第11話 おしゃれハッカーの世界デビュー(5)

 いくつもの落ちているダイヤの指輪を見て、たった一つを優海さんは拾い上げた。間もなく、若い記者さんがやってきて、やっぱり息をきらせながら、はぁはぁ、盗まれた婚約指輪を取り返してくれたって本当ですか、と訊ねた。

「はい、リングの裏にフィアンセの名前が刻印されていましたから、きっとあなたのものではないかと」

 なるほど、本職の警察官は洞察力が鋭いや。指輪の山からいとも簡単にこの男の人の探していた指輪を見つけ出しちゃうんだもん。

 たしかに婚約指輪なら、名前や記念日が彫られているよね。そうでなければ新品だもの。言われればわかるけれど、すぐには思いつかないよ。

「わかったかい?」

「いいえ、びっくりしちゃった」

 手品を楽しむように、優海さんの推理を見ているだけで元気になれた。

「ありがとうございます! あの、私、週刊ブルームの記者なのですが、おしゃれハッカーさんやこの事件のことを記事にしてもよろしいでしょうか?」

 週刊ブルーム……ティーンズ向けの有名なファッション雑誌。まさかそこの記者さんだったなんて。わたしは買っていないけれど、たまにクラスの女子が仲間内で回し読みしているのを遠くから見ていたから、雑誌の名前だけは知っていた。

「愛花ちゃん、どうする?」

「わたし? えっと……」

 雑誌に載るなんて想像もできないな。

 たまに学生が悪い人を撃退したとか、ものすごい発見をしたとか、誰かを救助したなんてニュースを見たことはあるけれど……まさか自分がそんな立場になるとは思ってなかったもん。

「ファッション雑誌にわたしたちのことを記事にするんですか? 場違いなんじゃ……それに見た目だって、優海さんはともかく……わたしなんて……」

「いえいえ、お二人とも十分にモデルとして通用します! それにライバル誌に負けないインパクトのある記事が欲しかったんですよ! あ、こんなことを言うと利用しちゃっているみたいで申し訳ないのですが」

「じゃあ、匿名でならいいですよ」

 載りたいような載りたくないような複雑な気持ち。だってこんな話、めったにないじゃない。恥ずかしいけれど、わたしは後悔なんてしたくない。

「ありがたいな! いや、恩人に悪いことは書きませんよ。安心してください」

「僕もそのほうが愛花ちゃんのためにも良いと思う」

「え? どういう意味?」

 優海さんは難しい顏をしている。

「良い機会かもしれないと思ってね。メディアは味方にすれば頼もしいけれど、敵にまわすとやっかいなんだ。遅かれ早かれ、愛花ちゃんは有名になっちゃうような気もするから、今がチャンスだと思ってね。変な記事を書かれるよりもずっと良い」

 そんなことまで考えてくれていたんだ。本当のお姉さんみたいな人だな。

「ありがとうございます! 必ず良い記事にしますからね! うぉー燃えてきたー!!」

 へぇ、記者さんって見かけによらず熱血漢な人みたい。

 ふぁぁっ、とりあえず、大切な婚約指輪も見つかったし、盗まれた宝石も取り返した、全部解決だよね。なんだか疲れちゃった。

「マナちゃん、眠そうらに」

「うん、ちょっとね。そういえば、警部のおじさんが言っていた大会で優勝ってなんなの?」

「あ、プログラミングコンテストのこと? 僕はその大会で小学生の時に優勝して、警察からスカウトされたんだよ」

「なるほどね……わたしもその大会って出場できるの?」

「え? 僕が出場した大会は18歳以下なら誰でも出場できるけれど、難しいよ。数学の勉強もしないといけないからね。なにしろ高校生もいるんだよ」

「だけれど、優海さんは小学生の時に優勝したんでしょう?」

「僕は4年生の時だったかな」

「わたしよりも年下の時じゃない! よーし、決めた! 出場して力試ししてみる!」

「そうだね、事件を解決したおしゃれハッカーの愛花ちゃんなんだから、良いところまで行くと思うよ」


 優海さんに送られて自宅までつく頃には、普段ならもうとっくに寝ている時間。

「愛花ちゃん、この格好だけど、どうしたらもとに戻るのかな?」

「え?」

 ああ、すっかり忘れていた。

「ロジカルマジカル元に戻れ、って呪文を唱えればいいらに」


 ふたりで呪文を唱えると夜の街に蛍が舞うようにして、光が無数にわたしたちの体から離れていく、あっという間に姿は元通り。光はひとつの形にまとまって大福もちみたいないつものぷにちゃんが現れた。

「無茶を言ってごめんね。本当は最初から愛花ちゃんのことを認めていたんだよ。それを僕が利用するみたいになって……」

 そういえば、僕にはできない、みたいなことを言っていたな。

「最初から頼んでくれたらよかったのに」

「いや、それじゃダメなんだよ。きみの力は確かにすごい。だけれど、他人の意思できみを事件に巻き込ませたくはなかったんだ。まずは、きみのやりたいようにやらせてみたかった。きみが後悔することがないように。そして、僕は確信したよ、きみとならみんなを守れるってね」

 なんだかいろんなことが一日であったな。それにしても、みんなを守るか……。どういう意味だろう。

「ちょっと待つらに! ボクにお礼はなしらにか!?」

 あははっ、そういえば誰もらにちゃんにはお礼を言ってくれなかったものね。

「らにちゃん、わたしは見てたよ。らにちゃんががんばっているところ。人知れず活躍するのって素敵だと思う」

「それほどでもないらに!」

「僕も感謝しているよ、らにちゃん。ふたりにはハッカーチームの仲間になってほしい」

 ハッカーチーム? いまいち想像できないけれど、推理小説に出てくるナントカ探偵団みたいなものかな?

「といっても、実はまだ二人しかメンバーがいないんだけどね。僕がいち早く事件に気が付いたのは仲間に教えてもらったんだよ」

「へぇ、なんだか面白そう! わたしもぜひ参加させてください! これからもみんなと事件を解決していきたいもん!!」

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おしゃれハッカー 中村まきこ @Makiko_Book

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