24

 一夜明けて、二日目。

 

 夜の警戒と焚火の管理は、寝る必要のない俺が行った。その甲斐あってか、ルルは疲れを見せることなく起きてきた。

 

「ふぁ~ぁぁ。ゾンさん、おはよう、ございます」

 

(おはよう、ルル)

 

 まだ眠そうだが、顔色は悪くない。日も昇り始めたばかりで、まだ薄暗いから無理もないだろう。

 水筒から出した水で布巾を濡らすルルを見守りながら、携帯食を取り出しておく。顔を拭き終えるころには完全に目が覚めたようで、小冊子を開いて今日の予定を確認していた。

 

(ほら……それだけだと、飽きないか?)

 

「味を気にするようなものではないので、飽きるとかはないですね」

 

 俺は食べられないが、見るからにパサパサしているし、普段の美味しそうに食事をするルル見ている分、作業的な食事風景によろしくないものを感じてしまう。

 今日の課題中に、食べられそうな果物でもさがしてみようか?

 

「ゾンさん、今日の課題なんですけど」

 

 俺の考えをよそに、ルルは今日の課題について説明してくれた。

 

(討、伐……)

 

「はい。角ウサギの討伐と、その討伐証明部位として角をはぎ取る必要があります」

 

 ルルは大丈夫なのだろうか。

 顔を見れば、決意の固まった表情をしていた。

 

「ゾンさん、お願いします」

 

(……あぁ。まかせろ)

 

 そうだ。これでいい。俺がやる。だから、ルルはやらなくていい。

 

(角ウサギっていうのは、どんな魔物なんだ?)

 

「名前の通り、角の生えたウサギです。周囲の気配を探るのは通常のウサギ同様に聴覚を使います」

 

(見つけるアテは?)

 

「足跡を見つけてそれを辿ることになると思います。そして、このあとすぐに探し始めます。みんなが動き出してからだと、奪い合いになるかもしれないので」

 

 何を言いたいのかは分かる。

 昨日のような木の実であれば、見つけ次第、採取すればいい。だが、今日のような獲物を追う場合は、見つけて、追って、戦闘して、勝利する必要がある。角ウサギを見つけられずに、焦っている他生徒に横取りされる可能性は非常に高い。

 

「今はまだ暗いです。そのため、ゾンさんの暗闇でも見える目が頼りになります」

 

(おう。まかせとけ)

 

 その後、角ウサギの足跡や、歩幅の特徴などを教わってから、野営地の片付けに取り掛かる。俺がテントを畳んでいる間に、ルルが焚火の処理をした。


  

 まだ、薄暗い森の中を歩く。昨日は完全に日が昇りきってからのスタートで、明るいうちに野営の準備も完了したので、暗い森を歩くのはこれが始めてになる。

 昼間と変わらない視界で周囲の確認ができる俺が前を歩き、そのぴったり後ろをルルが歩く。こまめに背後に気を回すようにしているが、ルルの方は問題は無さそうだ。

 

 昨日も思ったのだが、なんというかルルは森の中を歩きなれている。木の根に脚を取られたりしないし、手で枝を払いながら歩く姿が随分、様になっている。引きこもってばかりだと思っていたので意外だった。

 

 (……あった)

 

 足跡はすぐに見つかった。後ろを振り向くと、ルルがコクンと頷く。

 近くにいるかもしれないので、声を出せないのだろう。

 さっき教えてもらった知識に照らし合わせれば、歩幅が広く、走っていたことが見て取れる。

 ゆっくりと歩みを進めて、足跡をたどっていくと、茂みから一つの影が飛び出した。

 

「追ってください!」

 

 言われる前に俺は走り始めていた。

 背後からルルの声が聞こえてきた。

 

「『符術:加速付与』!」

 

 背中が微かに温かくなると、景色の流れる速度が速くなり、みるみる間に角ウサギに追いついた。

 その勢いのまま、蹴り飛ばす。

 

「PIGYUU⁉」

 

 吹き飛んだ角ウサギが地面にたたきつけられたのを、地面に押さえつけた。そして首めがけて、手刀を振り下ろした。

 動かなくなった角ウサギの耳を掴んで、ルルの元に急いで戻る。そこまで離れたつもりはないが、森の中で一人にするのはかなり不安だ。

 

「お疲れ様です……黒角ウサギですね」

 

(あら、違うやつだったか?)

 

「いえ、体毛の色が違うだけで、角ウサギであることに変わりないので問題ありません。解体は、わたしが」

 

(……その、大丈夫か?)

 

 つい、曖昧な聞き方になってしまった。

 だがルルには伝わったようで、最近は減ってきていた、無理な笑顔を見せてくる。

 

「これくらいはしないと、ですから」

 

(そうか……)

 

 解体を始めたルルを背にして、森に意識を向けた。

 少しずつ明るみ始めていた空は、太陽が本格始動を始めたようで、耳を澄ませば生き物の息吹も感じられる。

 

「ん? おかしい……」

 

 そんな静寂の綻びの中で、ルルの不安げな声はよく響いた。

 

(どうかしたのか?)

 

「傷が凄く少ないんです」

 

(まぁ、一撃で仕留めたからな)

 

「それもあるのですが……うーん」

 

 何か、引っかかることがある様子で、ルルは解体を進めた。肉、骨、毛皮、そして目当ての角に別れた角ウサギ。

 肉は一部残し、それ以外は骨と一緒に埋める。皮と角はリュックに詰めた。

 

 その後、少し移動して川を見つけたので、辺の流木に腰掛けた。

 

(それで、何がそんなに気になったんだ?)

 

 少し悩む素振りを見せてから、ルルが話し始めた。

 

「わたし最初あの角ウサギは夜の間に、別の魔物に襲われて命からがら逃げ切った個体だと思ったんです」

 

 内容をまとめると、次のようになる。

 

 角ウサギは本来、昼行性であり、日の出前の時間帯は活動していない。だから、うまく行けば寝ているところを仕留められると思っていた。

 だが、実際は起きている角ウサギに出会った。

 

「運が良かったんだけだとも思ったんですけど、傷がないっていうのが、どうしても気になるんですよね」

 

 たしかに、ルルの言っていることを聞く限り、俺もおかしいように思えた。

 状況的に襲われていたはずなのに、無傷の魔物。たまたま無傷で逃げおおせたのかもしれないが、追いかけていた感触では、体力も消耗していないようだった。

 

(治癒の魔術……か?)

 

 俺が知る限り、魔術で治癒を行えるのはヨウクさんだけだ。

 

「分かりません。傷を治すだけなら魔術以外にも、スキル、薬、特殊個体の持つ固有の能力なんかもあります。警戒は、しておいたほうがいいかもしれません」

 

 真剣な眼差しで、俺の目を見張るルルに、頷いた。

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