歌人

Mr.シルクハット三世

歌人

夕暮れの町を、やわらかな歌声が満たしていた。

噴水のある広場の片隅で、ひとり男がマイクを手にする。彼の瞳は情熱に燃えていた。

水しぶきを浴びながら、男は心を込めて歌い上げる。落ち着いた口調、しっとりとした旋律が通りがかる人々の足を止めさせた。


男は喜びを噛み締めた。

たくさんの人が自分の歌で笑顔になっている。


しかし、そんな日々は長くは続かなかった。

隣国からの砲火が町に迫る。男は志願兵として戦地へ赴く。

移動中や基地では、男は仲間に歌を届けた。

口ずさむ歌が力となった。


そしてついに最前線へ


仲間達は緊張の色を見せていた。

突撃の合図と共に、皆塹壕を飛び出した。

次々と倒れる仲間の姿が焼き付いた。

男は敵めがけて突っ走った。





すると、眩い閃光が世界を呑み込んだ






男が意識を取り戻したのは病院のベッドの上だった。右腕の空白に気付き、爆風で吹き飛ばされたことを悟った。

やがて、長い入院生活の後、故郷の町に戻れた。

かつての広場はがれきと化していた。

夕暮れの空の下、男はよろめきながらもがれきの中に立つ。

マイクを構え、震える歌声を重ねた。

通りがかりの人々が足を止め、がれきの中から噴水の音が染み出すのを確かめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歌人 Mr.シルクハット三世 @btf0430

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ