第44話 真実の愛ですか

「それは…最近、殿下は不調になることが多く、もしかしてこのまま呪いのせいで死んでしまうのではないかと心配しておりました。一緒に離宮を出ましたが、益々お痩せになって不安だったのです。聖女様なら殿下を治すことが可能かと、少し強引な手法でしたがここまでお連れしたのです」

 シャーロット様は本当にギルフォード殿下を心配しているらしく、深刻な表情で私たちを見た。

「ギルフォード殿下、体調が悪いのですか?」

「ああ、ずっと呪いの後遺症がある。僕がしでかしたことなのだから、その代償を支払うのは仕方ない、自業自得だから。このまま死んでもいいと思っていた…」

「嫌です、そんなこと言わないで下さい!」

 シャーロット様が泣きながらギルフォード殿下を見た。

「もしかして、本気でギルフォード殿下を愛されていますの?」

 ミリアンナ様が二人の様子を見て驚いたようにそう言った。シャーロット様はコクリと頷いた。

「あなた、アルバート殿下の間者ではなかったの?」

「はい、あの時はそうでした。姉が殿下に襲われて心を病んだと思い込んでいましたから…でも、違ったのです。5年前に、姉が亡くなる間際に真実を話してくれました。本当はあの当時襲われてはいなかったと。元々姉の婚約者はもう一人の婚約者と仲が良く、自分は愛されていなかったと…だから、自棄になって殿下から関係を求められた時に自ら応じたのだと…それなのに怖くなって、全部殿下のせいにして、挙句の果てに婚約者からも縁を切られ、心を病んでしまったのだと…」

「いや、僕が愚かな行為をしたのだ。悪いのは僕で間違いない…」

「しかし、その話を真に受けた私は殿下を策略に巻き込みました。なのに、真実を知って謝罪に現れた私に、殿下は一切責めることなく許し、没落寸前だった生家まで私財で援助してくださったのです。私はそんな殿下に心からお仕えしようと決めて、今まで離宮で侍女として…」

「ふーん、それで、今は恋人になったと?」

 ミリアンナ様が聞くと、シャーロット様とギルフォード殿下は真っ赤になって狼狽えた。どうやら図星のようだ。

「僕が、シャーロットを好きになったのだ。優しい彼女はそんな私を受け入れてくれただけだ」

「いえ、私が殿下をお慕いしたのです。殿下はそんな私を気遣ってくれているだけです」

 つまり、両想いのようだ。ミリアンナ様がジト目で二人を眺めている。昔の黒歴史が邪魔をして、どうしても疑ってしまうのだろう。

「真実の愛、みたいですよ…」

 ギルフォード殿下の頭上には【真実の愛、ネガティブ】という文字が浮かんでいた。どうやら10年でかなり変化があったようだ。今ならギルフォード殿下に触れても気持ち悪くならないだろう。

「嘘、そうなの?」

 私はコクリと頷いいた。10年前の暴挙を思えば、例え今改心していようと、恨んでないと言えば嘘になる。でも、罪を憎んで人を憎まず、終わってしまったことを今更蒸し返しても、誰も幸せになれない気がするのだ。偽善者だといえば、そうなのだろう。

「分かりました。呪いに効くかは分かりませんが、癒しますね」

「まあ、本当にお人好しが過ぎますわね。でもそうですね、私も放り出して逃げたので、多少の罪悪感はあります。一応お手伝いしますよ。ヒロイン失格ですからね」

「ありがとうございます」

 シャーロット様が深々と頭を下げた。本当にギルフォード殿下を愛しているのだと思う。弱っていく愛する人をどうにかしたい一心で、今日犯行に及んだのだろう。

 ギルフォード殿下を癒そうと前に出ようとしたところで、ギルフォード殿下が両手両膝をついて頭を下げた。土下座だ…

「クリスティーヌ、10年前は本当に申し訳ないことをした。謝っても許されない事だと分かっている。だが、ずっと後悔していた。好きだった君を無理やり眠らせ、弟には辛い思いをさせた…愛するものを奪われる恐怖を僕はちゃんと理解できていなかった。本当にすまなかった」

「謝罪は受け入れますが、やはり許せません。私がアルバート様と歩むはずだった10年は、どうしたってもう戻ってきません。でも、あなたを癒すことはします。苦しんで欲しい訳ではないので…」

「ああ、すまない…」

 私はギルフォード殿下の手を取った。ミリアンナ様が反対の手を取ったのを確認して、私は目を閉じた。

「まずは原因を探ります。力を抜いて深呼吸していてください」

 ギルフォード殿下に対する吐き気はやはりなかった。意識を集中して、どこが悪いのかを探っていく。心臓に禍々しい何かがわずかに絡んでいる。これが呪いの欠片だろうか?私一人では無理でも、聖女二人でなら癒せそうな気がする。後は、少し胃がもたれている?

「ミリアンナ様、心臓のところ、分かりますか?」

「ええ、禍々しい何かが絡みついているわね、あと胃もたれもあるわね…何かしら?」

「あ…」

 シャーロット様が小さく声を漏らした。

「まずは心臓の浄化からしましょう。その後に胃の回復を」

「了解。では、同時に癒しの力を注ぎましょうか」

 黒い禍々しいイバラのようなものが、心臓に巻き付いていた。死にはしないが、10年間ずっと苦しかったのだろう。痛みで髪が白髪になり、体も衰えていた。ミリアンナ様と呼吸を合わせて、イバラの呪いを浄化していった。

「ぐうぅ…」

 苦しいのかギルフォード殿下が、呻き声を漏らした。イバラの呪いがポロポロと枯れるように解けていった。ふうっと息を吐いた。

「よし、次は胃の回復を」

「あと少しよ」


「これで呪いは解けました。どうでしょうか?」

「……ああ、ずっと刺されるように痛みがあったが、今はとても楽になった。ありがとう、クリスティーヌ、ミリアンナ妃…」

「ありがとうございました。突然攫ってしまって申し訳ございませんでした。この罰はしっかりと受けます」

「シャーロット、それは僕が…」

「あら、何のことかしら?今日はシャーロット様にお茶会に誘われて、クリスと私が来たのでしょう?偶然ギルフォード殿下がいて、体調を回復しただけ。聖女として当然のことでしょう?」

「ふふ、ミリアンナ様。そうですね。突然のご招待でしたが、私たちが自ら来たのですから、誰も悪くはないですね」

「あ、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」

「いいのよ、それにしても胃はどうしてもたれていたのかしら?」

「そ、それは多分、私のせいです。聖女様が目覚めたと聞いて、秘かに離宮を抜け出したのですが、二人だけだったため、料理ができる者がいなくて、私が作ったマズい料理を殿下が無理に食べていたためかと…」

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