第14話 酒場の会話は交錯に

「お二人は、お知り合いなんですか?」


「あぁ。俺らがBランクにいた頃、何度か組んだことがあってな」


「といってもセクレトは、瞬く間にBランクを通り過ぎていったからね。ごく短い期間だけさ。私は、ついこの間ようやくAランクに上がれた凡人だからね」


 ポーファ、セクレト、コースト。

 ギルドに併設されている酒場へと場所を移した三人は、そんな風に話を始めた。


「セクレトよぉ。おめぇ、こんなトコで油売ってる暇あんだったら依頼の一つも受けて貰えませんかねぇ……」


 と、タームが早速会話に割り込んでくる。

 手ずから三人分の飲み物を運んできたのは、セクレトに対する愚痴を言うためか。


「ほい」


 視線を向けることさえなく、セクレトが革袋三つをタームの方へと投げた。


「これは?」


 受け取ったタームが首をかしげる。


「月光草の根に、キラーフロッグの肝。あと、アダマンタイトの原石な。急ぎの案件なんて、今来てる中じゃそんくらいだろ」


「……アダマンタイトに関しちゃ、さっき依頼が来たばっかなはずなんだが……いや、まぁいい」


 事も無げに言うセクレトに対して、タームが半笑いとなった。


「仕事自体はバカ早ぇから、文句も言い辛ぇんだよな……」


 その表情のまま、ギルドの方へと引っ込んでいく。


「……君、以前は人のものまで奪う勢いで依頼を受けまくっていたじゃないか。今は違うのかい?」


 タームの背を微妙な表情で見送った後、咳払いを一つ挟んでコーストが尋ねた。


「あぁ、今は最低限の依頼だけでのんびりやってる」


 セクレトが肩をすくめて答える。


「それは……君が長らく表舞台から姿を消していたことと、何か関係が?」


 若干の躊躇を見せた後に、問いが重ねられた。


「あぁ」


 何でもないことのように、セクレトは軽く頷く。


「君ほどの男が生き方を変えるとは……一体、何があったというんだい?」


 ゴクリと喉を鳴らし、コーストがその表情を真剣なものに変化させた。


「魔王討伐」


 そして、短く答えたセクレトにギクリと顔を強張らせる。


「あれに参加していたのかい!?」


 思わずといった様子で叫んだ後、ハッとなって辺りを見回すコースト。


「生存者はいないと聞いていたけれど……流石だね」


 今度は一転、声を潜めた。


「運が良かっただけだ。マジにな」


 セクレトが、平時通りの声で答える。


 『魔王』フィル・スパンツリー。


 小国に過ぎなかったフィジカ王国を、一代にしてオフィ大陸一の規模にまで押し上げた女傑である。


 それを成し得たのは、偏に彼女の膨大の魔力と卓越した魔法理論によるものだ。

 彼女一人で、現代の魔法理論を千年分は進めたと賞賛する声も少なくない。


 それだけであれば、人族にして彼女が『魔王』などと呼ばれることもなかったであろう。


 しかし野望に取り憑かれた彼女は国の名を『フィジカ帝国』と改め、世界各国に宣戦を布告した。

 そして実際、オフィ大陸の半分までをその傘下に収めたのである。


 その段階で各国はしがらみを捨て、国の堺を越えて集めた精鋭で極秘に結成した特殊部隊に魔王暗殺の任を託した。

 特殊部隊は見事魔王討伐を果たすも、ほぼ帝都全域を更地にした魔王の最期の魔法によってあえなく全滅。


 というのが、魔王を巡る事の顛末だ。


 あくまで、『一般に語られる範囲では』という注釈は付くが。


「ま、それで派手にやるのは懲りたってわけだ」


 特に感情を宿さない声で、セクレトはそう話を締めくくった。


「……なるほど。どうやら、私などでは想像もつかないような世界を見てきたようだね」


 感心とも畏怖ともつかぬような表情で、コーストはゆっくりと首を横に振った。


「……にしても君、もう三十過ぎだろう? だってのに、あの頃と見た目が全く変わっていないというのはどういうことだい」


 話題を変えるその声が殊更明るいものなのは、恐らくセクレトの心情を慮ってのことなのだろう。


「悪魔と契約して、不老不死の身体でも授かったのかい?」


「ま、そんなとこだ。俺が契約したのは、女神様とだけどな」


 ニッと笑って返すセクレトの内心は、少なくともポーファには推し量ることが出来ない。


「それに、君に妹君がいたというのも初耳だよ」


「それを言うなら、俺はアンタの姓すら聞いたことがないんだが?」


「はは、違いない。必要以上に踏み込まないのが冒険者の礼儀だ」


「まぁ俺は、必要なくとも興味本位で調べ上げたりするけどな!」


「あぁ、そういえば君はそういう奴だったね……まぁでも、本当に触れて欲しくないところには踏み込んで来なかったからね……誰も、本気では怒っていなかったよね。あぁ、そういえば昔……」


「待て待て。昔話もいいんだが、まずは聞いときたい。今回の依頼、受けんのか? 言っとくけど、ポーファに触れるのは厳禁だぞ?」


「はは、わかってるよ。君の目を盗めるだなんて思っちゃいないさ。そして、その上で受けさせて貰おう。君の妹さんが依頼主ということは、君も一枚噛むんだろう?」


「つーか、むしろ俺がメインかな」


「それは楽しみだ。で、何をするんだい? ドラゴン殺し? 未踏のダンジョンの探索? まさか、魔王の残党狩りだとか言わないだろうね?」


「いや、俺のデビューコンサートの会場設営と警備」


「どういうことだい!?」


 そんな風に気安げに交わされる会話を、ポーファはニコニコと笑いながら眺めていた。

 少なくとも、表面上は。


 そして、内心。


 先程の話題に、酷く複雑な感情を抱きながら。

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