第13話 依頼と出会いは存外に

 朝からガードの一面が明らかになったりする一幕がありつつも、その後は特に何事もなく迎えることとなった放課後。


 ポーファは、一人で冒険者ギルドの依頼受付カウンターを訪れていた。


「ランクは問いませんので、会場整理と警備に百人。それとは別に、結界魔法が得意な魔法師の方をお願いします。Bランクなら十人以上、Aランクでも、出来れば二人以上が望ましいです。良い人がいれば、場合によっては一人でも大丈夫だとは思いますけれど。実際に働いていただくのは一月後の一日間だけですが、待機期間も加味した報酬をご用意するつもりです」


 そんな条件をスラスラと述べたポーファを相手に、受付の女性が一瞬固まる。


「……失礼ですが、その依頼ですとかなりの高額になりますが」


 しかし、すぐに営業スマイルを貼り付けてそう返したのは流石プロといったところか。


「問題ありません」


 もっとも、ポーファが重量感のある布袋をドサッとカウンターに置き、ぎっしり金貨の詰まった中身を見せると今度こそ顔を強張らせたが。


「しょ、少々お待ちください!」


 声を裏返らせながら、慌ただしく裏方へと消えていく。


『ギルド長! ギルド長~! 大口の依頼です~!』


 そんな声が、僅かにポーファの耳にも届いた。


 そのまま待機すること、しばし。


「誰かと思やぁ、セクレトんとこのかよ……」


 奥の方から、しかめっ面のタームが姿を現した。


「今から一月でその人数を集めるとなると、ちぃと骨だぜ?」


 女性の代わりにドカッと受付の席へと腰を下ろしたタームが、威圧感のある目でポーファを睨みつける。


「スタンピード期に向けて人は集まってきていますが、まだ備えるには少し早い。むしろ、今は依頼の方が不足している時期なのでは?」


 ポーファは涼しい顔で受け流した。


「ハッ、流石。内情に詳しくていらっしゃる」


 降参を示すように、タームは軽く両手を上げる。


 スタンピード期。

 それは、王都の近くに存在する広大な森から魔物が大挙して押し寄せてくる時期を指す。


 頻度は、およそ年に一回。

 魔物の繁殖期と言われているが、詳しい原因は今以て不明である。


 十数年前から、突如発生するようになった現象だった。

 件の森が『瘴気の森』などと呼ばれ始めたのも、その頃からである。


 いずれにせよ王都にとっては最大の危機を迎える時期であり、しかし同時に冒険者にとっては最大の稼ぎ時でもある。

 騎士団だけではとても対応しきれる物量ではないため、国が冒険者を大量に雇い入れるのだ。


 また、ギルドとしても冒険者を積極的に誘致すべくスタンピード期においては素材を平素より高額で買い取りする。

 獲物は文字通り溢れる程にいるのだから、狩り放題。

 狩れば狩るだけ金になる。


 もっとも、命を落とす冒険者の数もまたこの時期が最大となるわけだが。


「ま、嬢ちゃんの言う通りだ。この時期、百人の有象無象くらいは一ヶ月ありゃ集まんだろ。危険もねぇ、破格の条件だしな」


 表情を緩めたタームが、ひらひらと手を振った。


「ただ、Aランクの魔法師に関しちゃ保証は出来ねぇ。特に結界使いともなりゃ需要もでけぇし、Aランク任務にゃ長期に渡るのも珍しくねぇからな。空いてる奴がいるかどうかは、運次第だ」


「そうですよねぇ……」


 頬に手を当て、ポーファは僅かに眉根を寄せる。


 と、その時。


「お困りですか? お嬢さん」


 横合いから、そんな声がかけられた。


 長身の男性だ。

 年の頃は、四十前後くらいだろうか。


 しかし明るい金色の長髪には、白髪の一つも混じってはいない。

 同じ色の口髭が、渋い雰囲気を醸し出していた。


 年相応の魅力を身に着けた伊達者といったところか。

 ギルド内の幾人かの女性が、彼に目を奪われている。


「おめぇは……」


「初めまして。私は、コースト」


 タームの言葉を無視する形で、コーストと名乗った男は片膝を付いた。


「貴女がご所望の、Aランクの魔法師です。もちろん、結界魔法も得意ですよ」


 微笑んでポーファを見上げたコーストが、彼女の手を取る。

 気障な動作ではあるが、様になってもいた。


「この街に戻ってきたその日に、私を必要としてくれる貴女のような方に出会えるとは。この出会いに、感謝を――」


 ポーファの手に顔を近づけていき……彼の唇が、手の甲に触れる直前で。


 チャキン。

 ポーファの手とコーストの顔の間に、剣の切っ先が差し込まれた。


「はいはーい、お客様ー。お触りは困りますよー」


 剣の持ち主は、音もなくいつの間にかそこに現れたセクレトである。

 その顔に貼り付くのは笑みだが、目には若干剣呑な光が見え隠れしている。


「君、まさか……!?」


 セクレトを見上げたコーストが、表情を驚愕に染めた。


「セクレト!?」


 その驚きは、思いがけず有名人に出会ったといった類のものではない。


「生きていたのかい!? ………………いや、というか」


 ギギギと錆びついた鉄細工のようにぎこちない動作で、コーストがポーファへと顔を向ける。


「失礼ですがお嬢さん、御名前は?」


「ポーファ・エネーヴと申します」


 ニコリと微笑んでポーファが答えると、コーストの顔が引き攣った。


「エネーヴ……?」


 再びギギギと首を回し、セクレトへと視線を戻す。


「そういうこった」


 セクレトがニヤリと笑みを深めた。


「はは……」


 引き攣ったままではあるが、コーストがその顔に笑みを戻す。


「少しの棘くらいは覚悟していたけれど、まさかこんな頑丈な鉄柵に守られているとはね」


 冗談めかしてポーファへと送るウインクも、どこかぎこちなかった。

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