第7話 ガレージに隠された秘密



 “夢幻のラビリンス”からの帰還は、妖精の持っていた『魔法の巻き糸』がとっても役に立った。迷う事無く突入口に戻れて、ストレスなく退出の運びに。

 そして執事たちの歓待を受けての、今回の探索報告をする流れに。そんな祖父の執務室には、今から探索を始めるのか高校生くらいの従姉妹が2人待機していた。


 どうやら他の孫たちも、くじける事無く祖父の遺言に従っている模様だ。それに関しては、朔也さくやは何も言うべき立場では無いので頑張れとしか思わない。

 記憶を必死に辿ると、その女性は華恋かれん叔母の長女と次女だった気がする。2人とも美人だがやや気の強そうな顔付きで、探索着も見事に着こなしている。


 向こうも確実に朔也に気付いた筈だが、取り立ててリアクションは無し。好奇の視線を投げてよこしただけで、若い執事からの注意事項に聞き入っている風だ。

 探索前の態度からして、彼女達もどうやら初心者らしい。どうやら姉妹で一緒に突入するようで、まぁそれなら危険も少ないだろう。


 もっとも、そんな油断もダンジョン内では足元をすくわれる一因となってしまう可能性も。例えばモンスターの待ち伏せとか、罠の張られた宝箱とか。

 朔也がついさっきの探索で、大いに頭を悩ませていた問題はそれなりに対処が大変だった。一歩その対応を間違えていたら、大怪我では済まない場合も出て来るかも。


 もっとも、探索や索敵に特化した召喚カードを、姉妹が持っていれば話は別だ。朔也はF級のカードしか持っていなかったけど、向こうはC~D級の奴を数枚は所持しているだろう。

 20枚のデッキ攻勢がどんなのかを、知らない内に強奪された身の上としては。そこは想像するしかなく、うらやみながらその場を後にするのみ。


 それでも隣の部屋の売店では、良い情報も貰う事が出来た。売り子のメイドが『鑑定』スキルを持っているので、回収品はただで鑑定して貰えるそうな。

 それから売るか、それとも自分で探索用に取っておくかを決めて良いそうである。それを聞いた朔也は、それでは早速と今回の回収品を全部差し出す構え。

 それを全て鑑定してくれる、荒川あらかわと名乗る若いメイドである。


「薬品はポーションと、それからこちらの2本は解毒ポーションですね。こちらで買い取る場合は、1本7百円となるのでそちらで持っておいた方がお得かもです。

 こちらの用紙は、鑑定の書で間違いありません。それからこちらの玉は、売店でも売っている魔玉(土)ですね。衝撃を与えると、放り投げた地点に石礫いしつぶての魔法が発生します。

 それから最後、こちらの指輪には器用+1の効果が付与されています。魔法のアイテムですね、買い取り価格は3万円程度でしょうか……」

「おおっ、当たりが入ってた……ちなみに、魔石の販売価格は幾らになりますか?」


 今回の売り上げは、魔石(小)1個と魔石(微小)が31個が効いて4万7千円と2時間の探索にしてはまずまず。残りの素材やドロップ品に関しても、ゴブリンの小剣以外は売ってしまった。

 そんな訳で、昨日の残りと合わせて朔也の手元には5万円以上の軍資金が。これなら革チョッキかポーションホルダーの、どちらかを購入可能だ。


 それから行きでは見逃していたけど、販売されているカードもそれなりに魅力的かも。ネズミ型の偵察モンスターと盾役のゴーレムの2枚だが、価格はかなりお高く設定されていた。

 どちらにせよ、手持ちでは買えないのでスルーするしかないけど。妖精も役に立つのが確認出来たので、昨日よりは気持ちに余裕は出来ている朔也である。


【偵察ラット】総合E級(攻撃F・忠誠D)  ――15万円

【黒曜石ゴーレム】総合D級(攻撃D・忠誠D)――48万円


 どちらのカードも、忠誠がDと高いのがとても良さげ……言う事を聞かない手持ちのカードに比べると、思わず交換してと泣いて頼んでしまいそうに。

 ちなみに、そんなトレードは行われていないと若いメイドはキッパリ宣言。カードの下取りも、現在は都合により行われていないそうな。


 もっとも、朔也の手持ちには高値になりそうなカードはほぼ無い。妖精や隻腕の戦士は、今や主力カードなので売り払うなんて考えられない。

 そうやって情報を得ながら、朔也は結局革のチョッキを購入する事に。


「毎度ありがとうございます、朔也様が初の購入者ですね……さすがにカードはサービス出来ませんが、『結界石』を2個オマケにつけておきますね?

 これはダンジョン内でも、安全に休憩が可能となる便利アイテムですので」

「あっ、ありがとうございます……それじゃあ、そろそろ部屋に戻って休みますね」


 お疲れ様でしたとの温かい言葉をメイドに貰って、その場を後にする朔也と妖精である。取り敢えず今日のお務めは終わったが、余力は充分に残っている。

 何なら午後にも探索に向かっても構わないけど、従兄弟たちと鉢合わせるのは勘弁願いたい。変にちょっかいを掛けられる可能性や、もっと酷い行為に及ばれるかも。


 幸いにも、探索経験のある執事やメイドたちは朔也にも公平に接してくれており。彼ら彼女らにとって、仕えていたあるじは祖父でありそれ以外は無価値なのかも。

 祖父が亡くなって、新たな価値を構築しなければならなくなった時。その評価は、探索経験の有無に取って代わられた感じなのかも知れない。


 想像に過ぎないけど、そうだとしたら朔也にはラッキーな展開には違いない。そもそもこの親族の中で朔也が立ち位置を上げて行こうと思ったら、探索者として成り上がるのが一番の近道だと思われる。

 逆に世間的な成功者となるにも、探索者を目指すのは悪くない。この畝傍ヶ原うねびがはら家のように、探索者から大富豪に成り上がった者は日本に結構いるのだ。


 例えば、探索者協会を作り上げて理事に収まった南原みなみはら家は元探索者で有名だ。莫大な資産を元手に、探索者の育成に尽力した人物としても知られている。

 他にも、東日本のエネルギーを一手に担う二宮にのみや家も、今や大富豪として知らぬ者はいないだろう。魔石エネルギーに着目して、早くからその事業に乗り出した抜け目の無さは企業者としても秀逸だったようで。

 今や押しも押されぬ、大企業として成長を遂げている。


 中学生の朔也でも、この元探索者の成功物語は聞き及んでいる。それからもちろん、祖父の偉業も自分で調べてしっかりと把握済みである。

 祖父の鷹山ようざんは、主に政府案件の治安維持や探索者の育成に力を注ぎ、その勢力を伸ばして行ったようだ。そして晩年は、単純に株や不動産屋やらで資産を築き、大富豪としてその地位に登り詰めたそうな。


 同時に老いても探索を続けて、活発にダンジョンに通っていたと聞き及んでいる。それは何となく分かる、この館にも個人用ダンジョンを抱えている位だから。

 そんな事を考えながら、朔也は昼食を食堂に貰いに行く事に。館の本館はとっても広くて、迷いそうになりながら何とか辿り着く事に成功する。


 そして目的の昼食をあっさりとゲット、それはお重に二段となってかなり豪華なしつらえだった。さすが富豪の館専属のシェフは違う、こんなに1人で食べきれるかなと心配するも。

 相棒の妖精が、朔也のボッケの中でテンション爆上がり中の様で。そうだった、彼女の分も含めれば多過ぎるって事も無いのかも知れない。

 いや、さすがにチビ妖精の食べる量は限られているだろうに。


 ぼうっとしてたら、配膳係のメイドが食堂で食べるか庭でランチにするかと訊ねて来た。朔也は少し考えて、庭で食べますと返事をする。

 そしたら古風な風呂敷でお重を包んで、さあどうぞと持たせてくれた。なるほど、後は好きに持ち出してくれって事らしい。朔也は礼を言って、庭へと続く廊下を進み始める。


 外は良い天気で、洋館の庭は手入れが行き届いていてとっても綺麗だった。適当に散策していると、ラッキーな事に誰もいない東屋を発見。

 そこに陣取って、さっそくお重を開けての小さな淑女との昼食会を開始する。散策中に、腹違いの姉の、刺すような視線を感じた気もするけれど。


 生憎あいにくと、その程度の嫌味を無視する程度の肝の太さは備えている。そもそもF級カード2枚程度で、人を兵隊のように動かそうって魂胆が間違いだ。

 それにしても、一段目のお惣菜の豪華な事と言ったら! 下の段には巻き寿司とおはぎが入っていて、妖精が速攻でおはぎに反応している。


 そんな訳で、手分けしてお重をやっつけに掛かる朔也と妖精である。飲み物にと渡されたお茶も、普段飲む等級とは全く違う品みたいで胃がビックリしている。

 妖精は甘いモノが好きなようで、卵焼きとおはぎを交互にパクついてテーブルマナーも何のその。朔也も遠慮せず、お重に詰まった総菜を色々と食べ較べてみる。

 そんな変な方向に賑やかな昼食は、しばらくの間続くのだった。




 昼食を終え、暫くその場所で寛いでいるとメイドが寄って来てお重を回収してくれた。代わりにおやつの入ったミニバスケットを手渡してくれて、本当に至れり尽くせりである。

 そんな扱いに驚く朔也だが、向こうは自分の仕事をこなしているって認識なのだろう。慣れない好待遇に戸惑いながら、午後の計画に朔也は思いをせる。


 とは言え、やる事も無いしお腹もいっぱいで少々眠い。部屋に戻って少し昼寝でもしたいけど、誰かに突撃されても厄介である。何しろ彼の従兄弟は、こちらの人権を無視するくせ者揃いなのだ。

 どこか適当な休める場所は無いかなと、朔也は何となく敷地内を散策し始める事に。さっきの東屋は良かったが、目立つ場所で館からも居場所が丸分かりだ。


 しばらく歩くと、納屋だかガレージだかの建物が庭の奥に見えた。敷地の端に当たるこの辺りなら、他人の視線も届かない可能性が高い。

 そんな事を思っていたら、妖精が飛び上がって朔也の案内を始めてくれた。まるで何か面白い場所を見付けたかのような、あっちに何かがあるよ的なリアクション。


 その姿は楽し気で、どうやら目的地は納屋の建物の方らしい。これだけの庭を管理するのなら、色んな道具を仕舞っておく施設も当然ながら必要なのだろう。

 そんな案内人について行きながら、チラッと覗き見たガレージの大きな建物の中には。良く分からない高級車が、ズラリと並んでいて朔也を驚かせた。

 さすが大富豪、イメージを大きく外さない所有品の数々。


「凄いね、綺麗な車がいっぱい並んでる……あれ、見学して行かないでいいの?」


 そう妖精に話し掛ける朔也だが、彼女はそれをガン無視して案内を続けている。真っ直ぐ巨大ガレージへと入って行き、束の間キョロキョロしていたと思ったら。

 ピュンと天井方向へと飛んで行き、追い掛けていた朔也は大慌て。端っこに隠れるように設置されている梯子はしごを発見して、ロフト状になっている納屋の2階へと向かう。


 チビ妖精は、上方から早くおいでと呑気に朔也を催促している。召喚主としては立場が上の筈の朔也なのだが、何だか尻に敷かれっぱなしのこの現状。

 そんなこんなで、ようやく苦労して辿り着いた納屋の2階のロフト部分である。埃だらけの印象だったけど、意外に掃除が行き届いていて進むのに支障は無し。


 このロフトの2階にも、雑多な用具が置かれていて広いのか狭いのか良く分からない。そして招かれた突き当りには、荷物の壁に囲まれたちょっとしたスペースが。

 その一番奥には、不自然に布で隠された扉の大きさの物体があった。特に縛られてもおらず、本当にただ隠してあるって感じのその物体。ちょっと見、確かに興味はそそられる。

 妖精も、さあめくれと楽しそうに主人を急かして来る。


 つまりここが目的地みたい、秘密の隠れ家的なスペースは確かに人目を忍んで昼寝するには良いかもだけど。チビ妖精としては、この布の奥に何かの価値を見い出している様子。

 朔也もつい興味本位で、端っこをめくって中身を確認してしまった。そして驚きの表情を浮かべて、思わず楽しそうに飛翔する妖精と目を合わせる。

 空間ゲートだ、あの独特の空間の揺らめきは間違えようが無い。





 ――つまりはこれ、敷地内の2つ目のダンジョン入り口?







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