23、依頼文:「ツバメ」が含まれる五行の詩を書いてください・下
「風見鶏とか春とかは、AIの傾向で出てきたものだとふたりは考えるんだな。あと、気になったところはあるかな?」
お父さんが話を振ると、ゆうととれんくんはうーんと考えこみます。しかし、そう間をおかずにゆうとがはい! と手を挙げました。
「どうぞ、ゆうと」
「なんか、このへんじゃなくて、もっと田舎のお話なのかなって思った。だって、カザミドリって見たことないし、もうすぐ春だねって感じたときに、次に思いつくのが田植えって、田舎っぽくない?」
「小学校の近くにも、田んぼはあるよ。でも、たしかに春だなってなってぼくが先に思い付くのは、上級生になるってことかな」
「うんわかる! ぼくも小学校二年生になったとき、ちょっとえらくなった気がした」
ゆうとはチョコレートをもうひとかけら口に含みながら、にこっと笑みを作ります。
「ぼくたち小学生だったら、やっぱり春って一個上の学年になるっていう感じが一番強いよね。真っ先に田植えって出てこないよ」
「だとすると、このお話を書いたのは、おじいちゃんかおばあちゃんなのかな」
れんくんの考察に、ゆうとはうーんと首を傾げます。
「でも、ぼくのおじいちゃんもおばあちゃんも、田植えはしていないなぁ」
「それは、ゆうとくんのおじいちゃんおばあちゃんが、田舎に住んでいないとかなんじゃない?」
「あ、たしかに。ここからすこし遠いけど、あんまり田舎って感じの所じゃないや」
えへへと笑うゆうとに、れんくんもにこりと笑顔を返します。れんくんはゆうとよりも少しだけクールな雰囲気がありますが、笑うと右側にえくぼができるのが可愛らしいです。きっと女の子にもてるんだろうなとお父さんはこっそり考えていました。その間にも、ふたりの子どもの会話は続きます。
「ぼくのおじいちゃんおばあちゃんは、田舎で田んぼを持っているんだ。それで、いつもゴールデンウィークの時には実家に行って、田植えの手伝いをするんだよ。そういえば、おじいちゃんおばあちゃんの家の倉庫にも、ツバメが巣を作っていたな。やっぱり、これ田舎のおじいちゃんとおばあちゃんの話だっていう気がするよ」
「そっか。れんくんの実家は、田舎なんだね。ぼくのところはそうじゃないから、ちょっとうらやましいな」
「こんど、遊びに行くとき、ゆうとくんもいっしょに行く?」
れんくんの提案に、ゆうとはぴょんとソファから立ち上がります。
「えっ、いいの?」
おそるおそるお父さんの顔をのぞき込むゆうとは、すこし不安そうです。友だちと一緒に遊びに行くときは、必ずお父さんかお母さんに言ってからにするように伝えているからでしょう。それに、れんくんの実家がどこにあるのか、お父さんにはわかりません。もしかすると泊りがけになるかもしれませんし、そうなると小学校二年生のお出かけにしては大がかりなものになります。
「れんくんのおうちの人がいいって言ったらな。それに、もし本当に行くなら、お母さんにも話をしないといけないよ」
「わかった! れんくん、約束だよ!」
「うん」
れんくんがこっくり頷いたところで、ゆうとは再び席に戻りました。
「じゃあ、れんくんのおじいちゃんおばあちゃんの家に行ったら、この詩で言ってるみたいな景色が見られるんだね。ツバメが飛んでて、カザミドリがあって、田んぼがあって、みんなで歌を歌ってる」
「そうだね。ほんとに春に行ったら、そんな感じだよ。カザミドリがあったかは、ちょっと覚えていないけど。みんなで田植えの時期になると、田んぼの中で歌を歌うんだ」
「田植え歌かな?」
お父さんが思わず横から口を挟むと、ゆうともれんくんも首をかしげていたので、急いで補足をします。
「自然が多い田舎に行くと、田植えのときにみんなで一緒に歌う歌があるんだ。稲がすくすく元気に育って、いいお米がたくさんとれますようにっていう願いを込めて歌うんだよ」
「そうなんですか。たぶんそれです。みんな、田植えをしながら歌うので」
れんくんの言葉に、ゆうとは身を乗り出しました。
「みんなで歌いながら田植えをするの? ぼくもやってみたい! ねえ、れんくんのおじいちゃんおばあちゃんの家に行くの、来年の春がいい!」
「行けるかどうかも含め、れんくんの家の都合があるから確認しないといけないね」
「お父さんに、聞いてみます」
「楽しみ!」
「ぼくも、ゆうとくんと一緒に行けたら楽しいと思う」
物理的にも気持ち的にも前のめり気味なゆうとに、お父さんはれんくんが嫌がっていないかなと少し心配になりました。しかし、れんくんもけっこう乗り気なようです。はたから見てもうきうきしているゆうとのことを、嬉しそうに見ています。これなら後は、親同士で確認をするだけだなと思うお父さんでした。今晩、お母さんに報告すべき内容がたくさんありそうです。
楽しそうにおしゃべりをしていたゆうととれんくんですが、突然れんくんがぴくっとして立ち上がりました。ポケットから子ども用の携帯電話を取り出し、画面をみると急いで鞄を手にします。
「あ、ぼくの家、五時には帰ってきなさいって言われているんです。もうそろそろ時間なので、帰りますね」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
まだまだ話したりないといった雰囲気のゆうとに、れんくんは申し訳なさそうに笑みをつくります。
「ごめんね。でも今日は楽しかった。また遊ぼう。ゆうとくんのお父さんも、ありがとうございました」
「こちらこそ、ゆうとと遊んでくれてありがとう。これからもよろしくね。下まで送っていくよ」
「いえ大丈夫です。道はわかっているので」
「ぼくも行く!」
れんくんは断りましたが、ゆうとも見送ると言ってきかないので、お父さん・ゆうと・れんくんの三人は連れ立ってエレベーターの下まで降りました。その間もずっとゆうとはれんくんに話しかけています。これだけ一方的に話を聞いていて、れんくんは困っていないかとまた心配になるお父さんでしたが、れんくんは適度なタイミングで相槌を打っており、とても噛み合った会話をしています。
(けっこうこのふたり、相性がいいのかもしれないな。小学校の友だちと長く友人関係が続くことは少し珍しいけれど、ゆうととれんくんはずっと仲良くしてくれるといいな)
そうこうしているうちに、あっという間にマンションの共同玄関につきました。肩掛けのカバンをしょっているれんくんは、二、三歩踏み出してからぺこりと頭を下げます。
「今日は、ありがとうございました」
「また明日、学校でね!」
「うん。また話そう」
ぶんぶんと大きく手を振るゆうとに対して、れんくんも小さく手を振り、前を向きました。そのまますたすたと、家へ帰っていきます。れんくんの姿が見えなくなるまで見送ってから、お父さんはゆうとと手をつなぎます。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
ふたりでエレベーターに乗った瞬間、ゆうとが大きな声を出します。
「あー楽しかった! また、れんくんと詩の遊びがしたいな。お父さんがお仕事早く終わる日があれば、だけど」
最後のほうは小声になって、伺うようにお父さんの方を見上げてきます。ゆうとはまだ、会社の制度を理解しているわけではありません。しかし、平日に友だちを家に呼んで遊ぶ日は、お父さんかお母さんが仕事を早く終わらせて来ているのだということは、何となく知っています。それが、頻繁にできるわけではないということも。
もちろん、仕事は大切です。仕事をして、お金を稼いでいるからこそ、お父さん・お母さん・ゆうとの生活は成り立っているのです。しかし、お金を稼いでいるのは第一にゆうとのため。いちばん大切なのは、ゆうとが楽しく生活できること。そのためであれば、定期的に半休をとるのも厭わしくありません。
だからお父さんは、なるべくゆうとが安心するように、穏やかな笑みを浮かべました。
「もちろん。また友だちと遊ぶ日を決めたら、お父さんかお母さんが一緒にいるよ。ゆうとと一緒に遊ぶのは、お父さんもお母さんも楽しいからね。ただ、誰といつごろ遊びたいかは、早めに教えてほしい」
「わかった! じゃあさっそく、お父さんかお母さんが早く帰れる一番近い日に、れんくんとまた遊びたい!」
「まずは、れんくんの家にも確認をしてからだな」
「うん!」
そう言いつつも、次に半休が取れそうな日を頭の中で考え始めるお父さんなのでした。
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