同時に黒猫は逃げ出した。

 逃がすか。と木蔭は思った。

「木蔭!! どこにいくの!? もう帰るよ!」慌てて樹お兄ちゃんが言う。

「お兄ちゃん! 今日はありがとう。私の荷物をもって、さきに家に帰っていて! 私もすぐに帰るから!」と走りながら後ろを振り返って木蔭は言った。

「そういうわけにはいかないよ」と言って、樹は木蔭を追いかけることにした。

「すみません! 図書館では静かにしてください!」

 係の人に怒られながら、二人は「すみません」と言って、猫と猫を追いかける木蔭を追いかける。

 黒猫は図書館の出口に(全速力で)向かっている。どうやらそのまま外に出るつもりのようだった。

 図書館のガラスのドアは閉まっていたのだけど、黒猫はするりとそのドアを閉まっている状態のままで、(そこにドアなんてないように)すり抜けた。

 あの子、やっぱり幽霊だった。

 木蔭はうれしくなる。飾がいなくなってから、幽霊をみるのは今日がはじめてだった。

 木蔭の追いかけている黒猫はあの木蔭が悪い幽霊退治をした黒猫の子猫によく似ていた。いや、そっくりだった。あの黒猫は似ているのではなくて本当にあの子だと木蔭は思った。

 あの子は消えたのではないのだ。

 悪い幽霊としては退治された。でもそれは向こう側の世界から消えてしまったということではないらしい。(飾に聞けないから、たぶんだけど)

 浄化され、きっとただの(本当なら最初からそうなるはずだった)黒猫の幽霊に戻ったのだ。

 木蔭は図書館の扉を開ける。(そのときにちょうど小さな女の子とお母さんの二人の家族とすれ違う。木蔭はちゃんと走ることを一度やめて、ゆっくりとドアをあけて図書館の外に出る)

 図書館の外に出ると木蔭はきょろきょろと周囲を見渡した。

 ここであの子を見逃したら、だめだ。あの子はきっと私を飾のところにつれていってくれようとしているのだ。

 きっとそうだ。きっと、この間の私の悪い幽霊退治のお礼として。私を飾のところに導いてくれているのだと思った。(そうだよね? 猫ちゃん)

 いた。見つけた。

 黒猫は図書館の出口のところにいた。そこにいて木蔭がくるのをまってくれているようだった。でも、木蔭と目と目があうとそれを合図にして黒猫はまた全速力で走り出してしまった。

 木蔭はすぐに黒猫を追いかける。

「木蔭。ちょっとまってよ!」

 後ろから樹お兄ちゃんが自転車に乗って霰を追いかけようとしている。でも荷物をかごにいれたり、木蔭がすっぽかした荷物をもったり、急いで二人分の帰り支度をしたりしているので、なにも持たずに走っている木蔭とは少し距離が離れている。

 黒猫は道路のところにいる。

 その歩道のところを走っている。

 世界は綺麗な夕焼け色に染まっている。

 もうとても暖かくなったので寒くはない。(走るとちょっとだけ、汗をかくくらいだった)

 木蔭は走る。

 周囲に人はいない。車も走ってはいない。

 走っているのは黒猫と木蔭だけだった。

 後ろを少しだけ振り返ると、ちょうど樹お兄ちゃんが自転車で図書館の出口を曲がって、黒猫と木蔭のいる道路のところに出てきたところだった。(お兄ちゃんは木蔭を追いかけるつもりようだった)

 木蔭は前を向く。

 そこには一匹の幽霊の黒猫がいる。

 残念でした。私は人見知りだけど運動音痴の(運動が大嫌いと飾はいって、いつもだらだらとしていた)飾とは違って走ることには自信があるんだよ。絶対に逃がさない。

 そう思いながら全速力で走っていた木蔭は少ししてふといつもとは違う違和感に気が付いた。

 いくらなんでも(もともと図書館の近くは人通りも走っている車の数も少ないのだけど)この時間に誰もいないなんてことあるのだろうか? 車が一台も道路を通らないなんてことがあるのだろうか? 

 木蔭は黒猫を追いかけながら、周囲をみて、人や車に十分注意をしながら走っている。(お休みの日にお兄ちゃんを無理やり連れだして一緒にタイムを計りながら、ランニングをしたりするのだけど、そのときのようにしていた)

 後ろを振り向くとそこにはちゃんと樹お兄ちゃんがいる。木蔭は大好きなお兄ちゃんの姿をみて、ほっとした。

 それから前を見て、考える。もしかしたら私は(あるいは私たちは)もういつの間にかいつもの世界ではなくて、ちょっとだけ『変な世界』に迷い込んでしまっているのかもしれないと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る