第24話 すれ違いですか
アルバート様の紹介してくれた孤児院と救護院に、週2回のペースで通うようになってひと月がたった。食堂でアルバート様と食事をしてから、アルバート様は公務で忙しくなったようで、学園で姿を見ることがなくなった。護衛の女性騎士が常に私についていて、不安になることはなかったが、会えない事が寂しかった。
「聖女様、いつもありがとうございます」
救護院では聖女として、傷や病気を癒し、孤児院では子供のケガを癒し、絵本の読み聞かせや文字を教える手伝いをしていた。アルバート様は、最近は救護院にも孤児院にも顔を出せていないようだ。子供たちも寂しがっているようで、私も気になっていた。
「いえ、治って良かったです。次の方を呼んでください」
救護院に行く日は、聖女の癒しを求めて沢山の人が訪れるので、アルバート様のことを考える暇もない。孤児院では子供がアルバート様に会いたいと言ってくるので、一緒になって会いたくなってしまうので、そういう意味では救護院の方が気は楽だった。
怪我人が血を流している時は、死ぬ間際の感覚を思い出すこともあり、心がすり減るような感覚になるが、それでも怪我や病気が治ってお礼を言われれば、役に立てたのだと思えて嬉しかった。
「聖女様。今日もありがとうございました。実は、神殿の方から問い合わせが来ておりまして、神殿の救護院にもおいでになっては…」
救護院の施設長が申し訳なさそうにこちらの様子をうかがってくるが、神殿には行かせないとアルバート様が言っていたのを思い出して断ろうとした。
「その話はお断りしてください。聖女様は、神殿には関わらせないとアルバート殿下が言及されていますので」
護衛騎士のジュディー様がさっと私を背に庇い、救護院の職員の方に強めの口調で断りを入れてくれた。
「そうですか…分かりました。その様に神殿の方には伝えておきます。余計なことを口に出してしまい申し訳ありませんでした」
「いえ、神殿の方に言われれば、断りにくいのもわかりますので、気にしないで下さい」
「ありがとうございます。聖女様」
今日も学園が終わってから救護院に来ていて、もう外は夕日が落ちそうな時間だった。身体は疲れていたし、帰ってから学園の課題をこなすのも大変だった。それでも、何も出来ず引き籠っていた頃に比べれば、生きている実感がするし、充実していた。ただ、アルバート様に会えていないことが、寂しかった。
「あの、今日も遅くまでありがとうございます、ジュディー様」
「いえ、これが私の任務ですし、奉仕活動をされる聖女様の護衛を出来るのは光栄なことです。お疲れでしょうから、すぐに馬車を用意させて帰りましょう」
数少ない女性騎士の彼女は、きりっとした美しい女性で、同性の私でもドキリとするほどカッコいい。男性が苦手な私の為にアルバート様が近衛騎士の中から彼女を抜擢してくれたそうだ。
「あの、アルバート様は、元気にされていますか?」
「はい、このところ精力的に公務をされ、学園に出席する時間は減っていますが、元気にはされています」
「そうですか、それなら良かったです」
「何か殿下に用事があるようでしたら、お伝えいたしますが」
「いえ、忙しいアルバート様に時間を頂くほどの用件ではないので…」
私が事件の後、気を失って眠っている間にマリア・ジョーンズ先生の裁判が開かれたそうだ。罪を問われたジョーンズ先生は何を聞いても「自分は悪くない」の一点張りで、何一つ情状酌量の余地はないと判断され、一生辺境にある監獄で過ごすことになったらしい。処刑という声もあったそうだが、本人は精神を病んでおり責任能力を問うことが出来ないという判断だった。
私は目覚めてから、先生が処刑を免れたとアルバート様から聞いて、内心ホッとしていた。勿論自分やアルバート様を害そうとした先生を許す気はなかったが、自分が原因で人が殺されるのは、はっきり言っていい気分ではないから…
ところが、最近偶然手に取った新聞に小さく掲載された監獄内でマリア・ジョーンズ死亡、という記事を見てしまった。原因は病死…過酷な監獄では珍しくないとその記事は締めくくられていた。
一か月後に死亡…?いくら過酷な監獄であったとしても、病気になってわずかの期間で死亡するなんて…アルバート様はあの時こうも言っていた……
「処刑じゃなくて、ホッとした顔をしているね。優しいクリスを悲しませるのは好きじゃないから、今はこれでいいけどね。まあ、そのうち罰はくだるかもね」
以前の私ならこんな些細な会話は気にしなかっただろう、でもアルバート様の頭上に【冷酷】の文字を見てしまった今、病死という記事を素直に信じることが出来なくなっていた。
胃がキリキリと痛むような不安が、私の心を暗くした。アルバート様がそんなことするなんて、考えたくないのに…
それからもアルバート様は学園にはほとんど登校していないのか、顔を見ることもないまま時間だけが過ぎていく。気がつけば舞踏会から2か月がたっていた。
最近ミリアンナ様から二ホン語の手紙がやって来るようになって、私も近況を書いては文通している。無事留学して隣国の学園生活を満喫していること、最近気になる人が出来たと恋の予感にわくわくする内容まで、留学するなら歓迎するから早くこっちにおいでと書かれた手紙を読んだ時は、ぼんやりと留学するんだと思っていた気持ちが実感として固まった気がした。
「そうよ、留学するなら成績をもっと上げて、先生の評判も…推薦状もいるし…」
アルバート様に会えない間に、しっかりと自分自身の身の振り方、将来のことも真剣に考えなくてはいけない。2か月会えないだけで寂しいと思っている場合じゃないのだ。隣国に行けば一生会えないのだから…
「……一生って、長いな…」
「何が、長いって?」
久しぶりの声に振り向くと、中庭の柱の向こうにアルバート様の姿があった。さらに身長が伸びたのか、知らない人物のように見えてドキリとした。
「アルバート様?」
「ああ、久しぶりだね、元気にしていた?」
「はい、元気です。紹介してくださった救護院と孤児院にも行っていますし、成績もかなり良くなったんですよ」
「そうか、頑張っているんだね」
「はい、留学するための推薦状も必要ですし、色々と忙しくて大変ですが、やるべき事があって楽しいです」
「留学か…」
「あの、それで、お話したいことがあって」
「話したいこと?」
「新聞の記事で、知ったのですが、マリア・ジョーンズ先生が病死したって…」
「新聞の記事…そっか、うっかりしてたな、クリスは新聞も読むんだ…」
「あの…病死って本当ですか?」
「どういう意味かな?新聞には病死って書いてあったんだよね?」
「はい、そう書いてあって、でも、いくら酷い環境でも、そんなすぐに亡くなるものなのかって…」
「クリスはどう思っているの?もし病死じゃなかったら、どうだと?」
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