『最近の俺の私小説風スケッチ』

 暗い部屋。ゴミが散乱した部屋。

 その真ん中で俺は酒をかっ喰らっている。

 どうにも。俺は片付けられない男であるようである。

 ツマミはスーパーの惣菜。自炊をしなくなって久しい。

 

 仕事上がりの一時。

 疲れた体にアルコールが響く。

 神経はすり減っていて。

 どうして俺は生きているんだろう、と考える。

 簡単な答えを出すなら、生まれてしまったから生きている…って事になるだろう。

 

 だが。そんなトートロジー同語反復めいた答えは俺を満足させない。

 かと言って。両親がセックスした成れの果てとか考えると虚無感に襲われる。

 

 生きることは面倒くさい。

 生命を維持するためには食わねばならず。食うためには働かなければならない。

 この働くってのが本当に面倒くさい。

 何故、一日の大半を他者の金儲けの為に費やさなければならないのか?

 何故、人の為に自分を犠牲にせねばならないのか?

 

 いい加減。

 自殺が頭をぎる。

 生きているのが面倒くさいなら死んでしまえば良い。

 そういう思考をしてしまう。

 脳みそが疲れているせいだ。同時に。俺が病んでしまっているからだ。

 

 俺が病んでから。もう6年近くが経とうとしている。

 ある日。俺は動けなくなったのだ。

 ある会社で産業機械をオペレートしていて。それなりの重圧の中、仕事をしていた。

 それに加えて嫌な同僚と先輩に恵まれ。俺はストレスに塗れており。

 ある日を境に出社できなくなってしまい。病院に行ったらうつの烙印を押されてしまった。

 

 それからの生活は地獄だった。

 脳みその中身が故障した俺は。まともに動けなくなってしまい。

 社会から脱落してしまった。

 そのまま、療養と称して6年働かずにいた…いや途中で働いたが、半年で辞めてしまった。

 

 だが。

 何時までも引きこもっても居られない。

 傷病手当は一年半で支給が止まるし、親のスネにも限界はある。

 結果として。

 俺は昨年の終わり頃からアルバイトを始め、それを機にパートを見つけ、社会に復帰した。

 

 ブランクありからの社会復帰は案外に厳しい。

 そも働くこと自体が体にクるのだ。

 昔は残業上等、過労寸前まで働いていた俺だが。今はそこまで働いたらうつが再発してしまう。

 

 ボチボチと働く俺。ここ最近は休んでいない。

 パートとアルバイトを2件掛け持ちし。10連勤に挑戦してみた。

 結果として。かなり疲れ果ててしまった。バーンアウト燃え尽きの感がある。

 だが。そんな過重労働をしても。稼げたのは8万ぽっち。

 ゴールデンウィークを潰した価値はあっただろうか?

 それに稼いだ8万は生活費に消えていった。無駄遣いなどする余地も無かった。

 

「そんなに頑張ったって意味ないぜ」俺の脳みその片隅に居るうつが語りかけてくる。

 そう。俺のうつってのは。ニヒル虚無なのだ。自己を否定する前に、人生の無意味さを訴えかけてくる。

 

「生きていたって無駄さ。さっさと死のうや」希死念慮。頭にこびりついてしまっている。

 俺の人生観はコイツに支配されてしまっている。

 どれだけ人生を頑張ろうが。努力しようが。コイツが現れて。俺に囁くのだ、「そんな事に意味はあるのか」と。

 

 人生に意味を見出そうとするから病む…それは分かっちゃいるのだが。

 生まれてしまったからには、人生に意味を見出したくもある。

 どっかの馬鹿の言質に影響されちまったカタチだ。

 学校の道徳教育や詰まらん創作物に騙されているのだ、俺は。

 

 ヒトなんて。たかが動物であり。

 そこに崇高な使命や運命などありはしない。

 ただ、摂食し、生殖し、死んでいく。遺伝子の乗り物に過ぎないのだ。

 なのに。どっかの馬鹿はいうのだ。「自らの人生に意味を見つけよ」と。

 恐らく。そんな事を言い出したヤツ自身も自らの人生に意味を見いだせていないはずだ。

 

 だが。頭の悪い俺は。

 そんな馬鹿の言葉に騙されて人生の意味を見出そうとしている。

 しかし。満たされない生活を送っている。何ならうつがニヒルに語りかけてくる。

 

「お前はつくづく価値のない人間だ、死ね」

「死にたくない、怖い」

 

 そう。まだ。俺は死ぬのが怖い。

 ただし、まだ、ってだけだ。両親が死んで一人ぼっちになれば。死ぬことを躊躇する理由は無くなる。

 

 人生なんて無意味だ。そう分かっちゃいるのだが。

 物語に毒された俺は。人生に意味を見出したい。

 何なら、自分をキャラクタに仕立て上げたい。

 デウスエクスマキナ万能の神に都合よく動かされる人形でありたい。

 

 しかし。現実の人間はキャラクタほど単純にはなれない。

 シェイクスピアは言った、『人生とは舞台である』と。

 それは一理ある話だが。リアルな人生は舞台を降りた後も続く。

 それが厄介なのだ。社会という舞台に立った後、そこから人生の裏側が始まる。

 脚本なしのアドリブ演技の世界。俺はコイツが苦手だ。

 仕事って演技をしている間は良い。仕事以外の事を考えずに済むから。

 しかし、仕事を終わらせ、ワーカーって役目が無くなった後の時間が難しい。

 人生に裸で向かっていかなくてはならない。

 結果として。「人生って無意味じゃね?」というニヒリズムに襲われる。

 

 一人ぼっちで人生に立ち向かっているから、俺はこうもニヒリズムに冒されるのだろうか?

 では。連れが居たらどうなのか?

 一応、友人は居る。だが彼らは遠くに住んでいる。あまり会えない。

 彼女?馬鹿らしい。

 俺は生涯独身で居ることを決意してしまっている。

 つがいを作るのが面倒なのだ。番いを作れば自然と子孫を残すハメになる。

 俺は俺の子孫など要らない。失敗作の俺のデットコピーが産み出されるなんて吐き気がする。

 

 そりゃあ。社会的には結婚することが望ましい。

 社会を維持するためには子どもが要るのだ。特に日本の社会福祉制度は若年人口が多いほど機能しやすい。

 しかし。俺は未来の日本がどうなろうと知ったことではない。

 日本の社会福祉制度に世話になっておきながら言う台詞ではないが。

 

 カネと女。

 空虚な人生を満たしうるモノ。

 だが。俺はその何方にも縁がない。

 ついでに言えば女の方には興味がない。ホモって意味じゃないぞ。

 一応、生物として性欲はあるが。そんなモノは自己で処理すれば宜しい。

 

 自己完結的だから、人生が満たされないのだろうか?

 ふと、そんな事が頭を過ぎる。

 俺は今、自己ひとりの世界を生きている。

 だから、自己が揺らぐと、即、死という発想になってしまう。

 では?やはり番いを作るしかないのか?ライフハックとして。

 しかし。ライフハックとして女を求めるのもどーなのか。

 それに。女を作ると苦労が増える。そんな面倒な事態は遠慮願いたい。

 

 俺は部屋で酒を煽る。

 アルコールで頭をふやかしてないと、ナマの現実にヤられてしまう。

 ナマの現実に向かい合える程、裸の俺は強くない。

 結果として。アルコール使用障害アル中寸前の飲酒ライフを送っている。

 と、言うか。頭の薬はアルコールと併用してはいけない。肝臓がやられるからだ。

 しかし素面で居られる程、俺は強くない。

 化学物質で頭を騙しながらじゃないと生きていけない。

 ま、そういう生活をしているから。さっさと死ねるに違いない。それに独身男性の平均寿命は短い。

 

 俺は部屋からキッチンへと移動して。

 換気扇の下で煙草を吸う。

 ヴォネガットいわく『高級な自殺』。

 俺は着々と死に向かっている。それがある種の救いだ。

 俺の満たされない人生は。後20数年で終わる。

 後、20数年経てば、この虚無感から開放される。

 

 俺は短くなった煙草を灰皿に押し込み。

 部屋に戻って、睡眠薬を飲み、ベッドに潜る。

 

 眠りだけが。俺の安息の地だ。

 眠っていさえすれば。何も考えずに済む。

 何も考えずに済んでいる内は。虚無感やら人生の意味について考えずに済む。

 数時間後には目覚めてしまうが。それまでは…安らかでいられる。

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