17

 三人で協力して片付けを手早く終わらせたあと、俺とルルは食堂に急いだ。そう、ここでも俺は仲間外れにされました、と。

 食堂が閉まるまではかなり余裕はあるが、今日はルルは昼も抜いているのだ。いますぐにでも、飯を食べさせないと。


「ゾ、ゾンさん、ん、ん、もっとゆっくりぃぃぃ」


(喋ると、舌噛むぞ!)


 小脇に抱えたルルが文句を言っている。すまない。でも、これはルルのためなんだ!

 ピーク時を過ぎて、人の多さも落ち着いた食堂に駆けこんだ。


「ゾンさん! ゾンさん! 降ろして! 降ろして!」


 いつになく必死なルルを慌てて地面に降ろす。さすがに、小脇に抱えるのは乙女のプライドを傷つけたらしい。膨れている頬をみて、少しだけ反省。

 しかし、今は食い気が勝っているようで、食事をとり終わって席に着くころには機嫌は直っていた。


(毛皮とかを売った金は、どうするんだ?)


 モムモムと動いていたルルの頬がしばし止まってから、再び動いて、喉が動く。


「欲しいものがあるので、それを買おうかなと」


(欲しいもの?)


 服だろうか? それとも糧食?


「今は、まだ内緒です」


(そっか)


「……気にはならないんですか?」


(ん? 後で教えてくれるんだろ?)


 だったら、わざわざ今、聞かなくてもいい。

 しかし、俺の答えが不満だったようで、またしても膨れてしまった。もしかして今のって、ルルなりの、小脇に抱えたことに対するより俺への仕返しのつもりだったのだろうか?


(あ、あぁ~、すごく気になるな〜。ルルぅ〜教えてくれよ〜)


「……しょうがないですね」


 こほんっ、と小さく咳ばらいをしてから、教えてくれた。

 これで機嫌を直すのか……楽でいいんだけど、それはそれで不安になる。


「術符を作ろうと思うんです」


(術符?)


 ルルの説明によると、術符というのは、魔力を込めるだけで魔術を行使できる道具らしい。使い捨てだが、その分、知識と道具さえあれば作ることはできるらしい。


「作る時に使う魔石インクと魔力紙に含まれる魔力が、発動に必要な魔力になるので、わたしみたいな魔力が少ない人でも使うことができるんです」


(へー、それって結構、使ってる人いるのか?)


 今日、模擬戦をしている生徒はみんな、手や杖から魔術を放っていた。

 あまり使われていないのには、それなりの理由もありそうなものだけど。


「元は、極東のとある島国で発展した技術らしいので、こっちではまだまだマイナーなんです。それに、魔術師にとって使える魔術の数はそのまま実力を示す指標になるので、術符をつくる時間があれば修練に時間を注ぐのが一般的ですね」


 そういうことね。

 でも、ルルの場合は端から使える魔術が皆無に等しいようなので、術符という手段に飛びつくのは正しい選択のように思える。


(それでルルはどんな術符が作れるんだ?)


「材料費がなくて、作ったことがないんですよね」


(……そっか、楽しみだな)


「はい!」


 ルルは満面の笑身を浮かべてから、食事を再開した。

 今日の授業で、ナユタ先生が模擬戦前に言った言葉を思い出す。


 『それではそれぞれ模擬戦を開始してください。普段と同じように、あくまで模擬戦です』


 普段と同じようにということは、今までも模擬戦は執り行われてきたのだろう。

 そのとき、ルルはどうしていたのだろうか?

 魔術も使えない、武器が使えたり、体術に秀でている訳でもないルルに、あの魔術を放っている生徒たちに一人で立ち向かえる手段があるはずもない。手も足も出ずに、やられていたのだろう。

 そして、あの女、ナユタ先生は、負けるからという理由で模擬戦の見学を赦すような性格には到底思えない。

 だから、ヨウクさんもルルのことを知っていた。頻繁に、ヨウクさんの回復魔術のお世話になっていたから。

 机の下で、手の平に指がめり込むのも厭わずに、拳を握る。

 悔しいかっただろう。

 もう、二度と、そんな思いはさせない。

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