第2話 保護者たちの暗闘~見下される者~

悪童たちが互いの母親をけなし合っている後方では、二人の母親が授業を参観していた。

「ケバイ」と評された肥田明美と「ブタ」とこき下ろされた鶴島麻希で、謎の美女を挟んで並んで授業を参観している。


だが、二人の仲は息子たちと違って親密というわけではなかった。


麻希は38歳の専業主婦で、公務員である夫との間の子供は長男である翔のみ。

その一人息子の翔の教育にかける熱意はなかなかのもので、幼少の頃から様々な習い事をさせ、現在も学習塾以外に英語教室とスイミングスクールへ通わせている。


また、子供の将来には友達の影響が大きいと考えていた麻希は、息子に付き合う人間を選ぶよう口ずっぱく言い聞かせてきた。

そんな彼女の鼻についたのが、何度か家に遊びに来たことがある肥田誠一だった。

しつけのなっていない子供で、家に来ると靴は脱ぎ散らかすわ、「おばさん何かおやつないの?」と図々しく自分に要求してくる悪ガキぶり。

だから何度も翔には「肥田君と遊んじゃダメ」と言い聞かせてきた。


親の顔が見てみたいとすら思っていたところ、毎回欠かさず参加している息子の授業参観で見かける顔の一人が母親の明美であることが分かった。

なるほどまさに「この親ありて、この子あり」を絵に描いたような女だった。

自分と同年代であることは見え見えなのに厚化粧とプラチナカラーに染めた髪、毎回年甲斐もなく一昔前のギャルギャルしい服装で授業参観に自分同様皆勤して来る明美に、元々激しい嫌悪感を持っていたのだ。


その嫌悪感は自分がまだ女子高校生だった90年代後半、学校内外でハバをきかせていた「コギャル」と呼ばれた同年代の少女たちに対して感じたものと同じだった。

どうやら明美はその成れの果てらしい。


安定した身分である公務員の夫と結婚してそこそこの家庭生活を送っているとはいえ、彼女は幼少の時から太目で寸胴の体形と平安時代の女官のような顔という自分の容姿にコンプレックスを持ち、それをまだ完全に克服してはいなかった。

そのコンプレックスを昔から激しく刺激するのが明美のような人種で、一緒にいるとバカにされた気分になる。

また、実際に明美は自分と目が合うと、いつも露骨に見下したような顔をしている気がしていた。

だから今回教室に入ったタイミングが悪く、ちょうどすぐ先に入っていた明美と隣り合う羽目になりかけたため、わざわざ間隔を開けて教室の後方で息子の授業を参観することにしたのだ。


だが、自分の直後に教室に入って来て、ちょうど自分が明けた明美との間隔に立った女性を見て麻希はあ然とした。

授業参観では初めて見るその女性は明美より遥かに若々しく洗練されており、モデル級のスタイルに信じられないほど顔立ちの整った美女、自分とは容姿の優劣というより生物の種が違うくらいだ。

こんなのに横に並ばれたら、自分のみすぼらしさが余計に目立ってしまう!

かといってまた間隔を開けるのもわざとらしいため、結局隣り合うことになってしまった麻希は余計にみじめな気持ちになっていた。

毎回息子の授業参観には出席しているが、今回ほど居心地悪く感じたことはない。


いや!今日は彼女たちとレベルの低い張り合いをするために来たのではない、息子の授業を見に来たのだ。


やがて授業が始まり、気を取り直した麻希は視線を授業中の息子に向けた。

しかし、当の息子は授業が始まっているのに斜め前の生徒と後ろを振り返りながら私語を交わしており、その相手は何度も遊ぶなと言ってきた明美のバカ息子の誠一ではないか!

しかも誠一は左隣の美女と自分とを交互に見た後、せせら笑ったような気がした。


思わずカッとなった麻希は、授業参観で保護者が犯してはならないタブーを犯す。

授業中にもかかわらず自分の息子に向かって大声を出したのだ。


「翔!真面目に授業を受けなさい!!」


授業を行う担任の声が一瞬停まり、子供たちも父兄も麻希の方を見た。

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