第17話 好きな色は?

 朝になって、背伸びしながら家の外に出ると、ちょうど同じタイミングで隣の敷地――フラムの土地が白い炎に包まれた。合成術の反応だ。

 そして一軒家が出来上がった。合成術を行使したのはヴィヴィ。ヴィヴィの隣にはフラムが居る。


「ありがとうございますヴィヴィさん! 助かりました!」

「これぐらい、文字通り朝飯前だよ」


 フラムはウットリとした顔でヴィヴィが作成した家を見る。憧れの人に作ってもらった住居だ、大事にするといい。


「でもやっぱり……」


 ヴィヴィはゴーグルを掛け、不満そうな顔をする。


「どうしました?」

「家の色……木材の色のままだから、味気ないかな。どう?」


 年頃の女の子の家だから、ヴィヴィは気にして言ったのだろうな。ヴィヴィは色の違いを読み取れない。だから本来、色に対して関心はないはずだ。

 ヴィヴィの色彩識別能力のことをフラムは知っているのだろう、フラムは一瞬だけ悲しそうな顔をするが、すぐに明るい顔になる。


「そうですね。後でペンキ買ってきましょうか。家を作ってもらったお礼です、ヴィヴィさんの家の塗装は任せてくださいっ!」

「私の家は気にしなくていい。どうせ色の違いなんて――」

「塗ります! 可愛く塗ります!」


 フラムの圧に負け、ヴィヴィは観念する。

 俺は自分の家を見る。俺の家も木の色のままだから味気ないな。芸術家の端くれとして許せん。


「そうだ」


 俺にはあの筆があるじゃないか。

 家の中に虹の筆を取りに行く。虹の筆があればペンキはいらない。虹の筆はインクの色はもちろん、インクの質も変えられる。油性のインクも出せるし水性のインクも出せる。色鉛筆からペンキまで、様々な質感を再現可能だ。

 外に出るとすでに人の気配は無くなっていた。


「ヴィヴィとフラムは家に入ったか」


 外から家を眺めて頭の中に色のプランを浮かべる。

 屋根はブルーにして、壁はホワイトにするか。

 鼻歌交じりに壁をホワイトに塗っていく。


「へぇ。綺麗な色だね」


 眼鏡イケメン男子アランの声だ。

 アランは俺の家の前で立ち止まり、まじまじと壁を見る。


「ペンキ買ってきたの?」

「いいや、コイツだ」


 俺は虹の筆を見せる。


「便利だね~。じゃ、一つお願いなんだけど、僕の家も塗ってくれないかな?」


 アランは紐で縛った肉の束を見せてくる。


「報酬は樹海で採れたイノシシの肉でどう?」


 ぐぅ~っと情けない音が腹から聞こえた。


「のった!」


 肉を指さして言う。

 ってなわけで、自分の家を塗りたくったあと、アランの家に向かった。

 アランの家は……バランスが悪かった。至るところが傾いている。


「もうちょい丁寧に作れよ……」

「ごめんね。前ヴィヴィさんが言っていた通り、この腕マナ伝達率が悪くてさ、上手く錬成できないんだよ。でもジョシュア先生の視察はパスできたし、崩れることはないから安心して」

「俺が作り直してやろうか?」

「大丈夫。徐々に調整していくから」


 アランは俺に気を使っているというより、家の建て直しを楽しんでいるような様子だったのでこの話はここで打ち切ることにした。


「それでご注文の色は?」

「なんでもいいよ」

「じゃあ金ピカに塗るぞ~」

「ごめん。ちゃんと考えるね。ん~、派手な色にするには家が不格好すぎるから、暗めの色がいいかな」

「じゃあ壁はグレーで屋根はブラックにするぞ」

「うん。それでお願いします」


 ささっとアランの家を塗り、さっそくイノシシの肉をごちそうしてもらう。

 家の中は外見ほど崩れてはなかった。それでも綺麗とは言い難いが。

 フローリングの部屋に、大量の山菜と肉がある。


「朝から狩りに行ってたのか?」

「まぁね。元々狩りは生活の一環だったし、やらないと落ち着かなくてさ」


 アランはどんぶりに、米と、山菜と、大盛りの焼いたイノシシ肉を乗せ、上から濃そうな黒味の強い調味料をぶっかけた。


「イノシシ丼お待ちどう! 朝食にしては重いかな?」

「いやありがたい。昨日から全然飯食えてなかったからな」


 まず一口、スプーンで米と肉と山菜を口に一気に入れる。


……うまい!


「米うまっ! 錬金術師はライス文化なのか?」

「別にそういうわけじゃないよ。パンもライスもどっちも食べる。でもパン派の方が多めかな」

「なるほどねぇ。やばいな、米に寝返りそうだ。うますぎる……!」


 イノシシ肉の独特の臭みが良いアクセントになってるな。柔らかい肉に甘辛いタレの味が絡んでマジでうまい。米は甘く噛み応えがあり、山菜はシャキシャキと心地いい食感を生み出している。


「ごちそうさま」


 イノシシ丼を食べ終え、手を合わせる。

 アランも食べ終えたようで、自然と食後のトークが始まる。


「ご飯の確保も終わったし、家の錬成も終わったし、後はファクトリーを決めるだけだね」


 そうだ、忘れてた。ファクトリーも決めなきゃいけないんだったな……休む暇がない。


「イロハ君はもう決めたの?」

「いいや全然。まだ見学にも行ってない」

「そっか。あと6日もあるしね。急ぐ必要はない。――ところで、フラムさんとヴィヴィさんがどこのファクトリーに入るかは聞いた?」

「いいや、まったく」

「できれば皆同じファクトリーに入れると良いよねー」


 なんとなく今のセリフは嘘くさいというか、演技くさいと感じた。


「そうだな」


 正直全員同じとこに入る必要はないと思うが、ここは同意しておこう。


「そろそろ帰るよ。飯、ご馳走さん」

「うん。またね」


 アランの家から出て、俺の家の前まで行くと、なぜかフラムとヴィヴィが揃って待っていた。


「あ、帰ってきました」


 フラムが待ち人来たり、といった顔でこっちを見る。


「遅いじゃないか。私を待たせた罪は重いよ」

「俺の記憶が正しければ今日お前と会う約束はしていない」

「イロハさん、ちょっとお願いがあるのですが……」

「なんだ?」

「ジブンたちの家も色塗ってほしいんです」


 フラムはお願いします! と頭を下げる。


「イロハ君がアラン君の家を塗ってるのを見てね、それでぜひ私たちもお願いしたいと」

「ジブンでは絶対あんなに上手く塗れません……せめてヴィヴィさんの家だけでもお願いします!」


 頭を上げてはまた下げるフラム。

 俺は腕を組んだままブドウ糖スティックをポリポリと食べる少女を睨む。


「フラムにだけ頭を下げさせるのかよ」

「昨日、フラム君を家に泊めた件は君への貸しにしている」

「……はぁ、仕方ないな。お前の家もフラムの家も塗ってやるよ」

「ありがとうございますっ!」


 フラムの家はフラムの要望で壁はイエローに、屋根はピンクに塗った。

 次にヴィヴィの家だが、


「お前は? なにか要求はあるか」


 ヴィヴィの屋根の上に梯子で上がる。


「特にないかな」

「いいのか適当に塗っても。好きな色とかないの――か」


 そこまで口にして自分の失言に気づく。

 『好きな色は何?』なんて、コイツには一番してはいけない質問だ。


「君は何色が好きなんだい?」


 春風で揺れる髪を押さえながらヴィヴィは聞く。気にするな、と言わんばかりの笑みを浮かべて。

 俺は太陽が照り輝く青空を見上げる。俺が目で追うのは青空を彩る雲だ。


「強いて言うなら白……かな。真っ白なキャンパスを見るとワクワクする」


 俺が答えると、ヴィヴィは、


「じゃあ、白でお願いするよ」

「わかった。そんなら壁はホワイト、屋根はレッドでいいか? 白一色じゃ味気ないしな」

「うん。それでいいよ」


 俺の家の壁もホワイトだが、屋根はブルーだ。屋根の色で差別化はできる。

 ヴィヴィの家の塗装を終え、家から距離を取り俺が塗った四軒を視野に収める。


「最初から四軒共塗るってわかってりゃ、もうちょい色を拾ったりできたんだがな……」

「凄い腕前ですね」


 いつの間にかフラムとヴィヴィが隣にいた。


「さすがは元画家ってところかな?」

「え!? イロハさんって画家だったのですか!? 道理で合成陣を描くのも上手いはずです……」

「こんなとこで画家の経験が活きるとは思わなかったよ」


 そうだ、せっかくだし、2人にファクトリーのこと聞いてみるか。


「なぁ、お前らはもう入るファクトリー決めたか?」

「いえ、ジブンはまだ決めてません」

「私は……」


 ヴィヴィは言葉を詰まらせる。

 それからなにかを決心したような目つきで顔を上げ、口を開いた。


「私は、ファクトリーを作るつもりだ」





――――――――――

【あとがき】

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