第46話 30歳までマテが出来ますか?

「では、クリスが18歳になるまで結婚は待つことになったのね。でもその頃にはアルバート殿下は30歳だわね…流石に待たせ過ぎなのではないかしら?」

 午後の日差しが柔らかく差し込む東屋で、私はミリアンナ様と午後のティータイムをしていた。明日にはミリアンナ様もマッタン王国に帰ってしまうため、ゆっくりおしゃべり出来る最後のチャンスだった。

「それは、そうですが、私はこの10年間ただ寝ていただけで、何も出来てないような気がして、そのままお妃様になる自信がないんです…」

「あら、そんなもの、私も持ててないわよ。10年経っても私は私だわ、悩みもあれば不安もある。その時その時に対処するしかないのよ。大人になったからって無条件に何でも出来るものではないわ」

「そういうものですか?」

「そうよ、前世だってそうだったでしょ?大人って基準は誰が決めるの?結局自分自身がどう思うかなのよ」

「確かに、前世の私はクズ男に振り回されて、歳を重ねても立派な大人ではなかったですね。騙されて借金を背負わされかけましたし…挙句の果てに転落して死んでしまいました」

「まあ、クリスの前世は極端だけど、時間が経ったからって立派になるわけではないのだから、深く考えずにアルバート殿下の胸に飛び込んでもいいと思うわよ。彼は充分待ってくれたんだから」

「でも、隣に立つのに、相応しい女性に…」

「それにね、どんなに頑張ったって文句を言う人間は出てくるのよ。私だって今でも言われることはあるわ。そんなの気にしていたら、何年経っても結婚なんて出来ないわ。結婚は勢いとタイミングよ。オリバー様が私のことを信じてくれたら、それだけでいいのよ」

「確かにそうかもしれません…」

「そうでしょ?成人男性にマテは辛いのよ。特にこの国の王族は浮気できないのだから…」

「あ…そうでした、じゃあ今まで?」

「その指輪が黒く染まってないのだから、そういうことでしょう?」

「あああ…それは申し訳ないことをして…」

「う、んん~!!人のことを躾の悪い犬みたいに言わないでいただきたい。ちゃんとマテくらい出来る…」

 盛大な咳払いが聞こえて、振り向けば不機嫌そうなアルバート様が立っていた。

「ええっ今の話、全部聞いていたのですか⁈」

「いや、最後の方だけだ…ミリアンナ妃も人のことを犬扱いするのは如何なものと思うぞ…」

「ふふふ、失礼しましたわ。一応援護射撃のつもりだったのですが」

「……クリス?」

「あの、魔法学園の件ですが私が成人する16歳までは通ってもいいでしょうか?確かにミリアンナ様の言う通り、気にし過ぎてアルバート様の胸に飛び込めないのは、嫌です…から…」

「それは具体的に、どういうことかな?」

「王族には18歳の婚姻年齢は関係ないそうです。過去にも15歳で隣国に嫁いだ王女様がいらっしゃったと習いました。でも、今すぐはやはり早いと思うので、16歳の成人を迎えてからお嫁に行くのはどうですか?」

「…16歳で、クリスが私の所に…これは夢か幻聴か⁈」

「いえ、現実です。あの、ころころと言い分を変えてしまって申し訳ございません…」

「いや、こんな変更なら大歓迎だよ。さっそく王宮に針子を集めて、素晴らしいウエディングドレスを仕立てさせよう。ああ、クリス、大好きだ」

 アルバート様は私を抱き上げると、その場でくるくると回った。私は慌ててアルバート様の首に腕を回して抱きしめた。ジト目のミリアンナ様と目が合ったけど、気を抜くと落ちそうだったので見なかったことにした。


「幸せになってくださいね。結婚式にはオリバー様と息子と一緒に参列しますから」

「はい、よろしくお願いいたします。オリバー殿下と息子さんにもよろしくお伝えください。本当にお世話になりました」

「ふふ、ヤンデレが減って良かったですね」

 コソッと耳元でミリアンナ様が囁いた。16歳で結婚を申し出た日、アルバート様の頭上の文字に変化があった。【ヤンデレ×2】が【ヤンデレ】に変化していたのだ。

「はい、ちょっとホッとしました。これからは、アルバート様の気持ちをちゃんと聞いて、二人で乗り越えていきたいです。いろいろありがとうございました」

「ふふ、推しの幸せを願うのは当然です。オリバー様には内緒ですけどね」

 ミリアンナ様は、満足そうに微笑んで転移魔法門のある領地へ向かった。オリバー殿下からこれ以上ミリアンナ様に会えないのは耐えられないと、転移魔法門使用許可をすると連絡があったのだ。オリバー殿下の【ヤンデレ、溺愛】は今も昔も変わらないのだろう。


「ミリアンナ妃がいなくなって寂しい?」

「そうですね、次会うのは結婚式でしょうから。でもお手紙のやり取りは出来るので、大丈夫です」

「そうか、では学園まで送ろう。今日から復帰するのだろう?」

「はい、3年生のクラスに入ることにしました」

「クリスなら6年生でも十分通用すると思うが、それでいいのか?」

「はい、同じ歳の子達とのんびりした学園生活を送りたいのです。6年生は卒業に向けて忙しいでしょうから…流石に入り辛くって…」

「そうだな、6年生は就職試験や進路相談で忙しいな。クリスは私の所に来るのが決まっているから、のんびりできる3年生の方が楽しいだろう」

 私は王太子妃になるクリスティーヌではなく、スコット侯爵家の遠縁の娘として編入することにした。10年間眠っていた聖女で王太子の婚約者ですと言って、短い期間で友人ができるとも思えなかった。

「短期留学してきたクリス・ハーデン子爵令嬢として通うので、ちょっと緊張していますが、楽しみです」

「警備体制を大袈裟にしないためにも、偽名で行くのがいいと判断した。教師以外はこのことを知らないが、気をつけて欲しい。君は肩書がなくとも魅力的な女性だから、心配なんだよ」

「はい、十分気をつけて行ってきます。もしもの時は、ちゃんとこのバングルで助けを呼びますから大丈夫です」

 誕生日に貰ったバングルは、位置を把握できるだけでなくいろいろな機能があるらしい。防御魔法で毒物や刃物ぐらいなら防げるそうだ。ジョーンズ先生の本気の魔法攻撃などにはあまり有効ではないが、それでもお守りとしては充分だ。

 あとは魔力を通せば通信もできる。前回留学していた時は、その機能自体知らなかったため使えてはいなかったがこれからは重宝しそうだ。

「何かあればすぐに連絡すること。約束だからね」

「はい、ちゃんと連絡します」

 馬車の中から心配そうに見送るアルバート様に手を振って、私は久しぶりに魔法学園の門をくぐった。

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