16

 模擬戦が終わるなり、どこかぼーっとしてしまったルルを一旦座らせて、背中をさすっていると聞き覚えのある声が話しかけてきた。


「お疲れ様」


 そう言って、ヨウクさんが『キュア』をルルに向かって放った。リドウさんにしたような奴だ。


「げっががが、ぐぅ、がぐぁぁぐぇ⁉」(ルルはどかこ怪我をしているんですか⁉)


「何を言っているのか分からないわ。大丈夫? どこか痛いところとかあるかしら?」


「いえ、無いです。ただ、少し、頭がぼーっとして」


「ふふふ、初めての野生の魔物との戦闘だったから、緊張したのね。いずれ慣れるわよ」


 よ、よかった~。怪我はないらしい。

 他の生徒も怪我がないか確認してくると言って、ヨウクさんは去った。


「ゾンさんは、強いんですね」


(強い、のかな? 昼休みに、手も足も出ずにひき肉にされたばかりだから、正直、実感ない)


「強いですよ。間違いなく」


(そうか、強いか。へへへ)


 ルルに強いと言われて、悪い気はしない。

 しかし、そんな俺とは正反対にルルは浮かない表情をしている。


「わたしも、なにか役に立てればよかったんですけど、なにもできませんでした」


(石をわたしてくれただろ? あれは、いつも持っているのか?)


「いえ。ゾンさんなら、使えるかなって思って今日拾いました」


(じゃあ、狙い通りだったな)


「はい、でもまさか一発で当てるなんて思てませんでしたよ」


(なんか、やろうとおもったらできた)


 あの感覚はそうとしか言いようがない。

 成功するように投げているのだから、成功して当たり前なんだけど。


「ゾンさんは天才肌ですね」


(文字は読めないけどな)


 おそらくだが、俺はルルが言うような天才ではない。

 ゴブリンに分かることが分からないし、おそらくだがゴブリンでも石を投げるくらいならできるだろう。


「それも、一緒に覚えましょうね」


(お、おう)


 悪いが、ルルよ。俺は一生あの文字は読める気がしないんだ。

 でも、それでルルの気が済むのなら、精一杯付き合う所存だ。




「それでは、本日の授業はここまでとします。各々課題を意識できたと思いますので、それを忘れることがないように」


「「「「「「「「「「「「「はいっ」」」」」」」」」」」」」


 その号令で今日の授業は締めくくられた。全員の模擬戦が終わったくらいには、ルルも多少なり回復したようで、お腹が空いたと笑っていた。そういえば、昼も食べていなかったな。

 わらわらと解散してい生徒に混ざり、食堂に向かおうとしたら、ナユタ先生に呼び止められた。


「ルルさんはこちらに」


 呼ばれて行ってみれば、足元には二匹分の狼の死体があった。どちらも頭だけがグロテスクになっている。まぁ、俺がしたんだけど。


「魔物の素材は、原則、倒した人物に所有権が認められます。好きにしていいですよ」


「えぇと……」


 素材か。素材って言われても、解体の仕方も分からないしな。

 それはルルも同じのようで、やや困惑気味の表情を浮かべている。


「ねぇ、ルルちゃん」


 うわぁっ! びっくりした!

 俺が、いつの間にか背後に立っていたヨウクさんに驚いていると、ルルがサッと襟首を守るように手を回したのが見えた。学習したらしい。悪かったって。


「解体して、売ってみるのはどう?」


「売る、ですか?」


「そう。買取に出すの。今週末、冒険者ギルドに顔を出すから、その時に打って来て上げる」


「ヨウク先生、あまり特別扱いは」


「だからって、腐らせるのはだめでしょう? 命に失礼よ」


「それは、そうですが」


 言い負かされている。あの、鬼畜人間ナユタ先生が。衝撃的な光景を前に、俺が呆然としている間にも、話は進んでいく。


「じゃあ、決まりね。ルルちゃんとゾンちゃん、こっちにいらっしゃい。日暮れが近いから、急ぎ足になるけど、解体のやり方を教えてあげる」


「は、はい!」


 狼の死体を俺とヨウクさんで抱えて、向かった先は魔物厩舎だった。


「リドウさーん。まだ、いるかしらー」


 灯りの消えた受付に、ヨウクさんが声をかける。さすがに、もういないのでは?

 そう思った矢先に、受付の灯りがパッと点いた。


「おう、なんでぇ」


 明らかに、今から帰るところであっただろうリドウさんが出てきた。昼間の服装に、上からコートのようなローブを羽織っている。


「ルルちゃんたちが、仕留めた魔物の解体したいの」


「へぇー、そりゃめでてぇ。ちょっとまってな」


 いいんだ。なんか悪いことをした気分。


「あの、ヨウク先生、その大丈夫なんでしょうか?」


「ん? あぁ、肉の方は時間が経っちゃったから捨てるけど、皮と牙はまだ大丈夫なはず」


 たぶん、ルルはそう言う事が聞きたかったわけじゃない。しかし、それを訂正する前に、リドウさんが戻ってきて、受付の裏手に呼ばれる。昼間、俺がひき肉になったところだ。

 地面をよく見ても、俺の体液が染みになったりもしていない。


「じゃあ、さっそくやりましょうか?」


 そう言って、ヨウクさんによる魔物の解体講座が始まった。

 明らかにルルの手には余る、解体用ナイフを俺が代わりに受け取ろうとしたら、ルルにやらせるように言われてしまったので、ハラハラしながら見守ることになった。

 しかし、以外なことに作業は特に危なげなく進んだ。


「わたし、こういうのは得意なんですよね」


 そう、頬に着いた血を拭いながらルルが言った。存外、ワイルドな性格なんだな。

 ただ力はやはり足りないらしく、肉と皮の間に刃を滑らせるために、強く引っ張る際はヨウクさんに手伝ってもらっていた。


「やっぱり、ルルちゃんは器用ね~」


 リドウさんの持ってきた水の入った桶で剥いだ皮を洗いながら、ヨウクさんが言う。それを聞いて、ルルの顔も嬉しそうにしているが、だいぶ薄暗くなってきたので俺以外には見えていないのだろう。

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