第3話 先輩の名前

先輩は、相変わらず仏頂面のままかと思ったら、少しだけ口角が上がった状態の仏頂面で、

「いいよ。私の名前は古賀こが小雪こゆき、いい名前でしょ?貴女の名前は?」

と、いつもの淡々とした口調で聞いてきた。

「私は、西下にしした小夏こなつです。」

「ふふ、いい名前だね。しかも、私と似たものを感じる。」

「確かに、どっちもってついてますし、夏と冬ですね。」

古賀小雪先輩か、、何だかとっても可愛らしい名前に感じる。だけど、先輩のクールな感じに似合っている気もする。

「ねえ、あのさ、貴女はこれからもここに来るの?」

いきなり質問されて、少し戸惑った。

「まあ、はい。居心地が良いので。迷惑だったりします?」

「ん、そんなことないよ。一人でぼーっとするのも、二人でぼーっとするのも、静かに落ち着けるのなら、どっちも素敵だから。貴女もきっと、私と似てる感じだから、騒いだりしないでしょ?」

「よくわかりましたね。」

「ふふ、まあね。」

勝手な妄想かもしれないけど、先輩との距離が近づいた気がする。お互いに少しずつ、お互いのことを理解し始めたのだ。

「あの、先輩、古賀先輩って呼んだりしてもいいですか?」

「ん、いいよ。好きに呼んで。古賀ちゃんでも小雪ちゃんでも、雪ちゃんでも、何でもいいよ。」

「そうですね、では古賀先輩で。」

「なるほど、変えないんだね。ああ、あと、いま挙げた例は、クラスの友達と、両親に呼ばれてる呼び方ね。」

「まあ、名前的にそんな感じになりますもんね。」

「そうなのよね。ところで、私は貴女のことなんて呼べばいいの?」

「んーっと、まあ、好きな呼び方でどうぞ。」

「じゃあ、小夏っちでどう?」

「え、まあ、いいですけど、、、」

「安心して、冗談よ。西下さんって呼ばせてもらうわ。」

「ああ、冗談なんですか、本当にかと思いました。」

「まあ、別にそれでもいいけどね。」

「今のままでお願いします。」

あまりこういうことは言ってはいけないのだろうけど、その仏頂面から、小夏っち、っていう呼び名が出てくるのは、違和感がありすぎる。

「先輩、、先輩ってもしかして、結構おちゃめな性格だったりします?」

「ん、自覚はあまりないけれど、たまに言われるわ。あと、顔と言動が合ってないっていうのもよく言われるわね。」

「ああ、よくわかる気がします。」

「何か特別なことがあったわけでもないのに、歳を重ねたら、いつの間にかこんな感じになってたのよね。」

先輩の言ってることはよく分かる。特別、大きな何かがあったわけじゃない。日常のほんの少しの変化、年齢が上がるにつれて、ほんの少しずつ変わっていく考え方、そういうものが積み重なって、段々と変わっていく。自分自身の色々なところが。

「ねえ、西下さん。」

「はい、何ですか?」

「今日、とても暑いけれど、すごく綺麗な快晴だと思わない?」

先輩は、相変わらずの仏頂面で、初めてあった時と同じ姿勢で、空を見ながら言った。

私も先輩と同じように空を見る。

今日は、今の季節にふさわしい、快晴だった。

「確かに、綺麗ですね。」

そう、言いながら、もう一度先輩を見る。先輩の首筋に汗が垂れている。先輩は暑いと言っていた割には、どこか涼しそうな雰囲気だった。



そのあとは、特に何も話さなかった。二人揃って空を見上げていた。授業中にずっと鳴いていた蝉の声も聞こえない。昼休みの学校の騒がしい声も聞こえない。先輩と私、二人揃って日陰の下で、ただ青い青い空を見ていた。

この空間はとても居心地が良くて、ずっとここにいたいと思った。ただの屋上、ただの暑い夏の日、ただの快晴なのに。先輩が横にいるからだろうか。この感覚は、この感情は、一体なんというのだろうか。



「キーンコーンカーンコーン」

昼休みが終わるチャイムが鳴った。授業は今から10分後に始まる。確か次は移動教室だったのだが、間に合うだろうか。まあ、遅れても構わないのだけど。

先輩の方を見ると、いつもの崩れた体育座りで、いつの間にか本を読んでいた。何の本を読んでいるのか気になるところだが、聞くのはまた今度にしよう。

「古賀先輩、自分はもう、行きます。」

そう言うと、先輩は本を片手に持ち直して、ゆっくりこちらを向いて、

「ん、行ってらっしゃい。」

と言いながら、手を小さくフリフリしている。やはり疑問である。何だろうか、この形容できないかわいさは一体。分からない。

「先輩は、まだ行かないんですか?」

「こっちは次、自習なの。」

「なるほど、、、もしかして、サボりですか?」

「ふふ、正解。よくわかったね。」

顔は仏頂面だが、ドヤ顔しているような気がする言い方で、やっぱりかわいらしかった。

「それじゃあ、先輩、また今度。」

「ん、またね。西下さん。」


軽くお辞儀をして、屋上を出た。先輩との時間が終わってしまうことの寂しさがありつつも、充実感でいっぱいである。久しぶりに話せて、嬉しかった。何だかとても幸せな気分だ。もうすでに、次に会える時を楽しみにしている自分がいる。

「古賀小雪先輩、、か、、」

名前を知れただけで、ただ、それだけのことで、嬉しい。これじゃあまるで、恋する少女だ。まあ、仲良くなりたい憧れの先輩とお近づきになれたら、誰だってこうなるだろう。

そんなことを考えながら、私は、やや駆け足で教室へ向かうのだった。





ー屋上ー


「西下小夏ちゃん、、か、、」

高校二年生になって、何か変わるかなぁと思っていたけど、やっぱり何も変わらないなぁと、思っていた今日この頃に、変化は突然やってきた。

「話すの、、楽しかったなぁ、、、」

私自身、別に教室でぼっちというわけじゃない。なんなら、友達も多い方だ。

だけど、こんな風に後輩の子と話すのは中学生の頃を含めて、初めてだった。何だか新鮮なのだ。

「また、、来てくれる、、よね、、」

会うのが楽しみになっている。一人でぼーっとする時間も好きだが、それと同じくらい、西下さんと話す時間も好きになりつつある。

お話したのはまだこれで2回目だというのに。


空を見上げた。

今の私の心情を反映しているかのような空だ。

「ふふ、やっぱり綺麗ね。」

私は、新鮮な気持ちを抱いたまま、再び本を読み始めるのであった。

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