35 〜side 学園長〜

 四色の月が夜空を彩っている。

 

 あまり、気分のいいものではないなぁ……。

 夜風に靡くあごひげを触っていると、足音が聞こえてきた。

 

「学園長? こんな遅くに、どうされましたか?」

 

 ナユタ先生だった。

 表情が固いのはあいかわらずだが、今日はどこか疲れているように見える。まぁ、原因は大方、予想がついているのだけど。

 

「僕は、ヨウク君が戻ってくるまで暇だから、散歩でもと思ってね。ナユタ先生こそ、どうかしたのかい?」

 

「例の特殊個体の貪食竜の、素材を回収しておこうと思いまして」

 

 やっぱりか。

 仕事熱心なのは結構なのだがここに務める職員は皆、働きすぎな気がある。

 

「報告にあったやつだね。僕が回収に行くからナユタ先生は、今夜はもう休みなさい」

 

「いえ、そんな、悪いです」

 

「気にしなくていいよ。どうせ、ヨウク君が戻ってきて、報告を聞くまでは僕は起きていないといけないからね。暇つぶしだよ、暇つぶし」

 

「………………では、すみませんが、お言葉甘えて」

 

「うんうん。今日は、ヨッキだから、なるべく普段どおりに過ごすんだよ」

 

「ヨッキ、ですか?」

 

「橙、青、赤、緑の地水火風の月だけが出る夜の、古い呼び方さ」

 

「知りませんでした。不勉強で恥ずかしい限りです」

 

「そんなに、かしこまらないでいいよ。それに、僕もこれは友人に教えてもらった言葉でね。使ってみたかっただけだよ」

 

「そうですか」

 

 お、笑った。出会った頃より、幾分かは楽に笑えるようになっているようで安心した。子供たちとの触れ合いで、多少なり癒える傷もあったようだ。

 

「ヨッキの夜は、何かが起こるらしい。だから、なるべくいつも通りに、ね」

 

「はい、わかりました。お気遣い感謝します」

 

「うんうん。おやすみ」


 

 

 ナユタ先生と別れて、森の中に入る。

 生き物の息を潜める、息遣いに耳をそばだてながら、件の貪食竜のもとに向かった。

 なるべく歩くようにはしたいんだけど、あまり時間をかけても、今度はヨウク君が帰ってきてしまう。仕方がないので少しだけズルをして、距離を縮めて歩いた。そうそうこれはあくまでも、仕方なく、仕方なく。

 

 河原に近づくにつれて、生き物の息遣いがどんどんと薄くなっていくのを感じた。ただ、消えてはいない。 

 死んでいるというよりも、死を受け入れているような。

 

 どうやら、先客がいるらしい。

 

 せせらぎの音に、河原の石を踏みつける音を混ぜながら、ゆっくりと歩を進める。水場の近くだというのに、唇と喉がカラカラに乾いていくのが分かった。

 干からびた貪食竜の傍らで蠢く影。それは夜闇の中で尚、深い黒でそこだけ空間に穴が開いたようにすらおもえる。

 

「その貪食竜になにかようかな?」

 

「……いや、仕事を頼んだ奴が戻ってこないから様子を見にきただけだ」

 

「仕事を請け負った方は、どうなったのかな?」

 

「ご覧の通りさ」

 

 すぐさま組み上げていた、魔術を放った。

 

「『駆けろ』『箒星』」

 

 取り敢えず犯人っぽいのが確定したから縛り上げたけど、効果はあったらしい。

 

「……何だこれは?」

 

 首? を持たげて影くんは、自分の周りを駆け巡る光の輪を見ている。

 

「それは『拘束』という概念を付与する魔術だよ。君みたいな、不定形の魔物を捉えるときに、」

 

「聞き方が悪かった。おちょくっているのか? と聞いている」

 

 ッ!? 雰囲気が変わった!

 まずいな。

 すぐさま後ろに飛び退いて、新しい魔術を構築して発動。

 

「『廻りなさい』! 『黒星』!」

 

 光の輪が黒く染まり砕け散るのを、眺めて影くんはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「フンッ。やれば、できるではないか」

「いやぁ、褒めてくれて嬉しいよ」

 

 発動済みの魔術を後出しで完全に消し去られても、平然としている辺り戦い慣れてはいるらしい。

 

「さて、話す価値はありそうだ。凡百の外の者よ。自己紹介だ。我はアルという」

 

「これはどうも。僕は学園長だよ」

 

「そうか、ガクエンチョウよ。貴様、何故、我に手加減をしておる? 実力差が分かっていない訳でもあるまい?」

 

 ふむ、無知なフリもバレていたか。

 頭も切れるらしい。

 確かに、アル君は強い。

 今の僕よりも確実に。でも、

 

「今、寮の方では、多くの子供たちが寝ていてね。起こす訳にはいかないんだ」

 

 この学園には、多くの子供たちと職員がいる。

 彼らを守ることこそが、僕の役目。それを、投げ売ってでも、倒したい相手なんてもうこの世にはいない。

 さて、アル君はどう反応する。



 「舐めるな!」と怒る?

 

 「詰まらん」と言って帰る?


 「下らない」とあきれる?



「馬鹿!? それを、早く言わんか!」


「ば、馬鹿とは失礼な!」


 予想外の言葉に、咄嗟に反論してしまったが、気を悪くした様子もなくアル君は続ける。

 

「うるさい、馬鹿は馬鹿だ! ったく、子供がいて本気が出せないのであれば、致し方あるまい……もしかして、昼間もここに子供が?」

 

「あぁ、いたよ」

 

「なんということだ…………すまない。我の思慮が足らんかった」

 

 んん? 演技でも無く、本気で落ち込んでいる?

 もし手足があれば、そのまま頭を抱えていそうだね。

 

「君は、子供たちを狙った訳ではないのかい?」

 

「当たり前だ。新芽を摘んで楽しむ趣味は、我には無い。あぁ、あの、やけに面倒な結界は、そういうことか……」

 

 おぉっと、かなり予想外の答えが返ってきちゃったよ。そうかそうか。

 

「悪いことをしたな」

 

「君のことは、一応、教会に報告させて貰うけど、いいね?」

 

「構わん。ただ、子供達には伝えないほうがいい。怯えさせるのも気分が悪いからな」

 

 なんだろう? 子供のためにやること為すことが、すべて空回りする、凄く残念な父親を見ている気分になるねぇ。

 ただ、興味が湧いた。

 

「そういえば、僕の名前がまだだったね」

 

「む? ガクエンチョウではないのか?」

 

「それは役職。名前は、ガエン=ベルウッド。四天の一角、『占星魔術のガエン』と呼ばれているよ」

 

「そうか、ガエンよ。我の不手際、再度、詫びよう。ただ、今の我にできることはそう多くない。この借りはいずれ」

 

「うん。気長に待つとするよ」

 

 アル君は森のほうを向くと、声をかけた。

 

「もう、話しは終わった! 我は帰る故、出てきて良いぞ!」

 

 少し張り上げた声は、森の中に身を隠していた彼女に向けられたものだろう。やっぱり、気付いいたか。

 

「盗み聞きというのもまた、知恵の絞り方の一つよ。怒ってはいないと、隠れている者に伝えてくれ」

 

「分かったよ」

 

「それでは、ガエン。久方ぶりの会話、実に楽しかったぞ」

 

 そう言い残すと、影の塊のような体はべシャリと地面に染みとなって広がり、その染みも河原の石の隙間に溶けるように消えていった。

 

「もう、出てきていいって」

 

 森の方に声を掛けると、すぐにガサガサと彼女が出てきた。

 

「なん、なの、あれ……?」

 

 いつもはバッチリ決まっているメイクと髪が、酷く汗で乱れている。急いで戻ったから、というわけではないだろう。

 

「分からない、ただ、友人にはなれそうかな」

 

 ヨウク君に、タオルを渡しながら言う。

 

「ありがとうございます。でも、教会に言うんでしょ?」

 

「まぁね。一応、そういう決まりだからね」

 

 未知の魔物を発見した際は、教会に報告して、教会から冒険者ギルドに調査の依頼が行くことになっている。コレにより、資金はすべて教会持ちになり、発見者の身の安全は担保される。

 ただ、あまり昨今の教会に良い印象が無いというのも、また事実だった。

 

「ヨウク君も疲れたろ? 報告はここでしてくれて構わないよ」

 

「あら、ありがとうございます。野生の聖女様は、まだ、もう少し、考えたいらしいわ。それに治療も難航してるみたいよ」

 

「そうか。まぁ、コレばっかりは本人の判断に委ねるしか無いからなぁ」

 

「そうね~。学園長は、なぜこちらに?」

 

「ナユタ君の代わりに、この貪食竜を回収にね」

 

「……………………えぇ!? ナユタちゃんが、自分の仕事を他人に任せたの!?」

 

 やっぱり、驚くかよね。

 

「いい変化だと、僕は思っているけど、ヨウク君はどうかな?」

 

「えぇ、私も」

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