【後編】 黄金ノ立夏


 立夏。


 私と彼、つまり一台と一人は決戦の地におもむいていた。

 

「俺らだけに、なっちまったな」

『そうだな。私の仲間もみな……廃機械スクラップになってしまった』


 運転席に座る相棒バディと言葉を交わす。

 私は一年前〝敵〟を追って四人の仲間と共に地球に降り立ち、人間と協力し戦い続けてきた。


「戦隊や勇者が死ぬような展開は、過去一度もなかったぜ」

『ああ、私も記録アーカイブを見せてもらった。何かが〝違う〟と君も感じているな?』


 この地球は一年という周期サイクルで〝敵〟と戦っている。


 五人の戦士、あるいは五台の機械マシン


 毎年、最終的には立夏の頃〝人間側〟が勝利しており、戦隊レンジャー勇者ブレイブが共闘するような年は半世紀で一度もなかった。


「明らかに今年はおかしい……いよいよもって人類が滅ぶか戦いが終わるかのどっちかだろうな、と俺は見てる」

『同感だ、義為ヨシタメ。ところで……そろそろ私も変形チェンジして自分の足で移動するよ』


 普段は自動操縦オートパイロット、つまり私に操作をゆだねていたにも関わらず決戦前の私をいたわり海まで手動マニュアルで運転してくれる男……相棒バディ義為ヨシタメはそういう人間だ。

 車両トラックが変形し二腕二足の人型となり、頭部の顔表面フェイス・ユニット白色軟質ホワイト・シリコン特殊金属リキッド・メタルで構成され感情や意思を伝達可能な発話型の機械生命体、それが私のもう一つの姿。


「もうすぐ、海か……勇者駆動ブレイブ・アクションだッ!」

変形チェーンジ……勇者駆動ブレイブ・アクション、カナリーイエロー!』


 運転席で指を鳴らす義為ヨシタメけ声に合わせ、路面を走行していた私は立ち上がりはしりだす。



「まるで効いちゃいねえな」

『やはり、我々が内側から叩くしかあるまい』


 艦から飛び立つ航空戦力も、艦そのものから発射される戦術核も、洋上の空中要塞ラ・ソノマ・アンギンペには有効打クリティカルが通らない。周囲に精製された空間位相防壁トランス・シフト・シールドが原因であり、私達ならそれを破ることが出来る。


「上がれッ! 車両黄機カナリーイエロー飛翔接続フライング・コネクトッ!」

『力を借りるぞ、大翼白鷲イーグルホワイト……接続コネクトッ!』


 搭乗席コックピット懐中品ペンダントを開き写真に口づけする義為ヨシタメの指示で、私は背面の荷台にだい格納かくのうした二つの翼を展開。

 敵との戦いで命を落とした〝ホワイト〟つまり義為ヨシタメの恋人が心を通わせた乗機、大翼白鷲イーグルホワイト残骸ざんがいから再構築リベイクされた補助部品オプション・パーツである。


「最深部には絶対に親玉おやだまやがる、お前は勇者動力エネルギー・ゲインを温存しとけ……俺の言いてえことが分かるな?」

『分かるさ、私と君は一旦いったん別行動……だが、進む道は同じだッ!』


 決戦空中要塞ラ・ソノマ・アンギンペの内部は小型の戦闘機械メカニロイドや再生された幹部怪人の数が多い。

 義為ヨシタメの言う通り、私が大きな動きでぎ払うよりは余力を残した方が上策ベターである。

 何より、戦闘の余波で構造物オブジェクトが崩れて迂回うかいいられれば防壁機構シールド・システムの発見や破壊が遅れかねない。


「おう! それに見ろ……奴だ。あの野郎は俺が直接ブチのめすッ!」

『ならば、進路に合わせて緑砲孔雀ピーコックグリーン神速黒燕スワローブラック戦隊用装備シナジェティック・ウェポンを投下する!』


 機械兵器バトロイド群体レギオンを指揮する〝将軍ジェネラル〟は、義為ヨシタメの親友と後輩である戦隊緑レンジャーグリーン戦隊黒レンジャーブラックの命を奪った仇敵。


「助かるぜ車両黄機カナリーイエロー……勇 者 変 身ブレイブ・チェンジ ッ !」

『私は撃ちやすい大型機バトロイドを叩き、道を切り開く!』


 米国製、世界最強の陸戦王者エイブラムスと融合した機械生命である緑砲孔雀ピーコックグリーンの技術から生まれた腕部外殻アーム・フレーム

 NASAが開発し空気吸込内燃ブリージング・エンジンを搭載する近代最速航空エックス・フォーティスリーの力を持つ神速黒燕スワローブラックの遺志を継いだ脚部補助レッグ・アシスト

 その二つを私が両手両足に装着し終わる時、搭乗席コックピットから飛び降り黄色の強化装甲パワード・アーマーまとった義為ヨシタメが着地した。


 変身、それが〝戦隊レンジャー〟の真の姿。



超硬金属タングステンで作り直した吾輩わがはいの鎧がァ!」

「イケるぜ車両黄機カナリーイエロー突貫弾薬スティンガー・ミサイルもありったけ……よこせ!」

『了解ッ! 投下後、私も援護するッ!』

 

 おびただしい量の大型機バトロイド戦闘機械メカニロイドを撃破し、決戦空中要塞ラ・ソノマ・アンギンペ中枢ちゅうすうを目指す。


「勝てると思うか? 俺達、二人で」

『大丈夫だ。それに、仲間の力を受け継ぐ私達は五人と五機だろう?』


 一人と一機ではなく〝二人〟と言ってくれる義為ヨシタメが、私は好きだった。そして彼は再び私の搭乗席コックピットに乗り込む。


義為ヨシタメ、もう地球に敵は……現れないのか?』

「間違いねえ、正真正銘……これで終わりだ」


 半世紀の記録、海底から、地底から、異次元から、数々の脅威が人類に牙をく。その度に勝ち、拠点を調べ、敵を駆逐くちくし尽くしてきた。


「お前らの情報だと〝宇宙〟も連中でラストだろ?」

『ああ、我々の戦いの歴史も送信した通りだ』


 人類が隔年で五人の戦隊レンジャーとして戦ったように他の超越生命ライブ・マシンもまた地球に来るまで多くの惑星を救ってきた。太陽系に残された最後の巨悪、それが決戦空中要塞ラ・ソノマ・アンギンペ

 

『すまないな義為ヨシタメ、弱気になってしまっていた。私が……戦いに終止符を打つッ!』

「私が、じゃなくて〝私達が〟だろ? いくぜ!」



 最深部に到達した私の勇者動力エネルギー・ゲイン義為ヨシタメ精神メンタルは、ボロボロに打ち砕かれ朽ちかけている。

 

 理由は〝敵〟の姿と、力。


「アイツ! 親玉なら融合金属クロッシング・メタル総量キャパシティも多いってか!」

『内部構造の組み換えだと……義為ヨシタメ、退路を絶たれた!』


 私達が車両トラックや航空機と一つになり地球で戦うように、連中も現存の機械の力を取り込み活動してきた。


 私達が敗れた仲間の部品を集め、足りない部分は自らの融合金属クロッシング・メタルおぎなうのと同じように……奴もまた戦隊勇者達の亡骸に融合金属クロッシング・メタルを混ぜ合わせ、最強の機体を構築していたのである。


爆燃螺旋レッド・ドリルに……ヒビが!」

『やはり、完全形態には太刀打ちできないのかッ!』


 白き翼、腕から背面に移動した二門の巨砲、青き脚装ブースター、そして爆燃啄木ペッカーレッド形見かたみたる腕部武器アーム・ウェポン

 それらを集結させても、私の体はぎの寄せ集めに過ぎない。

 

 戦隊勇者機ブレイブ・フェイザーは本来、万全な五機の力が合わさって初めて真価を発揮するからだ。


『ヌハハハッ! そのような脆弱極まりない螺旋ドリルで、我が装甲を貫けると思うたか?』

「だったら、左手……輻射波動掌ブラスト・ウェーブッ!」

『ダメだ義為ヨシタメ、出力で押し負けてしまう!』


 奴の体は、真っ黒な戦隊勇者機ブレイブ・フェイザー

 私達の三倍以上の巨体に豊富な装備、あふれるパワー、私と義為ヨシタメが仲間達と共に幾度いくども敵を打ち倒してきた姿と瓜二うりふたつだった。


 似ているのは外見だけではない、力も技も戦い方も、そっくりだ。


 勝てる、はずがない。

 諦めたくはない、諦めてはいけない、だが、蛮勇と無謀は違う……打つ手が、見当たらない。



「なあ、車両黄機カナリーイエロー……兄貴の最期、覚えてるか?」

レッド爆燃啄木ペッカーレッドの最期? よせ、ダメだ義為ヨシタメ!』


 適合者アプティチュードとして〝戦隊レンジャー〟となった者は、相棒バディと共有する融合金属クロッシング・メタルと自らの精神胆力メンタル・エナジーによって強化装甲パワード・アーマーを作り出し変身してきた。

 そして義為ヨシタメの兄、レッドは窮地に陥った爆燃啄木ペッカーレッドために精神と命の全てを代償に融合金属クロッシング・メタルの総量を増幅したのである。


『ぶつぶつと何か言っておるな、往生際おうじょうぎわが悪い! 引導いんどうを渡してやろうッ!』


 搭乗席コックピットに座る義為ヨシタメの覚悟は完了している。


 彼は車両トラックの内部で操縦桿ハンドルを強く握り締め足板アクセルを踏み込む、ならば、それならば、私も機械生命としての全てを懸けるッ!


「行くぞ、車両黄機カナリーイエロー……最後の勇者合体だッ!」

『チェーーンジ……最 終 勇 者ブレイブリー・ファイナル ッ !』


 奴は、黒色の戦隊勇者機ブレイブ・フェイザーは私達の仲間の残骸に自身の融合金属クロッシング・メタルを混ぜ合わせ、あの姿に変化したッ!


 増やせば、補えるッ!


 奴一人に出来て、私達二人に出来ない道理はないッ!

 

『無駄な足掻あがきを! 虫ケラ風情ふぜいが!』


 全身の筋肉、果ては臓器にまで深刻な被害を負い喀血する義為ヨシタメ、にも関わらず操縦桿ハンドルを握る両手の力が更に強まるのを感じる。


 何故なら、義為ヨシタメは〝戦隊レンジャー〟だからである。


 全体の回路、駆動系も循環する油液オイルまでもが熱暴走オーバーヒートし各部から軋みを感じてなお、私は超変形動作チェンジシークエンスを中断せずに部品の再生を信じぬく。


 何故なら、車両黄機カナリーイエローは〝勇者ブレイブ〟だからである。


『な、何だと? 全ての補助アシスト分離パージし……除外オミットした先で、再構築? バカな!』


 戻ってきた。


 大翼白鷲イーグルホワイトが、緑砲孔雀ピーコックグリーンが、神速黒燕スワローブラックが、そして……爆燃啄木ペッカーレッドが完全な姿を取り戻した。


「お前ら……くたばる前に、いっぺんだけ力、貸しやがれ……」

融合金属クロッシング・メタル欠片かけらに……わずかでも君達の〝魂〟の残滓ざんしがあるなら……』


 私と義為ヨシタメは高く舞い上がり、叫ぶ。


「『こたえろッ!」』


 大翼白鷲イーグルホワイト可翔機構フライング・ユニット緑砲孔雀ピーコックグリーン連装火器アサルト・キャノン、両脚には神速黒翼スワローブラック推進装備ブースター・エンジン中枢区画コア・ブロックは私……車両黄機カナリーイエロー


 そして、右のかいなには全てを貫く巨大螺旋レッド・ドリル

 左のかいなには全てを砕く輻射波動掌ブラスト・ウェーブ


 胸部中枢の上も両腕と同じく燃え上がる赤き装甲を重ね強化し、仕上げに頭部をきらめく真紅の兜甲ヘッドアーマーで包む。


「生きてっか? 相棒」

『どうにかな……勝つぞッ!』


 紛い物たる黒色の戦隊勇者機ブレイブ・フェイザー狼狽うろたえていた。


『貴様ら、その姿は……まさかァ……!』


 義為ヨシタメは依然として全身から血を流し、私もまた駆動回路が悲鳴を上げているが、魂だけはたぎる。

 五つに振り分けた〝力〟が再集結リユニオンした今、勇者動力ブレイブ・エネルギーみなぎりは必然であり、何より〝敵〟を前に諦めることなど決して許されない。


 何故なら、私達は〝英雄ヒーロー〟だからである。



 激戦の中、決戦空中要塞ラ・ソノマ・アンギンペの中枢を破壊したことで連合軍の爆撃が再開された。

 

 奴は崩壊する要塞から飛び去り、私と義為ヨシタメはそれを追う。


『ヌハハッ! 要塞はうしなわれたが、蝿共はえどもはこの高さまでは飛べまい! 消耗しきった貴様をほふり、我はこの惑星を滅ぼすッ!』


 壱百満天ひゃくまんてんの星空、海面からおよそ四十九キロメートルの超高高度。


 つまり、成層圏。


「チッ……悔しいが俺らが消耗してんのは事実だな」

『らしくないぞ? 義為ヨシタメ


 一騎打ち。


 軽口を叩いてみるも、搭乗席コックピットに映し出される勇者動力測定値ブレイブ・パラメータは上限、打ち止めだった。


「確かに……俺らしくなかったな。百パーセントで足りねえなら、上回るしかねえッ!」

『その通りだ、義為ヨシタメッ!』


「燃やせ、全てを……超えっぞ、限界をッ!」

『望むところだッ!』


 奇跡を、起こす。


 限界突破リミットブレイクし砕け散る勇者動力測定値ブレイブ・パラメータの表示。


『粒子……だと? 虚仮威こけおどしをッ! 全身がヒビ割れ輻射波動掌ブラスト・ウェーブも撃てなくなった貴様等に、何が出来るというのだ!』


 私と義為ヨシタメを包み、勇者力を押し上げるのは輝く緑色の光と粒子だけではない!


 全ての融合金属クロッシング・メタルが、私達の〝意思〟に呼応するッ!


『色が変わったからといって、それがどうした! 我に貫かれ、彗星のように燃え尽きろ!』


 それは、黄金おうごん


 私自身も知らなかった、戦隊レンジャー義為ヨシタメ車両黄機カナリーイエローの未知の姿。

 全ての装甲が、関節部が、金色に輝く。そして緑色の粒子がとめどなく放出されている。


 極 限 勇 者アルティメット・ブレイブ黄 金 立 夏カナリーゴールド ッ !


「燃やせ、輝け、まわれ、つらぬけえええッ!」

『最後の一撃だああああッ!』


 終 焉 螺 旋 決 着 リーサル・ドリル・フィニッシュ


 黒き戦隊勇者機ブレイブ・フェイザーは、爆発四散した。



「兄貴、みんな、ありがとう」

『逝ってしまったようだな』


 大翼白鷲イーグルホワイトが、緑砲孔雀ピーコックグリーンが、神速黒燕スワローブラックが、そして爆燃啄木ペッカーレッドが粒子となって消滅した。


「なあ……お前まで消えたら許さねえぞ」

『当然だ。君を日本に送り届けるまでは、持ちこたえてみせる』


 そっから先もずっとだ、と義為ヨシタメに言われたが私は返事をすることが出来なかった。余力も自信も、残っていない。いつ空中分解しても何らおかしくない状態だ。


 焦りながら、それでも重症の義為ヨシタメを揺らさぬよう注意しながら、迅速にかつ緩やかに私は高度を落とす。

 

 日本を目指す、関東圏、東京都、もう少し。


 数時間前、夕暮れに出発した大型車庫カー・ガレージの前に降り立ち片膝を付いた瞬間……私の全身は崩壊しはじめる。


「ふざけんな、死ぬな……死ぬんじゃねえ車両黄機カナリーイエローッ!」

『お別れかも……しれない。この四トン車両トラックの車体にも、君にも、随分ずいぶん……世話になったな』


 視界が、メインカメラから見える映像が、ノイズ交じりになる。色彩が失われ、景色がモノクロに変わった。


「忘れんじゃねえぞ、俺達は一生……相棒バディだッ!」

『ああ、忘れないさ……私達は、ずっと……』



 あれから何年が経ったのだろうか。


 信じられないことに、車内のドライブレコーダーを介して私は外の風景をることが出来る。

 しかし自身の客観視は不可能であり、変形や発話などもってのほかだ。


「おじさんの車、地球を救った車なのー?」

「おう、ずいぶん小さくなっちまった」


 義為ヨシタメと、見知らぬ少女。


 普通に立っている、歩いている、会話をしている、後遺症もないようだ……本当によかった。


「わ! 今、勝手にライト光ったり消えたりしてた!」

「マジかよ? まあ、アイツが起きたなら光っても不思議じゃねえな」


 光源ヘッドライト点滅パッシングさせることに、成功したのだろうか。自分では分からない、また試そうにも……何というか、力が、入らない。


「全然、光らなくなっちゃったね」

「やっと起きたばっかなのかもしれねえ。無理せず、ゆっくり様子を見るよ」


 義為ヨシタメは私のボンネットをでながら、軽く叩きながら、少女と私に語りかける。

 かつて世界に〝最後の戦い〟があったこと、命懸けで戦った勇者がいたことを。


「この子は……名前あるの?」

「あるぜ」


 私の名は。


 カナリーイエロー。

 

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