4.薬草ハンター影勝(2)

 森の中で影勝が木の実を拾っていた時分。旭川ダンジョンギルドには椎名母娘おやこがギルド長たる綾部を訪ねていた。要件は薬の原料と影勝のことについてだ。

 午前中のギルドに人影はまばらだ。探索者はダンジョンに入っており、用事があるのは休日にしている探索者くらいだ。椎名母娘はギルド一階受付にいた工藤に声をかける。


「おはようございます、椎名堂です。ギルド長の綾部さんをお願いしたんですけど」

「ダブル椎名さんいらっしゃいませー。ちょっとお待ちくださいねー」


 工藤はカウンターにある内線電話の受話器を取る。いくつかあるボタンの中でギルド長直行と書かれているボタンを押した。


「あ、工藤でーす。椎名堂さんがいらっしゃいましたー」


 工藤は向こうの返事を待たずガチャっと受話器を置いた。どうやら連絡のみでいいらしい。「三階の応接室にどーぞー」と工藤に言われ、椎名母娘は階段を上っていく。なおギルド内にエレベーターなるものは存在しない。敷地内に魔石型発電機を置くスペースがないためだ。

 三階は階段からまっすぐ廊下が伸びており、左右に扉がいくつも並ぶ。葵はその中の応接室と書かれた一番手前のドアをノックする。


「椎名堂です」

「どうぞ」


 綾部の返事を聞き、葵はドアを開けた。応接室は正面に大きな窓があり、防御壁とも呼べるコンクリートの壁の高さを超えた木々が見えていた。中には三人掛けのソファとローテーブルがあり、その向かいに一人用のソファがふたつ並んでいる。綾部は一人用のソファに腰かけていたが葵がドアを開けると同時に立ち上がった。


「葵さん、碧ちゃん、ご足労願って申し訳ない」

「いえいえ、わたしどもも用事がありましたし」

「お、お世話になってます」

「さて堅苦しい挨拶はここまでにして、本題はざっくばらんにいきたい」


 三人が着席する。碧は肩掛けのポシェットから耐熱水筒と湯呑を取り出し、薬草茶を入れ皆の前に置く。碧のポシェットは小さいながらもマジックバッグで、小学校の体育館程度の容量を誇る超高級品だ。亡くなった祖母がダンジョンで見つけたという曰く付きの逸品だ。ギルド長だから見せているのであって普段は別のマジックバッグをダミーとして持ち歩いている


「お茶はこちらが用意せねばいけないのだけども、ありがたくいただくよ」


 綾部は苦笑するが碧は「ど、どうぞ」と笑顔だ。三人は湯飲みに口をつけ、ふぅと息を吐く。


「あぁ、おいしいなぁ。おっと本題を。コホン、昨今の薬及びポーションの材料不足の件で、ギルドから特別依頼を出す方向でまとまったが、どこまで含むかの意見が欲しい。ポーション類の希望は錬金術師から聞き取りはしているので今日は薬師からの要望を聞きたい」


 綾部は二人の顔に視線を向ける。


「正直なところ、回復ポーションの納品も滞り始めてて、このままだと旭川のみならずポーションを輸送している他のダンジョンの探索者の生命にも影響しかねない状況だ。回復ポーションの原料であるヒール草を優先したいが、それだけではすみそうにない」


 綾部は額に手を当てた。目の下にクマもあり、疲労の色が濃い。碧は肩掛けポシェットから小さな瓶を取り出した。青く透明な液体が半ばまで封入されている。


「あ、あのギルド長さん、これ疲労回復スタミナ薬です」

「これはありがとう。椎名堂さんのスタミナ回復薬も切れていてね。失礼」


 綾部はその場で瓶のふたを開け一息に飲んだ。綾部の体が仄かに光り、温泉のような温かさがじんわりと胃のあたりから広がっていく。綾部は目を閉じ、静かに呼吸をした。


「あぁ、登別の温泉を思い出す。また行きたいな……ふぅ、だいぶ楽になった、ありがとう」

「ス、スタミナ薬は元気の前借でしかないから、ゆっくり休んでくださいね」

「あぁ、そうさせてもらうよ」


 綾部がふっと笑みをこぼすと碧もつられて笑顔になる。


「工藤ちゃんからも二日酔い防止の薬が欲しいってきてるわね。もちろん客商売の人からもね」

「あ、あの、風邪薬と腹痛止めもそろそろ危ないです」

「造血剤はまだ在庫があるけど、大けがした探索者が出る前に追加しておきたいところではあるけど」


 椎名母娘からは次々と不足が心配される薬の名前が出てくる。綾部は素早くメモしていく。


「二日酔い防止の薬は探索者も使うから、在庫がないのは由々しき事態だ」

「探索者だって羽目を外したい時はあるしねぇ」

「仲間を失って、酒に逃げるしかない時もある……」

「そうよねぇ……」


 綾部と葵は過去を思い出し沈痛な面持ちになる。もっとも日頃の飲みすぎは擁護できないが。


「ふむ、複数の薬の原料が不足しているならば、いっそ全種類の依頼を発したほうがいいかもしれないな。常時依頼にしていつでも買い取れるようだったら、探索ついでに持ち帰るものも増えるかもしれない」

「そ、その中でもソマリカの実とトキの実と草玉は、急ぎです。ふ、二日酔い防止とスタミナ回復薬の原料です」


 顎に手を当て方針を決めていく綾部に碧が最優先を伝える。優先順位があれば探索者も参考にするだろうという目論見だ。


「あいわかった、それは追記しておこう。これから文面を作成して探索者の端末にメッセージを入れるから、早くても明後日にはなってしまうが」

「わたしたちが取りにけないからそれは仕方ないねぇ」


 葵も職業が人物名でかつ生産職だった。必要な材料はギルドに依頼をして入手するのが主なのだ。

 葵がため息をついたところで薬に関しての打ち合わせは完了した。ここからは、葵と碧の用事の時間だ。


「さて薬についての話はここまでとして、実はギルド長にお聞きしたいことがあってね」

「ふむ、何でしょうか」


 聞きたいと言われ綾部は姿勢を正した。わざわざ断ったのだから余程なのだろうと予測した。


「イングヴァル・ジグリンド・リーステッドという名前をご存じですか?」


 葵がその名を発した瞬間、綾部の目が合大きく開かれた。


「……なぜ、その名前を?」

「昨日、碧を店まで送ってくれた探索者がいたんですけど」

「あぁ、。彼がそうだと?」

「えぇ、私にはそうので」


 葵がそう答えると綾部はソファの背もたれに身を任せた。


「私の職業が特殊名持ちだということはご存じだと思うが、その職業記憶の主はエルヴィーラ・イム・リーステッド。本人曰くリーステッド里に住んでいたイムという名の父親を持つ、エルフの娘のと」

「リーステッドって里の名前なのね。ていうかエルフって」


 葵と碧はほぇーという顔をした。ファンタジーの創作やゲームでしか聞かない名称だ。


「エルヴィーラは王に仕える教育係的な存在だったらしい。まぁこの記憶の女性が言うにはだが」

「その女性エルフさんがイングヴァル何某を知っている感じね」

「も、もしかしてお姉さんだったとか?」

「イングヴァル・ジグリンド・リーステッド。彼はエルヴィーラが仕えていた第七王子だそうだ」

「「王子!?」」


 王子と聞いた椎名母娘は驚きに声を上げた。王子など、世界の王国では実在するだろうが日本では劇の中か女子高くらいでしかお目にかかれない存在だ。それに里だと言ったのに王様がいるとは何事か。

 ちなみにジグリンドという部分が七番目の王子という意味だ。


「エルヴィーラ曰く、第七王子イングヴァルは重度の植物オタクで度し難いと。王位の継承権は最下位で、だからこそ自由に行動できていたらしく、たびたび里を抜け出して外界に行っては植物を探していたそうだ。最終的には外の世界の植物が見たいと里を出て行ったのだとか」

「放蕩息子ねぇ」

「フ、フリーダムな王子様ですね」


 綾部の説明に椎名母娘は引き気味だ。


「だが、彼の植物に対する知識は、もしかしたら使えるかもしれない」

「ダンジョンに生えている植物が記憶の主が知っている植物と同一だから、ですか?」

「ふむ、話が早いな。その通りだ」


 綾部は即答した葵に頷く。


「まぁ、わたしの記憶の主も同じだと認識しているようですし」

「わ、わたしの薬師としての知っている薬草は、探索者がダンジョンから持ち帰るものと、一緒です」


 椎名親子はどちらも職業が記憶の主謎の人物だ。この部屋には特殊な人物が三人もいることになる。

 彼女たちのように「ダンジョンに入った際に他者の記憶を引き継ぐ者は、日本では年に数人ほど出る。引退したものを含めれば数百人は存在するはずだ。国として把握はしているが人権もあり拘束するなどの強硬手段はとっていない。ダンジョン黎明期は束縛を強いたこともあったが、彼ら彼女らは探索者にとって有益であり、縛るよりもその技術を生かす方が結果として良いと判明している。他国のことは知らない。


「お、近江君に依頼をするの、ですか?」


 碧が不安そうな声を上げる。


「言いたいことはわかる。彼は探索者として活動をしたばかりでダンジョンでの経験もないだろう。無理を強いることはできない。が、彼には我々が知りえない植物の、いや薬草の知識があるはずだ。エルヴィーラもそう言っている。名前がわかれば植生地がわかる可能性がある」

「そうすればそこに探索者を派遣すればいいってことね」

「うむ。その植物の特徴なども知っているだろうし、そうすれば知識のない探索者でも見つけられるだろう」


 腕を組む綾部に、碧が小さく手を挙げる。


「そ、それだと近江君にメリットがないと、思う」

「そこは考慮しないといけないだろうな。探索者個人の知識はいわば財産だ。彼が三級探索者程度であったならば自分で採取に行き報酬を独占することも可能だからな」

「お、近江君はしないと、思うけど」

「ほう、碧ちゃんにそう言わせるとは」

「き、昨日、黙ってダンジョン一階の森に入っちゃったことが工藤さんにばれちゃって、お説教をもらってた。で、でも、儀一さんのお店で、牙イノシシのお肉のメンチをごちそうしてくれたから、ど、独占とかはしないと思う」


 碧の説明に綾部の目が光る。工藤もそうだが、蛮勇であると理解したのだ。


「……探索者に成りたてで森に入るとは無謀にも程があるな……いや、なるほど、彼なら可能のようだ。エルヴィーラの記憶ではイングヴァルは弓の達人であり、それに加え彼のスキルは世界でも唯一無二のものらしい。ここでいうのはフェアではないので口はつぐませてもらうが」


 どうやら綾部の中にいるエルヴィーラの記憶によって評価が正反対に振れたようだ。椎名母娘は「なんで?」と首をかしげたが個人情報でもあるので追及はしない。それに、近江の持つ知識があるのなら、必要な薬草類の入手が継続的に期待できる期待感のほうが強い。


「少し希望が見えてきたかもしれないが、彼の扱いには注意が必要だ」


 影勝のもつスキル【影のない男】を知っている綾部はそう結論付けた。

 綾部の職業【エルヴィーラ・イム・リーステッド】が持つスキルは【影を踏む女】というものだ。自分の周囲においてあらゆるものを感知できる、唯一無二なスキルで、森羅万象から感知されない【影のない男イングヴァル】を感知できる、この世で唯一の人物だった。

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