第4話ニートだって考えたい。生きる道を。世界の常識編及び生きるために。

「すう……ぐう……ううん」


 熟睡をしていた鏡だが、外から鳴り響く、ガシャンガシャン、ガチャンガチャンという音にびくりと反応し重い瞼を開けた。


 僅かに滲む視界に映るのは見た事もない物置。黒ずみと劣化が激しい室内だが、天井でなにかが光り輝いていることが一際ここを現代に感じさせる。


 虚ろな視界で明かりを眺めていた鏡だが、そこでなにかに気がついたかのように重い瞼が急速に開く。


「や、やべ……遅刻だ! 会社に電話をしないと。いてて……」


 寂れたベッドで寝ていた余韻でずきずきと背中が痛むが、けたたましく外より鳴るのは恐らくどこかの建築現場からの工事音なのだろうと鏡は思い込んだ。


 時折カパッカパッと馬の蹄に似た音が鳴るが、鏡はその音をスルーしてスマホの画面を眺める。


「やばい……電池も切れにかかってるし、時間が九時だ……」

 朝の優雅なコーヒータイムという訳にもいかず鏡はスマホを操作して会社に電話をかける。


「うん?」


 スマホからはコール音すら鳴らず鏡は首を傾げる。思い返せば昨日はおかしな夢を見た記憶がある。自分が全く見知らぬ異世界にいる夢だ。


「ま、まさか夢じゃなかったとか。い、いや待て、そんな事はありえないんだ。それでは次元を越えた事になってしまう。そんな事サンジェルマンの夢物語としか思えない」


 サンジリリーマン伯爵は地球の異なる世紀に現れたと言われる謎の人物である。年齢は数百才とかいう眉唾ものであったが、鏡はそんな夢物語な話を信じるつもりは全くない。


 繋がらない電話、ぼろい廃れた小屋。どうか夢であってくれと思い、鏡はドアへ近づき掛けられた鍵を見てから盛大な舌打ちをしてキーを探して鍵を開ける。


 ドアを開けると、外より入ってきたのは目を覆うばかりの眩い朝日。

 東京の光化学スモッグの空とは訳が違うスカイブルーの空。

 遙か遠くには風車と水車が回っていて北欧を想像させる光景であった。


 心を鷲づかみにされるような蒼穹な空には鳥が飛来し、チッチッチという小気味の良い音色を奏でている。


 ドアを開けると蹄を鳴らしている馬の手綱を操作する人。更に周囲には鋳造、鍛冶板金の類をしているのか鉄を打ち付ける音が響き渡っている。


 鍛冶屋の親方が鉄を打ち付ける音で朝の到来を告げるということを過去に本で読んだことのある鏡。しかし、だからといって砂塵をまき散らして走る馬を正常な思考で見ていられるかといえばそうではない。


 混乱する鏡だったが、遙か前方からは鏡の名前を呼びながら、見知った女の子が豊かな髪と胸を揺らしながら手を振ってくる姿が観察できた。


「キョースケ、朝ご飯だよ!」

「あ、こ、これは……」


 夢説はあっという間に打ち砕かれる。何故ならこの少女は昨日よくしてくれたフーラルだから。

「フーラル……」


 フーラルの姿を見て涙声になってしまう鏡。一晩の内になにがあったのかはわからないが、お兄さんからキョースケに昇格を果たしている。


「ご飯だよ! おいでおいで」


 まるで犬のようにおいでおいでされる鏡だが、まさか犬のように駆けていく訳が……。

 鏡は主人に仕リリー犬のように走っていく。


「私を助けてくれた女神様……」


 その姿はまさに犬の小走りに近い。駆け寄ってきた鏡にフーラルは手を差し出すと柔らかな笑みを零す。


「はっ、はっ、はっ、フーラル」

「あは、犬みたい」


 無邪気な様子のフーラルだが、鏡の置かれた状況は切実と言リリー。ご飯が食べられないと死んでしまうし、今後フーラルやクォール、そして身近な者の力を借りないと人生が確実に終わる。そんな鏡の心中を知らずにっこりと笑い挨拶をするフーラル。


「おはよう、キョースケ。えへ」


 こうして鏡の異世界生活一日目がスタートする。朝、クォールと妻のイザベラに挨拶をした時にクォールの職業を聞いて懐かしい気持ちになった鏡。


「俺は鍛冶師だ」


 鍛冶師という事は鋳造設備が整っているということだろう。もっとも持っている技術や炉は察して推し量るべきなのだと考えたが、それでも今後自分が生きていく為の戦力になるかもしれない。


 ただこの時代の鍛冶師は親方レベルなので、そう簡単にはハンマーを握らせてはくれないだろう。親方と徒弟という関係があるだろうし。


 ユーリの話を聞くと家は裁縫師だそうだ。この時代一家に一台機織り機なんていう夢な話は無く、領主にお金を献上して使わせてもらう事が多い。


 リリーの父は革細工職人、母が食堂兼宿屋のおかみをしているらしい。

 よく考えるとこれで革細工、裁縫、鋳造が揃っているから、この先にいけるのではないかと考えたが、やはりこの時代は身分や修行期間が必要であるのでそう簡単には話は進まないだろう。


 ましてや信用値0の状態からスタートであるので、ここでは暫く自分の身の振り方を考えた方が鏡の身の保身に繋がる。

「で、ライトクリスタル、ウォータークリスタル。ファイアークリスタル、アースクリスタル、ダーククリスタル、ごく稀に採掘場では希少鉱石サンダークリスタルが取れるらしいです。もっともユーリの受け売りですが、サンダークリスタルのお話しは」


 サンダークリスタルは電荷を発生させる希少鉱石の一種である。なんの使い道があるのかフーラルも知る由はないが、話を垣間見るにこのクリスタルがないととても不便な生活になるかもしれないそうだ。


 そんな話を思い出しながら鏡はフーラルの家を眺める。昨日となんら変わらない隙間風と雨漏りをしている廃れた家。


 雨漏りを見ながらこんなものぐらいと鏡は歯がみをすると、


「こんな物、速攻で修繕できるんだがな。材料と道具さえあれば」

「え?」

「いや、なんでもない。ふっ、気にするな」


 鏡の物思いに耽る表情を眺めてフーラルは聞き返してきたが、鏡はなんでもないかのように軽やかに話を濁す。


「むむ、なんか、無理して笑ってるみたいですよ、キョースケ。で話は変わりますが、クリスタルは中央市場の魔法鉱石ショップで買えます。今から行きますか? 中央市場広場に」


「ああ、頼む!」


 この世界の動きを知る為にはまずは市場に赴く事が大前提の話になるであろう。国が各村に必ず一つは置くように施行してある魔法鉱石ショップ。


 それを直にこの目で確認できるチャンスだ。市場視察という名目で。


 フーラルはそう言い、後ろを振り向くと扉の陰に隠れるようにしていたユーリと目線が合う。


「?」

「あ、ユーリ。手伝いはもういいの?」

「うん、機織りに出かけたからボクはお留守番。でも、フーラル、あのさー」

「ふぇっ?」


 にんまりキョースケヌエは口の端を釣り上げると、キラリと紫色の瞳を輝かせる。

「ボクに黙って魔法鉱石ショップに行くなんて、冷たいね、うん、本当に冷たい。うん」

「だ、だってユーリはお手伝いがあると思ってたんだもん」


 自分に黙って魔法鉱石ショップに行くとは嘆かわしいキョースケヌエは額を抑え込んだが、そこでにっと笑うと


「よし、では師匠ことこのボクが連れて行こうではないか」

 ユーリは鏡の腕を取り、透き通るような新雪の肌を絡ませてくる。仄かに温かな温度とマシュマロのような柔らかさの胸の感触がダイレクトに伝わり鏡の鼻息が荒くなる。


「なんか顔が赤いよ、お兄さん」

「き、気のせいだ、そう気のせいさ」


 ユーリの肌の感触に僅かに興奮する鏡。言葉を濁した鏡にフーラルも負けじと腕を絡ませてくる。

「おっ、おう。ほう……」


 最早、今の鏡の顔は直視するに耐え難い表情になっている。にやける鏡にユーリは意地の悪い微笑みを浮かべると耳に息を吹きかけながらそっと囁く。


「ご堪能できましたか?」

「な!?」


 まんまとしてやられたことに鏡は気がつくと照れ隠しの笑みを浮かべるのであった。

 あれから少々時間が経ち、鏡達は村の街道を歩いていた。


 地平線には咲き誇る麦畑の集合体。鏡は麦畑で作業をしている村人の鍬を見やる。どうもこの世界の鍬は木に鉄を貼り付けた簡素な物らしく、鋤などはないらしい。


 これでは掘削や農業をするにしても何倍もの力を必要とし、労力も大変なものになるだろう。


 遙か丘陵には大草原が広がり、そこで羊を放牧している姿が見える。領主らしき人物が所有している土地と羊なのか、それとも個人で所有している羊なのか判断がつかないがそれでもこの時代にとっては貴重な羊毛と羊乳、羊皮紙などの材料となる。


 きっと糸の始末は女性がする事になるのだろうと鏡は考える。とそこで鏡が羊たちの様子を見ていると隣には荷を乗せた荷馬車が通り過ぎていこうとする。意を決して鏡は通り過ぎようとする商人に声を掛ける。


「あのー」

「うん?」


 男性は手綱を引き馬を止めると砂塵を舞い散らせながら遙か前方で待機をする。鏡はそんな男性に近づき質問をする。


「よう、両手に花の色男、なんか俺に用でもあるか?」


 麦わら帽子に手を当てナイスガイの様子で親指を立てる。どうもデートの最中と勘違いされたようだ。


「いえ、質問なのですが。お見受けするところ商人の方だと思いますが違いますでしょうか?」


「おうよ。これからアムダデルタ大市に行くところよ。この麦と羊毛を持って一稼ぎってところだ」


 自分の見立て通り相手が商人だと知ると鏡は疑問に思っていることを質問する。知らない男性が怖いのかフーラルキョースケヌエはぎゅっと鏡に抱きついてきた。


 彼女達に乾いた笑みを浮かべる商人。続いて鏡も苦笑いを浮かべた後に、行商人へ言葉を紡ぐ。


「雨とか夕方には行動されますか? いえ深い他意はないのですがこの道路だと明らかに」

「おー、いいところに気がついたね。あんたも行商人かい」

「いえ、ニートです」

「ニートってなんだい?」

「なんでもありません……」


 ちょっと調子に乗って冗談を言おうと思った鏡だが、相手が真剣に自分の言葉を受け取ったのを感じて罪悪感を抱き目を逸らす。


 だが鏡の言葉を全く気にしていないのか男性は言葉を続ける。


「雨と夕方は商売をするなってね。雨でぬかるんだ地面に入ったり、陥没した地面に車輪が入ると商人としては赤字、時には死を意味するからね。横転などとんでもない」


 夕方は視界が悪くなり地面の様子がわからなくなる。夜盗対策や狼対策などもあるだろうがもっとも危険なのはこの土壌である。


 車輪が挟まり横転などして馬を損傷させれば死活問題。更に中の荷物が横転して崩れればやはり死活問題。横転しなくてもぬかるんだ土地に車輪が挟まって身動きができなければこれもまた時間のロスという死活問題。


 やはりこの時代ではこのレベル止まりが当たり前なのだろうと鏡は感じる。きっと道路整備などをする機関等も存在しないのだろう。そう当たりを付けると鏡は男性に深く頭を下げる。


「すみません。お忙しいところをお引きキョースケしてしまって」

「いんやー、俺ら行商人の事をわかってくれるだけ嬉しいよ」


 少し話をしただけだったが、行商人の辛さをわかってくれた嬉しさなのか男性は御者台からリンゴを取り出すと鏡に差し出してくる。


「二個しかねーや。色男、ねーちゃん達に食わせてやんな」

「いいんですか?」

「おうよ! 俺らのことをわかってくれて嬉しい限りだ。気分がいいから食いな」


 江戸っ子のように鼻に手をおき、男らしい様子で語る男性に鏡は深くお辞儀をする。


「ありがとうございます。ありがたく頂戴します」


 この時代、リンゴも貴重な甘味なのにこうしてくれるとは温かい人だと思い、心がほんのりと温かくなる。


 何度か鏡はお礼をすると男性は、


「またな」


 と、言い手綱を引いて馬車を動かす。


 馬の嘶く声が男性との別れの合図。だから鏡は去っていく男性の後ろ姿に手を振った後にユーリとフーラルにリンゴを差し出す。


「お姫さま達、どうぞリンゴでございますよ」

「お、おお」

「ふおお」


 感激の声を上げるユーリとフーラル。嬉しそうに鏡からリンゴを受け取ると彼女達はそれにかぶりつく。クシャリという歯ごたえを感じさせる音が鳴り響き、二人はその甘みに身を捩らせる。


「お、おいしいよユーリ」

「甘い……でもおいしい」


 リンゴなど地球でいやという程に食べてきた鏡であるが、さすがにここのくそまずい料理を食べているとリンゴという柑橘が恋しくなる。


 暫く歩き、市場へ到着すると談笑と世間話が聞こえ始め肌でその賑わいを感じた。露店なども所狭しと並んでおり、木造の店には遮光を遮るための庇をしてある。


 鏡が肉屋の露店を眺めると、買い物をしにきたご婦人が窮屈そうに籠に入れられた鶏を見てこんな言葉を投げかけている。


「生きのいい鶏はどれかね」

「これなんかどうですか?」

「もう少し肉付きがいいのがいいね」

「さすが、奥様お目が高い!」


 今でもその場で鶏を選び捌く国があるが、この時代では当たり前の事なのだなと鏡は資料の断片を思い出しつつ傍観者のように眺める。


 昔は鶏の血で地面が真っ赤だったという話を読んでそんな時代も存在していたのかと感心していたが、まさか自分の目の前で捌くという光景が展開されるとは想像もしていなかった。


 ふと鏡は資料の言葉を思い出す。


 それは、こんな話がある。ある店主に男がこう聴いたらしい。俺はあんたの店に何年もかよってんだ。安くしてくれと。


 そんな男の台詞を聴いて店主は驚きこう言ったらしい。

 あんた、家の肉を食べてこの歳まで生きていたとはこれは驚きだと。

 どうかそんな肉じゃないようにと鏡は祈りつつ、ユーリとフーラルに手を引かれるように市場中心へと進む。


 木造の旅籠と宿が並びその中へ商人や市民、冒険者そして兵士などが入っていく。馬や牛の疲れを癒し、自分の身も癒すためにエールでも飲みに入っているのだろう。


 漠然とそんな事を考えていた鏡はフーラルにキョースケとぐっと手を引かれる。


「キョースケ、危ない」

「キョースケ、危ない!」


 手前から良い風体をしている男が木箱を運びながら歩んでくる。相当重いらしく前を見ていないようだ。


「おっと!」

「おっとすまんね。前が見えないもんで」

「いえいえ」


 鏡はさっと身を引くと男に道を譲る。自分は観光のようなものである。男の仕事の邪魔をしては悪い。台車のような物があれば便利であるのだがと鏡は考えると、よっこいしょと木箱を運んでいく男性の後ろ姿を眺める。


 その先には木箱を詰んである荷馬車。鏡は荷馬車を眺めながら言葉を漏らす。


「これは……」


 編み方に技法が感じられなく、なにかあれば直ぐに切れてしまいそうな頼りのないロープである。

 なにか色々と技術的な進歩がない世界だなと鏡は感じ取る。

 鍛冶師と徒弟の声が聞こえ、革細工の近くによるとやや異臭を感じる。

 昔の市場はこんな感じであったらしいと、鏡は知っていたので大した驚きはない。


「機織り機か」


 機織り機の近くには兵が立っており、眺めていた鏡にぎろりと鋭い視線を向けてくる。


「税金や代金を納めないと使えないわけね」


 市場を観察することは自分の今後の生きる目標を立てられることになる。やや足取りが遅い事に不服を感じたフーラルは鏡の腕をとって強引に先へ促してくる。


「ちょ、もうちょっとゆっくり……」

「遅い! 歩くの遅すぎ。なんかボク、いらいらしてきちゃったよ」

「遅いです。亀のような動きです」


 異文化に凄く興味がある鏡は何度か足を止めていたらしい。彼女達の足を止めるのも悪いと考えると、促されるようにして魔法鉱石ショップへと向かう。


 村に一つという法整備の元に置かれているショップ。扱っているものが魔法鉱石なだけにやはり周囲の警護は厳重である。


 盗人などが入れない、いや盗っても出られないようにしてあるのだろう。それほどの装備をしている兵があちこちに存在する。


 兵と目が合い一瞬身に寒気が走ったが、兵はユーリの姿を見て朗らかな笑みを浮かべる。

 どうやら知り合いのようだと悟ると鏡は警護兵に頭を下げてからショップの扉を開ける。

 ユーリ達と魔法鉱石ショップへ入ると鏡の視界に荘厳な光景が入り込んだ。

 煌びやかな宝石と言えば適切なのか。等間隔で綺麗に並べられた鉱石はただただ美しく心を奪い取る。


 ルビーのような赤や、緑の宝石、黒の宝石、白の宝石、青の宝石、少ししか置いてはないがピンクの宝石などがある。


「宝石……?」


「けっけっけっ……兄さんこれが宝石に見えるーたー、中々の発想力だ」


「キョースケ、これが魔法鉱石だよ」


 ユーリの声が鏡を現実へと引き戻す。ユーリは店主に歩み寄ると魔法鉱石を指さす。

フーラルは鏡達から離れて、なんかいいのないかな? といい魔法鉱石を見定め始める。この世界では魔法鉱石の扱いを知らないと非常に不便な生活になるらしい。


 値札にF1とかW3とかWD2、H3、B1などが書いてあり、この世界の通貨が併せて明記されている。


 ベルという通貨らしく、鏡は見知らぬ通貨を見て改めて異世界の空気を強く感じ取る。


 店主はローブ越しでもわかるほどににやりと笑うと手に握っている大賢者風の杖をとんと床に置き、ひっひっひっ、と謎の笑みを浮かべ始める。どうやら鏡に興味を持ったらしい。


「兄さん、あんたどこの国のもんだい? どーやらここの生まれじゃなさそうだ」

「えっーと記憶がない。ある朝起きると記憶がなかったのをこの少女達、ユーリとフーラルが拾ってくれて面倒を見てもらっている」


「ほうー、それは難儀な事だ。じゃあ説明はユーリからお願いしようか。けっけっけっ」


 説明は任せるといい、老人は皺混じりの表情に笑みを浮かべながら椅子へ深く腰を掛ける。

 説明を任されたユーリは胸を張って自信ありげな口調で説明を始めた。


「火の鉱石は、火がなくても火をおこせる便利なアイテム。例えば薪にエネルギーを転写したりすると薪は燃リリーんだよね。濡れた薪を乾燥させたい場合、命じて燃えない温度にして乾燥させる事もできるし」


「ほうほう」

「転写をして、移したエネルギーは命令した者であれば鉱石に再度エネルギーを戻す事ができるんだ」

「便利だなー」


 便利グッズだなと鏡は思考を巡らせると感嘆の息を漏らす。補足するようにユーリは先を続けた。


「転写じゃなくてね、竈などに設置をする事でエネルギーを起こすこともできるんだよね。そしてウォータークリスタルは逆に水を起こすことができるけど、井戸水や川で組めるから逆に割高になってしまうよね。でも水が急用の場合は使う事ができるということだね」


 えっへんと胸を張りながら説明するユーリは実に可愛いものがある。


「ウインドクリスタルはその通り、風を起こす事ができる。風がほしいときには最適だと思うよ。物も乾かすことができるということと考えてもらうと楽かな。そしてダーククリスタルは重みを発生させることができたり、物を冷やすなんてことも可能」


 重みとしか言いようがないのだろう。この世界ではまだ重力という概念はないのかも知れないと鏡は考リリー。


「ライトクリスタルは、光を照らす事ができるんだよ。他の作用は水などを切り取って固形物として運ぶ事ができるし。もっともこれの加減が難しく大きすぎた、小さすぎたなんてこともあるから注意だね。最後にアースクリスタルは土に変化を及ぼしたり、土を発生させる事もできるけど、まあ鉱石の力なのでたかが知れてるよね。最後はサンダークリスタルだけど、これは希少鉱石と言って雷やなんかを発生させる事ができるんだっけ……」


 最後のサンダークリスタルの説明は妙に歯切れが悪い。恐らく希少と付いている時点で高価な物なのだろう。


 ユーリの説明を聞いて鏡は暫く考リリー。街を見て状態を知り、道具や市場なども見ることが出来た。こうして鉱石の説明を聞いてこの時点で発明が何十も思い浮かぶが……。


「材料もねー、鉱石もねー、工房もねー」


 なにもないことに悲観し歯がみをする。鏡の愚痴を聴いてフーラルキョースケヌエは揃って首を傾げたが、鏡はにっと笑うと


「ふっ、なんでもない」


 と、いつも通りの傲岸不適な様子で笑う。本当は自分の腕を生かせない現実に泣きたい気持ちなのだが、こうして強気な気持ちで胸を張るしかない。


「そして魔法鉱石は国の管轄で、魔法鉱石ギルドという物があるんだよ」

「ふむ」


 つまり役所だなと思う。これだけの力がある物に国が関わっていないのは変な話だと鏡は思案を巡らせる。


「魔法鉱石ギルドは日夜魔法鉱石の正しく効率のいい使い方を研究しているらしいよ」

「らしいんじゃなくて、けっけっけっ、しているの間違いだ。それと鉱石の価値は良質か普通か粗悪かで決まる。いいものは当然金持ちが使う。貴族や領主様、そしてやや金持ちの村長なんかね。それキョースケヌエ、ライトクリスタルは人の指紋を覚え、転写できるが抜けているぞ。ひっひっひっ、生まれたら直ぐに記憶され国の管理下に指紋は置かれる。勉強不足だねえ」


「むっ……言い忘れただけだよ」


 ユーリの説明に割って入った老人は、にかりと歯を見せながら説明を続ける。むっとしたユーリをスルーして老人は話を続ける。


「指南書なども配布しているしこうして」


 机の上に置かれている羊皮紙は色が落としていないものである。恐らくこちらの方がこの世界では好まれるのであろう。


「指南書をここで見て研究するか、どんと買うかどうする兄さん」

「ちょ、ちょっと待ってくれ私はお金がない」

「ちっ、しけてんな兄さん。ハンコ押して買わせようかと思ったのによ」


 これで実はギルドのメンバーで、公務員の一人なのだから末恐ろしいものがある。


「もっとも色々なギルドや大元のギルドに所属する下請けギルドや商会があるからね。兄さん、この世界で生きるためにはまず常識を覚えな」


「うむ……」


 老人の言うとおり世界の常識を知らなければ自分に道はないなと鏡は考リリーが、もう少し状況を把握するために時間を置くことにする。


 ユーリとフーラルに促され鏡は魔法鉱石ショップから退出する間際にこんな言葉を呟く。


「ふむ……前途多難だな……」

「前途多難?」

「いや、何でもない」


 鏡の発した前途多難の意味が解らずユーリは聞き返してきたが、鏡は言葉を濁す。

 暮れゆく空を眺め鏡はもう一度溜息を吐く。本当に前途多難だと。

 そんな鏡の心と反比例するかのように少女達の笑顔が眩しかった。

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