第11話 エルフの心

 専門学校に通い始めて3ヶ月。ゲーム作成の勉強は忙しいけど、週末は翠と一緒の時間と決めていた。


 彼女は、僕が籠って勉強ばかりしてるからと、暑くても雨が降っても外に連れ出してくれる。


「雨の日の紫陽花が綺麗よ」と、今日も雨降る街に繰り出した。2人なら雨でも楽しめるんだね。


 彼女は、白い大きめの麻のシャツを第一ボタンを空けて着て、ゆったりしたジーンズを履いていた。湿気でシャツが肌に張り付き、下着が薄っすら見えていた。周りの人から、見えないかな? 見られてると感じたらきっと激怒するだろう。


 髪が貼り付くのが気持ち悪い、と髪を後ろに縛っていた。縛った姿は19歳とは思えなくて大人びている。


 横から見ると肩から頸が露わになって色っぽかった。ボタンをもう一個外せばブラ見えそうw外さないかな……


 霧雨が降り、歩き回ることは難しそうで駅近くの喫茶店に入る。


 窓際の席に並んで座り、珈琲を注文する。


「翠、今日はちょっと元気ないね」


「うん、ちょっと家族とね……」


 いつも楽しそうに話す彼女が、今日は少し笑顔が少ない。


 彼女の印象は、付き合った前後で全く違っていた。付き合う前は凛々しく冷静で、どちらかと言うと冷たい。友達と話している時も大笑いすることはなく、微笑んでいた。佐藤君と飯島君を振った時は、静かに怒っていて近づけない雰囲気があった。


 付き合ってからの印象は、良くしゃべるし、目をキをラキラさせながら話を聞いてくれる。凄く表情豊かで温かいんだ。一番意外だったのは凄く甘えてくる。僕の膝枕が大好きで、ソファに座った僕に寝転がってくる。その時に僕の腕を取って自分の胸に当てている。それが落ち着くらしい。僕は興奮するけど。


 外に見せる自分と、僕に見せる自分を上手く使い分けているのかもしれない。


「今日はなんだか落ち込んでるように見えるけど……」

「うん……」


 彼女の家族の話をすることは少ない。周りの大人たちは「柊さん家の翠ちゃん」と必ず親に気を遣った対応をされていたらしい。私じゃなく後ろにいる両親を見ていると話していた。


 きっと時が来たら話してくれるだろう。彼女だって言いたくないことの1つや2つあるよ。


 2人並んで雨降る外を見ていた。ガラスを伝う雨水の流れは、ずっと見ていられる。


「珈琲2つお待たせしました」


 テーブルに、湯気の立ったマグカップが2つ並べられた。



 ──────



 珈琲の香りは昔から好きだった。お父さんが家に居る時は珈琲の香りがしていた。その香りが小さい頃を思い出させる。


 私はお父さんを嫌いなわけじゃない。でも私に凄く厳しかった。男の兄弟がいなくて、私が長女だからかな。


 お父さんは会社の為に24時間働いていた。家にはほとんど帰らずに会社にいる。


「お父さんはね、良く言えば、私たち家族のために一生懸命なのよ」


「小さい頃にお父さんと遊ばなかったの?」


 私は家の話をしないから気になるのだろう。


 小さい頃から遊んでもらった記憶はない。参観日も卒業式も毎回お母さんだけ。


「遊ぶどころか、高校の時に話したのは数回かな」


 私に厳しくて、成績上位じゃないと許さなかった。小学校は毎日塾通いで、帰るのは10時くらい。学習塾以外にも土日は書道とピアノを習わされて遊ぶ時間はなかった。


「土日もなんて。そんなに習い事させられて大変だったね。でも何で?」


 私を真剣に見る眼。見つめられると心がときめく。


「簡単に言えば将来有望な社長の息子と結婚させるため」


「え! 結婚させるため!」


 本当に驚いていた。不安そうな顔をしているけど私は彼以外の人と結婚なんて考えられない。


「私の将来のためじゃなくて、会社の道具に使おうとしてたの。跡取りがいないから、どこかの御曹司と結婚させるって言っていたのを盗み聞きしてね。その時お母さんは怒っていたな~。翠を道具にするな! って」


 話を聞くことに集中してマグカップを持ったまま固まっている。


「小学校6年の時に、私は何のために生きてるんだろうって思った。周りの友達は外で遊んだりゲームしたり、恋バナしたり。私にはそう言う普通の女の子になりたかったの」


「普通の女の子……」と言って珈琲を一口含みテーブルに置いた。


「だらか中学に上がるとき「習い事全て辞めたい」って言ったの」


「いきなり全部辞めるなんて許さないんじゃない?」


「辞めるの本当に大変だったんだから」


 お父さんは絶対にダメって。でも成績は学年で一番だったし、先生からの評価もすごく良かった。


「私が説得したと言うより、お母さんが突き通した感じかな」


 その代わり部活に入ることと、帰ってから寝るまでの間、勉強することを条件にされて。


「部活に入ること?」


「うん。小学校の時は徒競走でずっとビリだったの」


「え! 全く想像できないね。高校の授業でも余裕で走ってたのに」


 高校の時は走ることに自信があったから、怪我をした後でも誰にも負けなかった。


「あの時は本当に余裕だったよw」


 小さい時は体が弱く、休みがちで、お母さんが心配してた。運動不足か、体が弱いのか。


「お母さんは私の意思を尊重してくれたのよ。でも運動部に入りなさいって」


「じゃあ何で陸上部に?」


「テニスはラケットが重い。バレーボールは団体競技だから無理。それで1人で出来る陸上部に入ったの」


 もちろん始めは最下位。校庭を半周走っただけでも息が切れして歩いて、トップとは周回遅れでゴールしていた。


「でもね、毎日走ってると、少しずつタイムが縮まるのがうれしくて」


「結果が出てると嬉しいからね」


 中1の秋のマラソン大会でビリじゃなくなってから、自分に自信が持てるようになった。2年の時には学校の大会で1位になっていた。


「その時みんなが”私を認めてくれた”って感じたの。私の実力が唯一発揮できるのが陸上だって」


 それでも部活から帰った後は10時まで勉強していた。お父さんが見てるわけじゃなかったからサボれたんだけど。


「成績を落とさないことが条件だったからね」


「その時の成績は学年で何位だったの?」


「1位よ」と親指を立てる。


 1位より成績を落とさないって、1位しかないから必死で勉強してた。


「お父さんに対する約束もあるけど、お母さんが説得してくれたから絶対に成績は落とせないって」


 一息ついてコーヒーを飲む。高校生の時は美味しく感じなかったけど、苦味と後味が美味しい。


「高校の地区大会に1年生の時に出たら 3位に入ったんだ」と親指と人差し指と中指で3本立てる。


「1年の時に県で3位! 凄いね!」


 その時に陸上競技場に他校の生徒がたくさん来てて、走る姿をみんが見てくれて心底嬉しかった。


 マグカップを口に近づけると全部飲んでいることに気付いてコースターに戻した。


「もう一杯飲む?」と彼が気を遣ってくれる。


「そうね、新も?」


「うん、飲もうかな」と言って手を挙げてウエイターを呼んでくれる。彼が飲み終わっていたことに気が付かなかった。私の話を中断させずに聴いてくれてたんだ。彼の気遣いは、私に安心感を与えてくれる。


「私の走りを見て! って私凄いでしょ! って思いながら走ってたんだ」


 満面の笑みで可愛くっガッツポーズをとる。


「みんなに見てもらう事が好きだったんだね」


「だって私を認めてくれたから。アドレナリン出てたな~」


「じゃぁ、何か認めてもらえることがあれば、見られる事も好きになるのかな?」


「どうだろう……好きになるかも……ね」


 新しい珈琲が運ばれてきて一口飲んだ。


 その大会で自信がついた。私が唯一活躍できるのが陸上。それからどんどんタイムが縮まって、高校の先生からは全国に行けると言われた。


「でも高校2年生になってすぐ足捻ったんだ」と笑顔で話すと、彼は寂しそうな目を向ける。


 私を気遣っているのが分かる。私に心を寄せてくれてる。自分より私を優先するから、私も彼の事を先に考えるように気を付けている。


「1年の時は違うクラスだったから知らなかった」


 その後の大会に無理やり出場したけど、最下位どころか、走り切れずに途中棄権。その直後に先生に言って陸上を辞めた。


「何で怪我したかわかる? 家で猫踏みそうになって、避けたら足ひねって階段転げ落ちたw身体中、打撲でアザだらけ」


「翠の白い肌がアザだらけなんて信じられない」


「凄かったよ! ゾンビみたいだったw」


 もちろん回復したけど、唯一の陸上が出来ない。その時に心が折れちゃった。だから辞めた。


 でも、みんなに期待されてるの分かってたから気丈に振る舞っている。本当は泣きたかったし悔しさを愚痴りたかった。


 そんな気持ちのまま3年生になると、人の嫌な部分ばっかり見るようになってた。でも私を見る目は、凛とした可愛い、勉強のできる真面目な女の子。その頃に飯島くんと佐藤くんに告白された。


「酷い言い方しちゃったな……」


「どっちもみんなの前だったしねwあの時の翠は2人を一蹴してたね」


「本当に嫌だったんだから。だって卑怯じゃない? 俺が告白するから誰も手を出すな! とか、全校生徒の前で、勝ったら僕と付き合ってくれ! なんて言われるんだよw」


「そんな時、優柔不断で欠弾力のない人が演劇の主役に選ばれたの。絶対やりたくないのにw」


彼は苦笑いで私を見ている。


「ははwそうだったね」


「何でやりたくないって言わないんだ! って思った。自分の意見を伝えればいいのに! って」


「まさか怒られるとは思わなかったよw」


「新にそれを言った後に気付いたんだ、それは私自身に言った言葉だって」


「あの時は嫌われたって思った」


「ふふw応援しなきゃって思ったわ。新が自分の意見を言えたら、私も言えるようになるのかなって」


 それから、彼を応援することが自分を応援することになっていた。


「でも新の方が前向きで将来の夢を持ってて、私よりずっと前にいる人なんだって感じたの。劇の内容だけじゃなく予算まで考えてたし、私以上に広く視野を持ってる」


「ははwありがとう」


 私にできる事は、新を支えて劇を成功させることだ! そう思って、支えていこうって思ってたら、さらに提案をしてきた。


「私の写真とチラシ」


「あの提案は嫌がるだろうなって思ってた。でも言わなきゃって。翠のためには絶対必要だって」


 あの時は、嫌な気持ちよりも、彼は私の事が好きなの? って思ったんだ。


「恥ずかしい思いもあったんだけど、嬉しかったんだよ、「美しくて、輝いてたから」って言われて」


 目を見ながら話していたけど、自分の気持ちが恥ずかしくて珈琲を眺めた。


「本当に思ってたんだ。みんなの中心にいる翠を、もっとに輝かせるにはどうしたらいいかって」


 その時”一緒にいるとドキドキする”って感じたんだ。私は恋をしてるのかもって。


 夏休みで会えなくなると、好きな気持ちが大きくなって、会えないことが苦しくなった。写真の印刷終わるのはいつかな? 会える日はいつかな? ってずっと考えてた。


「8月2日に電話が来て、いつがいい? って聞かれて”明日まで待てない! ”って当日にしたのよw会う約束した時は部屋でジャンプして喜んだんだからw」


「そうなのw全然そんな雰囲気なかったw」


 あの日はお母さんに”学校に演劇の練習行ってきます”って言ったら「暑いからフルーツ持っていきなさい」ってクーラーボックスを用意してくれた。多めのフルーツと2本のフォーク。普段から新のこと話していたから、お母さんは気付いてたのかもしれない。


 あの日の夕方、彼なら”私を受け入れてくれる”って思って悩んでた事を話した。実際に受け入れてくれたし、私に寄り添ってるのがわかった。


「本当は夕日を見て寄りかかった時に、告白しようと思ったの」


「え? ええぇ!」


「ふふw上山のせいで付き合うの半年も遅れたねw」


「か、上山……許すまじ」本当に悔しそう顔してるw。


 毎日楽しかった。挨拶するのだってドキドキで、授業中も後ろが気になって。話したかったけど、周りに友達来ちゃうし。だから放課後早く来ないかな〜なって。


「学園祭か終わったとき凄く寂しかったな。2度と一緒に過ごせないんだって」


「うん、僕も学園祭の後はすごく寂しくて大泣きしたんだ」


「私もwって、あ! あの時! 佐藤君に言ったでしょ! 私と付き合わないって!」


「え? ……あ!」


「電話切った後、涙が溢れて大泣きしたんだから!」


 あの時も告白しようとしたら佐藤君が「お前らお似合いだぞ!」って言ってくれたのに。新が断ってしまった。


 その後も、学校でも話そうとしたけど、緊張して話せなかった。何を話そう、って思っても何も出てこなくて。


「新も話しかけてこないし」


「僕は怖かったんだ。僕に興味ないだろうって。告白して振られたらどうしようって」


「お互いに同じこと考えてたんだね。私も振られるのが怖くて、でも話したくていつも携帯握ってた」


「僕もw」


「その後も新君から連絡ないから、我慢できずに何度も電話しちゃったね」


「僕は何回も同じ話をしてた。ごめんね」


「ううん。何回聴いても凄く嬉しかったよ。夢を語る新は本当に素敵。今もね♡」


 お互いに珈琲を飲み干し、雨の当たるガラスを眺めていた。横に座り彼の膝に手を置いて、素敵な休日を楽しんでいる。



 ──────



 翠と雨のデートは楽しかった。会話も楽しいけど、喫茶店の雰囲気や雨樋を落ちる雫を見るのも風情があって良かった。


 高校時代は家にいることが至高の楽しみだったけど、彼女と付き合ってからは外を歩くことも、雨の日の喫茶店も楽しめる。僕の視野を広げて成長させてくれる。僕も彼女の成長の役に立ちたい。


 まさか彼女が人前で目立ちたいって思っていたのが意外だった。顔や体の事を言うと怒るけど、本当に可愛い顔と美しい肌を持っているんだ。今だって”僕の彼女は綺麗なんだぞ”って自慢したいって思ってる。


 理学療法士になったら”私を見て! ”って思うのかな。それ以外に、彼女が見られて喜ぶことはあるのかな。色々考えてみよう。


 そう言えば”ちょっと家族とね“と言ってたけど、何があったか聞きそびれた。


 今日は土曜日。今日も僕の家に泊まっていく。初めてエッチした時は痛々しくて堪らなかったけど、最近は痛がることはない。でも気持ちよさそうだけど、中でイクことはまだない。僕の知識と経験が足りないから。


 せっかくエッチするんだから、気持ち良くなってほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る