び方もないらしい。話を立て直すように鏡はこの世界にある風車について尋ねてみることにする。
「風車と水車は」
「はい」
「水などを低地からくみ出すだけのものでしょうか?」
「いえ、麦などを打ち続け、小麦粉などにする役割も果たしています」
なるほど、そこまでの技術があるのかと思考を巡らせると鏡は顎に手を置く。水時計なども存在する可能性は大きい。鏡は横にずれた思考を戻して女性に目線を向けると、どうにも女性は仕事に戻りたそうなのでここで失礼することにする。
「失礼、作業の手を止めてしまったようで」
「いえ、いいんですよ」
本当は良くない。作業が遅れれば納品などに間に合わなくなる可能性があるかもしれない。例えば当時の人がどれだけ紡錘の作業に追われていたかといえば、料理をしている最中も愛を確かめあう時も乳を与えている時も眠りに落ちるまで、洗濯の最中も。という話があるぐらいである。
話に時間を割いてくれたところを考えると女性は心が優しいのだろう。鏡は深くお礼をすると改良予定のマイホームへの帰路へと着く。
マイホームに着くとユーリが扉の前で待っていた。彼女は耳に掛かった髪を弄る仕草をしている。どうやらユーリは鏡の帰りを待っていたらしい。
草木を眺めていたユーリは鏡の姿を見つけると顔を上げ、手をぶんぶんと振ってくる。
「お帰り、キョースケ。遅くて待ちくたびれちゃったよ」
恋人の待ち合わせを彷彿とさせる言葉に鏡の心臓が早鐘を打つ。心の中に浮かぶ内心を隠すかのように鏡はほんのりと朱色に染まるユーリの唇を眺めながら言った。
「お、おっす、ユーリ、ど、どうしたんだ」
「なにやるのかなと思ってボク待ってたんだ」
どうやらユーリは鏡の行動に興味を持ったらしい。こうして技術に興味を持つという事は案外技術畑なのかもしれないなと鏡は思案する。
「今日は木型を造りたいと思うが、見てても楽しくないぞきっと」
「木型……」
「なにクォールさんもいっぱい持っているだろう」
「でも造っているところは見た事がないな、ボクは凄く興味があるなー」
鏡は鍵のキーを開けるようにユーリに促す。ユーリはキーを受け取り開ける。
「うむむ、開きにくいな……」
寂れた鍵の開錠はやはり力がいるらしい。苦戦をするユーリを眺めて今度、油でも挿しておこうと鏡は思案する。ユーリが扉を開けると、鏡は彼女に先に入るように促す。
「先に入るといい。私はその後で」
「わかった」
ユーリが先に入り鏡はそれに続く。鏡は道具を運ぶとボロ小屋に持ち込んで机の上に置く。ドスドスという重量感が溢れる音がしたが、鏡は休む間もなく一息吐くと作業へ移る。
鉄メジャーで正確な寸法を測り、彫刻刀をどこまで入れるのかが争点になるが、勘でここまでと決める。
決めると鏡は木にダイレクトに印字をしていく。
手に取ったのは昨日少し分けて貰った炭とペンだ。鏡はペンで設計図を引くと鉄メジャーで測りながら少しずつ木型を作っていく。
木型に設計図を引くとその上へ彫刻刀を添え掘り始める。
「最初から元になる鉄型があればな、やりやすいんだが」
更に木型からの製作になるので地球感覚での作業は全く望めない。
雌型と雄型に引かれた図面。そんな図面に向かい、彫刻刀で彫る鏡の様は一角の職人を想像させた。
ユーリはベッドに座って足を組みながら紫の瞳に鏡の動きを映す。焼き付けるように見る様は恋心に目覚めた乙女に見えなくもない。
「じっ……」
「……」
「じっ……」
やはり造っている様を見られているのは焦りを生むが、髪を弄るのも忘れて鏡の作業を眺める少女を無碍にする訳にもいかない。
何時間経過した辺りだろうか。木型には極上のハンマーとバールの形が形成されていた。鏡は外が暗くなってきているのに気がついてユーリに促す。
「送ろうか? あまり遅いとご両親が心配するぞ」
「でも、もう少し見ていたいな、ボクとしては」
「しかし、ご両親が心配されるぞ」
不服そうな様子のユーリであったが鏡は再度帰宅を促すことにする。そんな促しを聞いてユーリは一度目を瞑るとぎこちない動きで頷く。
「じゃあ、ボクを送ってくれる?」
「もちろんだとも。元よりそのつもりだ」
こんな時代に一人で帰らせる程に鏡は間抜けてはいない。忙しい中送ってくれることが意外だったのかユーリは目を丸くする。
そんなユーリの手を取ると頬を朱色に染めた彼女の姿が鏡の瞳に映る。
「キョースケってさ」
「うん?」
「手が器用だよね」
器用なのは作業効率が上がるように地球で修業を重ねてきたから。元より編み物が好きだったので手の動きは速くはなったがこの業界、上には上がいる。
「まあ、上には上がいるさ」
「本当にいつものように威張るのか。それとも威張らないのかはっきりしてよね」
「ふっ、では威張ろうか」
「ふふ。威張ったキョースケも好きだからボクはね」
「またまた冗談を言う」
「冗談じゃないかもしれないかも。ふふっ、どっちだろうね」
少々ドキドキするような会話を挟んでユーリを送り届けると、その後鏡はマイホームに戻って作業を続け、深夜に入る頃にバールとハンマーの型が出来上がった。
流し込み穴と空気穴を開けた頃には深夜を回り、鏡は長年徹夜をしてきた慣れもあってか、その場を乗り切る事ができた。
朝になり鏡はクォールの作業場へ型を持って出かけることにする。クォールの工房へ着くと、彼は家の入れ槌を使えばいいと鏡に渡したが、渡された入れ槌を眺めた第一印象はなんて不出来な入れ槌なんだという感想であった。
そんな感想を抱いた鏡だったがこれから極上のハンマーとバールを作るのだよと思うとにやつきが止まらない。
鉄の溶融する香りが鼻孔を流れ肺へと吸い込まれる。熱気が溢れる中、鏡は最初に取ってきた長方形の鉄を熱し溶かし始める。
「なにに使うんだそんな鉄」
「うん。バールを造るんですよ。じゃないと色々と不便なので」
「バール?」
「そうです」
自分が住んでいる廃屋を改良するにはバールは絶対必需品である。さび付いた釘や廃材を取るときに素手という訳にもいかない。
鏡は自分の着けている革手袋を眺めて溜息を吐く。思いは簡単なことである。貸して貰って申し訳ないが、こんな作業がしにくい革手袋ではなくしなやかな革手袋も造らないといけないなという気持ちである。
鏡は鉄を炉へと翳していく。長方形の鉄が赤く熱されると、鉄は熱い内に叩けと言わんばかりに入れ槌で素早く打っていく。
ガキン、ガキンという小気味のいい音が工房へ鳴り響き、その鍛冶捌きの早さにクォールは驚く。
「早い……」
自分の師の数倍の早さで仕上げていくのを見てクォールは簡単の息を漏らす。プライヤーの角度を変えて金敷で叩いていく様は華麗ささえある。
打たれると鉄が爆ぜ、赤い火花が舞い散り、溶融する鉄の香りが放たれる。鏡は蒸されるような熱気を浴び、汗を掻きながらバールを造りあげていく。
ふいごで燃焼の作用を調整しながらどんどんバールの形に仕上げていく鏡。暫く打ち続けると、完全に鉄はバールへと変化していた。
少し冷まし、冷め切る頃合いに鏡は鉄ヤスリで鉄を削りバールの形に整えていく。
出来上がった形に満足した鏡は次なるものを造る。
それは鏡特製のハンマーである。熱され、溶融したどろりとした鉄を木型に流し込み、ハンマーを造っていく。じゅわり、と焦げる音がしたが木型は熱で熱せられるうちに間が広がって使い物にならなくなるのはいつの時代も同じことである。
「よし」
冷えて出来てきたハンマーを取り出して出来上がったハンマーを眺めながらクォールは感嘆の声を零す。
手を前にやりながらバールとハンマーをじっと観察するクォールは鏡に質問を投げかける。
「おおっ、この歪曲したハサミのような形。そして何故か折曲がった金属。凄いな。更に先が平べったくかにのはさみのような溝のある六角の入れ槌はなんだ?」
「多様的ハンマーです」
「おおっ、そうだ多様的ハンマーだ。蠱惑的な煌びやかさを持つ、なんかだ、凄いなこれは……」
「クォールさん。いいですか。炉で不純物を取り除くことにあなたは余念がないでしょう」
クォールの感激の声に鏡は逆に言葉を切り返す。こんな上質な鋳造物を造れたのはクォールの腕にも掛かっていたからだ。
「うむ。不純物があるとろくな物が打てん」
「それが、この発明を際立たせた訳ですよ」
炉で不純物を取り除く、その仕事ができない者がこの時代には多かったらしい。それを頑固に守る所を観察するにクォールは良い師匠に巡り会えたのであろうと鏡は察する。
「しかし……なんという見事なバールにハンマーなるものだだ……こんな素晴らしい入れ槌はは見た事がない」
クォールは再度手を翳すように鏡が造った道具を眺めている。
「でも、まだ終わりじゃないんですよね」
「え?」
そう言うと鏡は椅子から立ち上がる。目を丸く見開いた彼は驚きの声を上げて鏡に聞き直してくる。
「まだやることがあるというのか……」
「最高の道具にするためにはもう一歩必要なのです」
「おおっ、今度はどんな物を造るのか……」
「それはお楽しみに」
鏡は足早に工房から出て行くと自分の城である宝の山へと戻る。集積場である物を取ってくると鏡はクォールの工房へ再度戻る。
扉を開けて鏡が入っていくと、クォールは鏡の手に握られている物に目を向けてきた。
「革? そんな物をなんに使うんだ」
「それはですね」
鏡はハンマーの持ち手とも言える木を手に取ると、大仰な様子でクォールに向かって掲げてみせる。
「入れ槌の持ち手、つまり木に使うんですよ」
「え? そんな物がなんの役にたつっていうんだ」
「まあ、まあ。急がない急がない。それより接着剤はありますかね」
リリーの家が革細工屋をやっている以上、この世界には接着剤がある筈だと踏んでいる。
鏡はクォールへ聴くと鏡の発明の続きが見たいのか、こくりと頷きリリーの家へ接着剤を取りに行く。
「これでいいんだよな、キョースケ」
「おーけ。これで最高の物になります」
革をナイフで切り取るとクォールから接着剤を受け取る鏡。
「よいしょっと」
「……ごくり」
鏡のゆるりとした雰囲気と反比例するかのように、クォールはごくりと生唾を飲み込む。
ヘラを用い、革に接着剤を塗っていく鏡。満遍なく塗りおリリーと先ほどの木に貼り付けていく。丸く円形を描くように巻き付けていくとしっかりと固定をしていく。
巻き付けが終わり、鏡は暫く時間を置くと、木と革の接着を確かめる。
「よし」
接着していることを確認すると冷めた入れ槌に木を填め、留め具で入れ槌の形に戻していく。
やや熱した留め具をハンマーに填めると続けるように入れ槌で打っていく。
工房にカーン、カーンという小気味の良い音が響き、鏡は完全に留め具を取り付けると再度冷やす時間にする。
冷やし終えると鏡は出来上がった入れ槌を斜めからの角度、それだけではなく至る角度から眺めて満足した表情を浮かべる。
「完成だ」
「おおっ……なんという凄まじき形。こんな物は見たことがない」
クォールから見ると、鏡の造るもの全てが未知な領域な物であった。
だからこそ彼にとっては珍しくて仕方がない様子である。捨ててあった革を加工し木に貼り付けた代物。六角の形をした入れ槌らしきハンマー。逆の金属は平たくなっており、現代の上質なハンマーを想像させるには十分な出来であった。
バールに多機能な入れ槌。全てが異世界の住人にとっては珍しい。クォールの徒弟はとんでもない代物のような感じがして触るのを避けているようだが、クォールは徒弟に目をやると、男らしさを感じさせる様子で入れ槌を触る様子が窺える。
「触ってもいいか? キョースケ」
「はい。いいですよ」
鍛冶師としての好奇心が理性を上回り、鏡に道具を触って良いかとの是非を問うと、鏡は柔和な微笑みを浮かべて頷く。
恐る恐るといった様子であったが、クォールは腕をしならせ振り具合を確かめるモーションへと入る。モーションへ入り、振りきると、クォールから感嘆の息が漏れ出る。
「おおっ……革が見事に生きている。そして入れ槌が鞭のようにしなやかにふるリリー。なんだこのフィット感は」
「物を曲げたいときとか、変形させたい時に平べったい方を使います」
「おおっ……」
鏡が観察しているとクォールは一度鏡に視線を向けてきて、再度打ってもいいかと? 尋ねてくる。鏡にとってみれば自分の道具でここまで喜んでもらえるのは嬉しいことなので、柔和な様子でどうぞと言葉を返した。
鉄を取りプライヤーで持ち上げると、クォールは熱で熱していく。赤く熱せられた鉄にクォールは壮年の鍛冶師を感じさせる仕草でハンマーを打ち付けていく。
その振る様が逆に鏡にとっては一角の雰囲気を感じさせた程である。
「な、なんという身軽さ、そしてこのフィット感。これはまるで……体と同化したかのような感じがする」
何度か彼は打ち終リリーと、プライヤーから鉄を離して鏡に質問をしてくる。
「お前は何者なんだ……」
「ただの発明者であり開発者です」
「ふっ……ハツメイシャでありカイハツシャか、凄い者も居た物だ」
正直にいって鏡の事を舐めていた。炉を貸してやる時も、どうせろくなものが作れないのだろうとそんな気持ちがあったぐらいだ。
しかし鏡に一旦炉を貸して入れ槌を握らせると、一角の鍛冶師を彷彿とさせる動きを見せ、生まれてこの方見た事もない斬新な物を造りあげていった。
その間、彼はただ息を呑んで様子を見守るしかなかった程である
クォールの驚く様子を見てから鏡は顎に手を置くと言いたい事を考え始める。
その間もクォールは物珍しそうにバールとハンマーを眺めている。
鏡はそんな彼を眺めると何回か、うーんと首を振ってから意外な提言をすることにする。
「クォールさん」
「な、なんだ」
パチリと熱が爆ぜる音がする。鏡は火の音を聴くとクォールの下へ歩み寄る。
「家の事ですが」
「も、ものお……ごほん、お前に貸した家の事か?」
「いえ」
ごほんとむせるようになったクォールに鏡はにこやかな笑みを浮かべると、核心の話を切り出した。
「家とはクォールさんの家ですが」
「お、おう」
「良ければ修繕しましょうか?」
その言葉にクォールのみならず徒弟も声を失う。
「ま、まさかお前鍛冶のみならず、建築もやれるというのか」
「そうです。どうですクォールさん。私に任せてみませんか? もう壁の隙間から風が入る事も雨が天井から落ちてくる事もなくなりますが」
そう提案してくる鏡がとても逞しく感じられる。しかし家の事になるとクォールは慎重にならざるを得ない。
パチリと再度熱が弾け、火の粉が舞い散る。鏡は火の粉を見るとクォールにこう言った。
「私は、善意で申し上げただけですので考えておいてください」
家を再度建てるには金がかかる。そろそろひい爺様の代から守ってきた家をリフレッシュしなければならないと彼は考えていただけに、その言葉には蠱惑的ななにかがあった。
去って行こうとする鏡の背後にクォールの声が掛かるには時間はそれほど必要ではなかった。どうやら話をどちらに振るか決心ができたようである。
「頼めないか? これだけの技術を持っているお前だ。なにかしてくれるのじゃないかと思えてきた」
「任せてくださいますか? これでバールの出番も、この入れ槌、いやハンマーの使い道にもなります。家人の方の許可も取らずに家を触る訳にはいかなかったので」
「まさかお前、家の修繕のために造ってくれたのかこの道具達を。お前という奴は泣かせる……」
目的はそれだけではないが、しかし言い得て妙な話だがそれも目的にあった事は確かなことである。
「い、いやー、泣かないで下さいよ。それだけが目的ではなかったのですから。それも目的の一つに入っていたので提案はしたのは確かですが」
「ほ、本当か……お前は凄い奴なんじゃないかひょっとして」
「いやー、そんなことはないですよ」
道具というものは流用が利く物である。別に完璧なハンマーを鍛冶以外に使ってはならないというしきたりはない。
ましてや作ろうとしている大八車も物を運ぶためで流用が利く。バールにしても今後の発明で使うかと考えていたが、壁を剝がす道具にもなる。
「では、話は決まりましたので、これから革細工の手袋を造ってきます」
「え? ええ?」
まさか手袋まで造るというのかと思い、クォールは腰を抜かしそうになる。昔の技術者はなにか一つに特化をしていたがこの男は違う。なにか別の生き物に見えるぐらいだった。
でも、クォールは鏡が去ろうとした瞬間に自分の思いの丈をぶつける。
それは鍛冶師としての一つの頼みである。
「もし良ければ、俺にもこの入れ槌を造ってくれ。次元が違いすぎる」
「分かりました。また今度造っておきますので炉を貸して下さいね」
「ああ」
こんな高性能で高価そうな入れ槌を気さくに造ってくれるという鏡。軽やかな様子でクォールの頼みを聞いた鏡に彼は技術の神を見た錯覚に捕らわれた。
鏡の足は軽い。幾らでも入れ槌ぐらいは造ろうと思う。何故なら今まで本当にお世話になった。いやこの言葉には語弊がある。今後も確実に彼たちのお世話になりながら自分の進むべき道を走るのだろう。
そんな想いがあるからこそ鏡は戸を潜るときに深く頭を下げて退出する。
こうしてクォール宅修繕計画が始まるのであった。
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