19、依頼文:「ヒヨドリ」が含まれる五行の詩を書いてください・上

 ピーンポーンと、家のチャイムが鳴らされます。お父さんは緊張した面持ちで、インターホンに出ました。ちいさな液晶画面には、髪を短く切りそろえた、利口そうな男の子が立っています。


「ゆうとくんの友だちのはせがわ れんです。今日、いっしょに遊ぶ約束をして来ました」

「こんにちは。ゆうとのお父さんです。ゆうとから話は聞いてるよ。今、扉を開けるね。うちまでの道のりはわかるかな?」

「はい。大丈夫です。ゆうとくんの家には何度かおじゃましているので」


 画面越しのれんくんは、深くお辞儀をしてからドアを通っていきました。


(ずいぶんしっかりしている子だなあ)


 お父さんは、ゆうとやお母さんから話は聞いていましたが、れんくんと直接話をするのははじめてです。お母さんは「とても礼儀正しい、いい子」と言っていました。話に聞いた通りだと思いつつ、わくわくと玄関前で待機しているゆうとのほうへと歩いて向かいました。


「はじめまして。ゆうとのお父さん。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。大したもてなしはできないけれど、ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます。おじゃまします」

「こっちだよ、れんくん」


 玄関先で再び頭を下げたれんくんは、ていねいに靴を脱ぎ、揃えてからゆうとに手を引かれて洗面所のほうへと向かっていきました。お父さんはれんくんの動作に感心しながら、一足先にリビングへと戻ります。


(靴をそろえるって、なかなか教えてもできないんだよなぁ。ご両親も丁寧なひとなんだろうな)


 お父さんは台所に置いてあった手作りクッキーを少し大きめの器に移し、ソファの前のテーブルに置きます。これは、お母さんが日曜日に、ゆうとと一緒に作ったものです。れんくんが遊びに来る日、半休をとれたのはお父さんだけでした。ゆえに、せめてれんくんに対するおもてなしの気持ちを示したいと、お母さんが準備したのです。久しぶりに家にれんくんが来るということで、ゆうとも張り切ってお手伝いをしました。


 お父さんがクッキーの準備をして、タブレット端末を手にソファに腰かけたのと、手洗いうがいを済ませたゆうととれんくんがリビングに入ってきたのはほぼ同時でした。れんくんが、手に持っていた紙袋をお父さんに手渡してきます。


「これ、母からです。皆さんで食べてください」

「ていねいに、ありがとう」


 お父さんは紙袋を受取り、中身を取り出すと色とりどりのチョコレートの小袋が入っていました。ゆうとたちのおやつにちょうどよさそうです。さっそくもう一つ、小ぶりの器を取り出してチョコレートを入れて、テーブルの上に置きました。その間にゆうととれんくんはソファに座っています。


「今日、AIに詩を作ってもらうんだよね? 参考になるかなと思って、これを持ってきたんだ」


 れんくんは背中にしょっていたかばんの中から、小ぶりな冊子を取り出しました。表紙には「ポケット図鑑」と書かれており、鳥の写真が載っています。ゆうとはれんくんから冊子を受取り、ぱらぱらとめくります。


「鳥をお題にして、詩を作ってもらうってこと?」

「うん。どんな感じになるかわからないけど、いままでゆうとくんは家電とか、虫とかをお題にしたんでしょ? だったら鳥はまだ試してないかなと思って。でも、鳥の名前ってあんまりすぐ思いつかないから、図鑑があると便利かなって」


 お父さんが再びソファに座ろうとしたとき、ゆうととれんくんは図鑑を熱心にのぞき込んでいました。二人とも、図鑑を見ることが好きなのです。この鳥は見たことがあるだとか、この鳥を見てみたいだとかをお互いに言い合っていました。詩を作るのは二人が図鑑を見るのに満足した後でいいかと思ったお父さんは、そんな二人の様子をにこにこと見守っています。


「でもさ、詩をつくってもらうんだったら、ぼくたちがよく知っている鳥のほうがいいんじゃない? ほら、知らない鳥で作られた詩を読んでも、何言ってるかわかんないかもしれないから」


 と、ゆうとは提案します。その言葉にれんくんも頷きました。


「確かにね。どの子がいいかな」

「れんくんが選んでいいよ。いつも、家ではぼくがお題を決めてるから。今日はれんくんがお題を決めようよ」


 図鑑をぱらぱらめくっていたれんくんは、前のほうのページで手を止めました。


「この子はどう? ヒヨドリ。けっこう見たことあるんじゃない?」

「あ、見たことある。小学校から帰るときとか、公園で遊んでるときとかよく地面を歩いているよね」

「うちの庭にもよく来るよ。みかんの木に実ができたら、つつきにくるんだ」


 ゆうととれんくんは同時に顔を上げて、お父さんを見上げます。


「じゃあお父さん、今回のお題は『ヒヨドリ』で!」

「わかった」

「ゆうとくんのお父さん、一つ質問してもいいですか?」

「いいよ」


 生成AIの入力画面に文字を打ち込もうとしていたお父さんは、手を止めてれんくんのほうを見ました。


「これって、二つのお題を同時に出すこともできるんですか? たとえば『みかん』と『りんご』とか、です」

「できるよ。実はちょっと前、ゆうとと遊んだ時もお題を二つ入れたことがあるからね」

「そうだっけ?」


 首をかしげるゆうとに、お父さんは頷きました。


「ほら、ちょっと前に『てんとうむし』のお題をゆうとが出しただろ。そのとき、直前のお題がみつばちだったから似たような詩になる可能性があると思ったんだ。だからお父さんが『ラジオ』も含むお題にしたんだよ。そうしたら、ああいう詩ができたんだ」

「そうだったんだね」

「ということは、二つ目のお題は『ヒヨドリ』から遠い言葉のほうがいいのかな……」


 お父さんとゆうとの会話を受けて、れんくんは少し考えている様子です。少ししてから、れんくんはゆうとのほうを見ました。


「『ヒヨドリ』はぼくが決めたから、もう一つのお題はゆうとくんが決めていいよ」


 突然お題を振られたゆうとは、目をぱちくりさせています。


「うーん。『ヒヨドリ』から遠いお題でしょ。ちょっと待ってね……あ、思いついた! 『宇宙』はどう?」


 ちょっと待ってねという割にすぐにアイデアを出したゆうとは、やはり頭が柔軟です。さすが国語が好きなだけあるなとお父さんが感心していると、れんくんも納得したように頷きました。


「いいんじゃないかな。そうしたら、『ヒヨドリ』と『宇宙』でお願いします」

「わかった。やってみるよ」


 お父さんは改めて、タブレット端末に向かい合いました。どんな詩ができるのか、全く予想がつきません。不安半分、期待半分で生成AIの入力画面に指示を出します。

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