第3話 盗みにはならないから

「はい。また冷えてないけど」

 おばちゃんは、「ぼく」がピリ辛きゅうりと一緒にぶどうジュースを飲みきってしまったのを見て、外からオレンジジュースを持ってきた。


「で、ランチ行った後、外のたむろけ設置して、で、夕方に買い物行ったのよ。食品ね」


 おばちゃんは、ロックグラスに袋の氷をがさがさと流し入れながら言う。

 おばちゃんが食品を買いにいくのは、決まって夕方だ。

 何故なら、割引きされている商品が増えるからである。


「でもね、ぼく君知ってる? 最近さ、買い物の途中でカゴとかカートとか、ほら、重いでしょ? だから通路の端っこに置いて、遠い所の物取りに行って、ってするとね、カゴに入れといたもん、取られるのよ」


「え、そうなんですか」


 一人暮らしで料理もあまりしない「ぼく」は、カゴが重くなるほどの買い物をすることがない。


「そうそう」

 おばちゃんは頷きながら、大きな瓶に四分の一ほど残っているウイスキーを、氷を入れたグラスになみなみと注ぐ。


「狙われるのは、あれね。割引きされてるやつ。でも、そうじゃないのもかなりやられるわ。あいつら、自分で探すのが面倒なのよ」


 おばちゃんは独自の分析をしながら、ロックグラスを傾け、入っている液体を半分まで一気に飲み干す。


「あれってさ、まだお会計してないから、盗みにはならないでしょ?」


「ええ、たぶん」

「ぼく」は法律には詳しくないが、まだ会計を済ませていない商品は店のものであるから、他人のカゴから自分のカゴに移動させるだけでは、少なくとも窃盗にはならないのではと思われた。


 考えつつ「ぼく」は、おばちゃんの家の不思議な花柄の皿からナッツをつまみ、紙パックのオレンジジュースを吸う。

 喉に引っかかるナッツのくずが、爽やかなオレンジジュースに乗って、綺麗に胃へと流れていく。


「でもさあ、困るのよ、あれ。せっかく割引きのがあったのに、元の値段のやつにしなくちゃいけないし、まあ、店にいるうちに

取られたことに気付けばまだいいわ。家に帰ってから、買ったはずなのに無い! ってなるのが、ほんっとに」


 おばちゃんは鼻からふんっと息を吹いて、わさび醤油おかきを噛み砕く。

「だからね、あたし、思い付いたの。その名も『リッチ作戦』」


「リッチ作戦?」

 ──少なくとも、『デス作戦』よりは平和そうだ。


「そうそう。あのね、カゴに入れた物の上にね、店でいっちばん高い海苔のりを置いて、隠すの」

 おばちゃんは、干しスルメイカの袋の口をめていた輪ゴムをほどいて、自慢げに人差し指を立てる。


「海苔っていっても、切ってあるのじゃなくて、四角い、大きいやつね。十枚入りで税込み九八二円。それをこうして、カゴの上が隠れるように置くの」

 おばちゃんはわしわしとスルメを噛みなが、身振り手振りで説明する。


「するとね、カゴの中、簡単には物色できなくなるでしょ? ガサガサやってたら怪しまれるから。それに、あのバカ高い海苔を二つも買おうとしているように見せれば、ものすごいお金持ちっていう風に思われるでしょ? そしたら、カゴの中にあいつらが買えるような商品は無いってことになって、物色しようともせずに諦めてくれるってわけ」


 おばちゃんは悪口を挟みながら作戦の説明をすると、グラスの残りをまた一気に飲み干し、溶けて小さくなった氷までばりばりと噛み砕いて飲み込む。


「あ、もちろんあんなバカ高い海苔、あたしも買わないわよ。レジに行く前に売り場に戻すわ。でも、ちょっと借りるくらい、いいでしょ? 海苔なんだから冷えてなくていいし、盗んでるわけじゃないんだし」

 言いつつおばちゃんは、氷の減ったロックグラスに、ウイスキーを満タンに補充する。


「ぼく」は、たまごボーロをひとくちに入れて溶かしながら、盗みにはならないからといって、買い物に来るたびに、高級な商品を買いもしないのに触るのも、店の人や他のお客さんにとっては迷惑だろうなあ、と思うのであった。

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