愛ならば知っている

入間しゅか

愛ならば知っている

ジグザグで今にもちぎれてしまいそうだ。そんな私でも愛ならば知っている。昨夜、父親が首を吊った。死ななくてよかった。と思った。感情ってやつはどうしていつもちぐはぐなんだろう。始発電車だからか車両には私一人だった。

深夜、母からの着信で父のことを知った。電話越しの母は嫌に冷静だった。母は普段から声の平熱は低い。もともと声を荒らげたりする人じゃなかった。そんな母がより冷たい声で言った。

「お父さんが自殺未遂したから早く帰っておいで。」

「うん、わかった。」とこたえる私の声も低体温に違いなかった。


父の意識は戻るかどうか分からないと医者は言った。それでも、死ななくてよかった。と思った。けれど、生きているというよりは死んでいないのほうがしっくりくる。目を覚まさないかもしれない父を前に私は何を思うべきか答えを探していた。

いつも感情に答えを求めてばかりだ。大人になればきっと自分の気持ちに出会える気がしていた。けれど、社会に出てそれなりに苦楽を味わった今もジグザグでちぐはぐ。それが私だった。

親に黙って大学時代の彼氏と無理やり同棲して、すぐに別れて、二人で借りたワンルームに一人で住むことになって、そして二年三年と経ち、すっかりおひとり様にも慣れた私。いつでも帰ってこいと父が連絡をくれたあの酷く蒸し暑い夏の日。あの日の既読無視のままのトーク画面。捨て猫みたいな気持ちで帰宅することになるなんて。

「どうなの?仕事は。」と母が言った。私は「まあ、ぼちぼち。忙しいけど、忙しくない仕事なんてないしさ。」とこたえてからなんだか虚しくなった。私って何をしたかったんだっけ?結婚とか子どもとか、ほどほどにこなしてくんだろうなぁってどこかで思っていたのに、手元には何も無いや。母はそれ以上何も訊かなかった。

母の味噌汁は相変わらず味が薄い。若干、饐えた匂いのする冷や飯と一緒にかき込んだ。早食いのくせは抜けないねと母が笑った。父のことがあってから一度も笑ってなかったのではないだろうかと思った。私も笑おうとしたけれど、うまくできなかった。これからどうしたらいいのか。母を一人にするわけにはいかなかった。優しさなのか、義務感なのかわからないと考えてしまう自分が嫌になって笑いたいのに笑えない。泣きたいのかもしれない、けれど泣きたいのか考えている時点で泣きたいではない気がする。ああ、ジグザグで今にもちぎれてしまいそうだ。

私は食べるのをやめて、向かいに座る母の手を取って、優しく撫でた。

「あたたかいね。」と冷たい声で母は言った。「お母さんもね。」と私も低体温の声で言った。その時やっと笑えた。そして、少しだけわかった。愛ならば知っていると。

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愛ならば知っている 入間しゅか @illmachika

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