第4話【研修生】

「あぁ、名前は【ヒーロー】だ」


「ガッハ、そりゃあ豪気な名前っスね。でも能力なしって聞いたスけど?」


「心持ちの問題だよ。HEROヒーローになるかどうかは問題じゃない」


「っスね」


 ロビーに着くと一同に座っていた様子はなく、律儀にも立って待っていた。

 研修生二十名はライゼの姿を見るなり浮わつき、騒々しくなる。


『ら、ライゼだ…!』

『研修まで残れてよかったな!』

『あれが…No.1ナンバーワン

『本物だ』

『サリーさんも!サリーさんのカード買ったばっかだよ!』


 無理もない。この時代のHEROヒーロー、しかもトップHEROヒーローとなればメディアに出ない日はない。高等部を卒業したばかりの18才なら浮かれて当然だ。


 HEROヒーローは傷がついても自己修復するHEROヒーロースーツを身に纏い、活動している。

 ラバーのように見える素材で、データさえあれば普通の服やどんな形にもなる優れものだ。

 このHEROヒーロースーツにはボディ部分に小型カメラが搭載されており、各メディアで放送されている。


 それらを小さな頃から見ているせいか、皆一様に憧れのアイドルへ向けるような視線をライゼとサリーへ送っていた。

 そんな研修生を収めるように、学園の先生であるガービィが口を開く。


「待たせたな。今年の一位は前へ」


「はい!!」


 自信に溢れた顔で【ギース】が出てくる。金髪に浅黒い肌、身長は170cm程で、線の細い優男といった印象だ。


 ギースはHEROヒーロー、またはHEROヒーロー事業に従事する人材を育成する、【アイランド学園】の首席である。


 アイランド学園の研修はNo.1HEROヒーローのライゼが同行、先生はNo.2のガービィなので、必然的にNo.1、2が揃う事になる。

 この学園に優秀な生徒を集中させ、育成するという政府の意図があった。


 ギースは例年のどの首席よりも期待されている。研修が終わればHEROヒーローになり、彼には輝かしい未来が待っているのだ。


「よし、これから本物の【ホール】に向かう。ホールではギースを中心に行動してもらう。ライゼさん、挨拶をどうぞ」


 毎年、アイランド学園を優秀な成績で卒業した生徒たちは、卒業後から五月までモンスターの出るホールに向かう為に研修を始める。


 そして今日、ついに最強のHEROヒーローに付き添ってもらい、ホールへと潜るのだ。

 皆の胸は高鳴っていた。


 ガービィに呼び出され、ライゼは例年と同じように首席、研修生たちに挨拶をしていざ出発……のはずだったが──。



「おぎゃぁあ!」


「おちお~ち、空気が汚いでちゅね~早く上に行こうねー」


『!?』


 いきなり赤ちゃん言葉で息子をなだめるライゼに、研修生は引き気味だった。


「パパ、パパ、皆んな見てる。すごい見てる。挨拶だって。私があやしとくから」


「え?あぁ」


 サリーによってライゼは息子から引き離され、この世の終わりのような顔で挨拶を始めた。


「よろしくな、ギース」


「はぁ」


 ギースは呆れるような、これまでのライゼの功績さえも疑う様な目で見ている。


「さて、皆んなおはよう……。初めての敵、実戦で不安だろうが俺がついてるしんぱいしなくていいさぁいこうべつにおれはいじけてこんなたいどじゃなくてさおれがいかないほうがみんなのためになるんじゃないかとおもったりきけんなほうがむしろちからがでたり──」


 ライゼはどこを見るともなく、ぶつぶつと独り言のように呟いている。

 まるでゾンビのようにくぐもった声で何を言っているのか伝わらない。


 先ほどから一転、不安しかないといった表情の研修生たち。

 その様子を察し、赤ちゃんがいては研修に支障が出ると判断したガービィはサリーに注意をした。


「サリー、上に行っといてくれ。調子が狂う」


「わ、わかりました。本当に申し訳ないですっ」


 サリーは皆に一礼し、エレベーターに向かうが、それをライゼが引き止める。

 自分がいない時にモンスターが街に出ないという保証はないからだ。


「サリー、念のためコピーしといてくれ」


「うん」


【コピー】

 サリーの能力だ。オリジナル程の出力はないが、ライゼの能力をコピーするのだから、その時点でどのHEROヒーローよりも優秀な能力である。


 1日ストックできるが、発動してから30分という制限があり、サリーは常に誰かをコピーしながら戦闘をしている。


 サリーは手をかざし、ライゼをコピーする。

 パァッと辺りが明るくなり、すぐにコピーが終わると研修生たちは興奮してまたも騒がしくなった。


『あれが……』

『生で見ちゃった!』

『動画で残していいかな?』


 サリーのコピーを見届け、ライゼはようやく安心した。


「よし、何かあったら能力を使ってヒーローを守ってくれ」


「うん、研修気をつけてね。行ってらっしゃい」


「おう!」


 サリーがエレベーターに乗り込み、ライゼも乗り込んだ。


「コラコラコラコラ」


 ガービィにエレベーターから引きずり出され、ライゼは研修の為に用意したドローンへ渋々といった表情で乗り込む。


 ドローンはまるで軍事用かのような物々しさで、二十人どころか詰めれば五十人は乗れる程の大きさ。

 ドローンという名前だけは残っているが、マザーが開発した超電導や反磁性で浮く為、プロペラなどはなく、山道も楽に走れるであろう分厚いタイヤと装甲で外観はまるでトラックのようだ。


 まもなくホールに着くというタイミングで、ガービィは緊張で静まり返る車内を見渡し、最後にライゼの様子を伺う。


「そうイジけられちゃたまんないスよ……」


「ハハハッ、そうだな。ガービィにも立場があるし、あれは困らせたろうな。すまない」


 冗談だったのか、それともガービィへのいたずらだったのか、意外にもすぐに素直になったライゼ。

 これにはガービィも面食らったようだ。


「い、いや謝らなくてもいいスよ!いつものライゼさんであれば」




 アイランドシティがある人工島を出て、ドローンで北西に四十分は飛んだだろうか。

 途中で着陸し飛べない山道に揺られながら、研修生たちはついに目的のホールへ到着。


 辺りは小高い丘になっており、木が生い茂っていて他に人工物もないような場所だ。

 一同はドローンから降り立ち、一見何の変哲もない丘の前に集まった。


「じゃあ俺はいつも通り後ろで見てるよ、ガービィ先生」


 ライゼに先生と言われ気合いが入ったガービィは、地面の土を一度蹴るように踏みしめ、仁王立ちで研修生たちに気合いを入れた。


「さぁ着いたぞ皆んな! 気を引き締めろ!! 演習じゃない、実戦だ!」


『はい!』


「まず、ガンで入り口を見つけ、光学迷彩を破れ!」


 ホールの入り口は光学迷彩で隠されている為、近くまで来てもまるでわからない。


 ガンは拳銃のような形で、黒く、経口が太く、口は四角く、機械的なフォルムが特徴だ。


 取り外せる携帯型タブレットがついており、こういったホールの光学迷彩を破る他、パワーの計測、及びそれらの共有、他のHEROヒーローとの連絡、連携も担っている。


 HEROヒーローはおろか、今や一般の市民でさえ常にこれを腰に携帯している。


 研修生たちは研修用に支給されたガンを右手で持ち、大切に扱うように左手を添える。

 そんなに大きくはないので左手を添える必要などないのだが、この初々しい姿を見てガービィは微笑んだ。


 研修生たちはガンの画面を覗きながらホールを探し始めた。

 やがて一人の研修生が目視ではわからない画面に映る大きな穴を発見。


『あぁっ! ありました!!』


「よし、破れ!」


 研修生はガービィに言われるままその穴に向かってガンの引き金を引くと、振動のような機械音が辺りに響き、禍々しいパワーが漏れ出て、洞窟のようなホールの入り口が露見した。


 研修生達に緊張が走る。


 研修の最終試験は例年通り学園の先生が引率し、No.1HEROヒーローにフォローしてもらうかたちで幕を開けた。

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