第17話 暴動

 もう、毎日恒例となった炊き出し。

 これは最近できた炊き出しの理由なんですが、浮浪児との繋がりを作るためです。

 浮浪児が売りに来た呪符は転売しても旨味があります。

 できるなら、浮浪児の全てのグループと関係を持ちたいと思います。

 そして、呪符を卸しているという魔王という人物に接触したいですわね。


 最初は順調に進んでいました。


「俺のはちょっと少ない」

「割り込むなよ」

「おい、お替りは」


 しかし、不満を言う者が現れました。


「腹が減っているんだ。もっと寄越せ」

「おい、なんで2杯目を食っている奴がいる」

「とにかく寄越せ」


 男が鍋を奪いました。

 それを皮切りにスラムの住人が次々に鍋を奪い、そして食材を強奪。


 鍋と食材の奪い合いが始まり、炊き出しは阿鼻叫喚の場と化しました。

 悔しい。

 良くしたいのに分かってもらえない。


 なんで、なんで、なんで。


 思考が高速でグルグルと回る。

 兵士を連れて来なかったのがいけなかった。

 ううん、そうしたら、オルタネイトがスラムの住人を迫害したという噂が立ってしまいますわ。


 私は魔法が得意です。

 脳力強化の特殊能力は10倍の高速詠唱を可能とします。

 ですが、それをここで使ったら、今まで築き上げた物が無に帰しますわ。

 くう、歯がゆいですわ。


「あっ、ソレノ」


 ソレノの姿が見えました。

 揉みくちゃにされています。

 私はソレノを助けようと暴動の只中に入りました。


「きゃっ」


 スラムの住人が刃物で襲い掛かってきました。


 私を庇って、暴徒のひとりにハッカ草が刺されました。

 ハッカ草の胸は血で染まった。

 早く治療を。

 ハッカ草は崩れるように倒れて、ぴくりとも動きません。

 なんてことを。


「キャー!!」


 私は悲鳴をあげました。

 起こった状況が信じられません。


 酷い。

 私のせい。

 炊き出しを提案したから。

 私が現場に出たいと言ったから。

 十分な量がありますともっとアピールしなかったから。

 スタッフの人数が少なかったから。


 私の思考は暴走状態に。

 いくら考えるのが早くてもパニックになったらお終い。


 次は私の番なのかしら。

 怖い。

 私はその場にしゃがむことしかできなかった。


 硬貨がいくつも落ちる音が聞こえました。

 目を開けると暴徒はお金を拾うのに夢中だった。

 どなたの仕業ですか。

 私を助けてくれたのはどなた。


 それより刺された部下は。


「ハッカ草、ハッカ草」


 ハッカ草の名前を呼びながら彼を揺さぶる。

 回復魔法を掛けないと。


「【マナを用いて彼の者の傷を癒せ】。ああ、なんで目を開けないの」


 分かってます。

 おそらく彼は死んでいる。

 呼吸もないし、心臓の鼓動もない。

 お願い神様。


「どいてろ」


 私より何歳か年下の男の子が来てそう言いました。

 そして赤い紙、あれは呪符ね。

 それを本から抜き取ると、起動。

 呪符は塵になり、ハッカ草が目を覚ましました。


 えっ、蘇生させたの。

 文献では胸を何度も押したら生き返ったというのがあります。

 きっとそれを魔法で再現したのでしょう。


「ハッカ草」

「お嬢様、心配をおかけしました」

「まだフラフラしてますわ。帰って休むのです」

「それよりこの場を離れないと」

「平気ですわ。皆さんお金を拾うのに夢中です」


 お金をばら撒いて暴動を止める。

 火に油を注いだら爆発して火が消えたみたいな解決方法ですわね。

 褒められたやり方ではありません。


 落ちている金貨を見たら、何かおかしい。

 あれは銅貨ではありませんの。

 銅を金でメッキしたのですね。

 上手い手です。


 何人かはメッキだと気づいてがっかりしたようです。

 それでも銅貨の価値はあります。

 拾うのをやめるつもりはないようですわね。


 ハッカ草を治してくれた男の子にお礼を言わないといけませんわね。


 男の子は黒髪黒目で、保護者と思われるモノクルを掛けた男性が付き添っている。

 保護者と男の子は兄弟とか親子とかの血のつながりはなさそうですね。


 男の子が呪符を使う。

 私達を囲う土の防壁ができ上がった。

 長さは100ヒロはあるでしょうか。

 凄い魔法ですわ。

 この規模の魔法を使うにはマナが200万は必要。

 貴族は魔力量が多いとは聞いてますが、それでも100万を超える人は滅多におりません。


 この子は、王族の庶子かしら。

 レベルが相当高いのでしょうね。

 この歳でそれだけのレベルに上げるのは苦労したはず。


「まさか魔力無限の特殊能力ではないでしょうね。カスミ草、どう思います」


 部下のカスミ草に意見を求めました。


「そうですね。その可能性はあります」


「他ですと、あの呪符は1万字ぐらい書かれているなどですね。小さく書ける特殊能力あり得ます」

「書く能力ですか。確かにありそうですね」


「呪符のインクを改良したかも知れません」

「特殊能力ならあり得ます」


 私は思考を巡らせた。

 男の子のあの落ち着きよう。

 呪符があるからだけとは思えません。

 大人の雰囲気を感じさせます。

 不老不死の特殊能力もあり得ます。


 私みたいに思考に関係する能力も考えられます。

 呪文のアイデアはまだ出尽くされたとは言えないですから。

 改善の余地はあります。

 とにかく、呪符に秘密がありそうですわ。


 私は姿勢を正して、ゆっくりと男の子に近づきました。

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