凸者(とつしゃ)の削除

犬坊ふみ

【短編】凸者(とつしゃ)の削除




 俺は、世の中を自在にムーブメントするインフルエンサー。その主な活動拠点はユーチューブだ。

 いま、俺には悩みがある。しかしこれは悩みというか……自分が選んだ道を思惑通りに進んでいるということだから「嬉しいつらみ」といったところか。

 撮影と収録、編集と投稿をルーティーンにしていると、オンもオフもオフィシャルもプライベートも、なにもかもが曖昧になってくる。トイレに入っているときもネタを考えているし、ただコンビニに行くときも頭のなかは次にやる作業のことばかり。友達と遊んだり、飯食ったり、女を作ったりするような時間の余裕もない。ただ毎日のルーティーンをこなすことが俺の人生で、自由を求めてユーチューバーになったはずだったのに、ある意味平凡な会社員よりも労働時間は過酷だったりする。

「でも俺が選んだ道だからな」

 だがそうやって自分を納得させられるのは、自分のスター性を感じるからだった。労働時間に比例して順調に登録者数が増え、だんだんと有名人の階段をのぼっていく自分は、やはりスターになるべくして生まれた人間だし、こうして自由がなくなるのは避けられない運命であり、仕方がないことなのだ。

 しかしもう一つ、悩みがある。ささいな悩みだといわれてしまえばそうかもしれないが。

 登録者数が十万人を超え、収益がすこし出始めたころから、フォロワーが自宅に来るようになったのだ。

「ガチムリ新生人(ニューボーン)のHATAさんですよね! わあ、ホンモノのほうがカッコイイ! いつも見てます!」

 マンションのロビーを出たところで声をかけてきたのは、女子高生二人。

「握手してください!」

「これ受け取ってください!」

 そして二人してキャーキャー叫びながら、肩を小突きあいながらあっという間に去っていった。なんだったんだ、今のは。渡された小さな紙袋の中には、手作りのチョコレートと手紙が入っていた。これはちょっと満更でもなかった。

「でもなんで俺の住所知ってるんだろうな」

 もちろん動画やSNSで本名や住所なんてばらさないし、自宅で収録するときはカーテンを閉め、住所特定されない工夫はしてきたはずなのに。そこが少しひっかかった。

 しかしその後も自宅にやってくる人物は入れかわり立ちかわりやってきた。

「いつもいつもみたいなタイトルつけやがって、詐欺だって訴えるぞ。まじお前キモい。まじでイラつく」

 サングラスにニット帽、マスク姿で凸してくるヤカラ風の男。

「この商品どうですか? いいでしょう。ネタになりませんか? あなただけに破格のお値段でお譲りします」

 それこそ詐欺みたいな品物を強引に売りつけようとするセールスマン。

「ちょっとあなた! 動画でみたけどぜったい取り憑かれてるよ、お祓いに行ったほうがいい。命が惜しければこの水晶玉に……」

 そっちこそなんか取り憑かれてるだろうというような妖怪みたいな霊感商法のおばさん。

 もちろん普通に視聴者で、純粋に僕のファンでいてくれる人のほうがダントツに多い。異常なやつはほんの一握りだが、その一握りが強烈すぎるのだ。

「殺してやるぞ」

「投稿をやめろ。さもなくばボコボコにしにいく」

「ユーチューブから出ていけ。二度と顔をさらすな、キモいんだよ!」

 殺害予告や、脅迫文を書いたダイレクトメールはひっきりなしだ。嫉妬にまみれの同業者からはエグい攻撃受けた。まあ、それだけ俺がビッグになったってことなんだが。

 俺は連日の突撃訪問者に嫌気がさし、そのマンションからそうそうに引っ越すことにした。しかし、次に引っ越したマンションでも、その次に引っ越したマンションでも、なぜか住所特定され、凸ってくるやつはあとを絶たない。俺は近所のコンビニ店員が掲示板に書き込んでいるんじゃないかとか、引っ越し業者や配達業者が怪しいんじゃないかとか、なにもかもに不信感をつのらせ、毎日をビクビクして過ごしていた。

 そういうなかでも俺は表向き淡々と投稿をつづけ、登録者数は三十万人を突破。順調に有名ユーチューバーへの道を駆け上がっていったんだ。

 そんなある日、ピンポーン、とドアチャイムが鳴った。

「だれだ」

 友達がいない俺を訪ねてくる人間はいない。宅配便は宅配ボックスを使っているし、いまは出前も頼んでいない。訪問者として思い当たるものがない。それでもインターフォンに応答したのは、近頃オートロック付きのマンションに引っ越したという安心感からだった。

「ガス機器の点検にまいりました。少しいいですか?」

 なんだ、ガス会社か。俺はドアチェーンを外し、作業員を招きいれてしまった。ところが侵入してきたのは金髪にトレーナーの若い男だった。

「あのー、俺まじでガチムリさんの大ファンっす!」

「は?」

 混乱して僕のアタマがついていかない。

「どゆこと」

「てかなんでー、ガチムリさんて住所特定されてるか知ってますか? それはー闇サイト上の住所録に載っちゃってるからなんスよ。俺、ぶっちゃけ親切なんで教えますけど」

 闇サイトに一度でも載ってしまうと二度と消すことはできない。闇サイト上の情報で凸してくる連中はまともな人間じゃない、そいつらを駆逐するには闇社会の人間じゃないとできない…男は、そんな内容のことを話した。

「俺、ガチムリさんの大ファンなんで、闇関係の案件はまかせといてください。そいつら追い払ってやりますから」

 リクトと名乗るその男は、自分は味方だから安心してほしいこと、そして俺のチャンネルで雇ってほしいと頼んできた。あまりの熱意に押され僕が了承すると、リクトは「ひゃっほー!」と叫んで子供のように喜んだ。

 その直後、もうひとり俺の部屋を訪ねてきた人物がいた。インターホン越しに確認すると、おとなしそうな服装をした女だったのでドアを開けた。

「はじめまして! 私、ガチムリさんの大ファンなんです。まだ登録者が二桁だったころから見てます! 私じつはホワイトハッカーやっていて、ガチムリさんがネットリンチに遭っているのがあまりにもいたたまれなくて来ちゃいました」

 女は丁寧におじぎをし、ネット上の誹謗中傷や、拡散した俺の個人情報を削除することができるから、自分を雇ってほしいというようなことをいった。なるほど女の言うことももっともだったし、チャンネルも大きくなってきたタイミングでスタッフを増やすのも悪くないと思った俺は、二つ返事でオーケーした。

「嬉しい!」

 女は手を叩いて喜んだ。女はアオイという名前だった。





 リクトとアオイは、俺のチャンネルのためによく働いてくれた。ただし、は。

「だるい」

 最初に音を上げたのはリクトだ。不審者を追い払うのは得意だったが、他の仕事にまるでやる気が見られないリクト。ロケ先のセッティングや機材の片付けとなると、すぐにサボってどこかに消える。

 そんなリクトにアオイも不満がたらたらだ。

「てかアイツだけずるい。おんなじ給料なのに私は編集作業で夜も寝ていないんですよ、てかハッカーがなんでこんな編集みたいな地味な作業………」

「うるせーなあ、女のくせに黙ってろ。てかブス、ドブス、お前みたいなブス女、ボスにソープ送りにされろ!」

 リクトが不機嫌になるとアオイは文句をいう、アオイがヒスを起こすとリクトががなりたてる。合わせ鏡のような二人。ネット上の誹謗中傷や、不審者の突撃訪問は劇的に減ったものの、俺にはこんなふうに別の悩みが生まれてしまった。

 しかしユーチューバーでインフルエンサーという地位を着実に築いてきた俺は、こんなところでくじけることわけにはいかない。大勢のひと目にさらされる存在として、クリーンでホワイトな印象は絶対に壊すわけにはいかない。だから僕は怒鳴らない。不審な凸者にも、不届きで自分勝手なスタッフにも。





 テレビをつけるとニュースがやっていた。

『今日午後、東京都新宿区の宿泊施設にて、若い男女二人が刃物で刺され、倒れているのが見つかり、救急搬送されましたが死亡が確認されました。

 死亡したのは、猪飼陸斗さん二十五歳、今井蒼衣さん二十一歳。二人は全身に刺し傷があり、失血性ショックと見られています。現場では凶器とみられる刃渡り二十五センチのナイフと、刃渡り十五センチほどのバタフライナイフの二本のナイフが押収され、他殺か自殺かの両面で捜査がすすめられていますが、侵入者がいなかったことが防犯カメラで確認されていることや、ナイフに二人の指紋しか検出されなかったことから、二人の間でなんらかのトラブルがあったか、無理心中をはかったのではないかと言われています…………』

「おまえらは俺を知っていたかもしれないが、俺はおまえらを知りもしない。そしておまえらは俺を知っているつもりになっていたが、俺を知りもしないんだよ」

 ソファーに座ってテレビを見ながら、俺は独り言をいった。

 犯人は俺じゃない。ただ、

「リクトはマジでクズだ、ほんと使えねえ。アイツさえいなければアイツの取り分をお前にやれるのに。邪魔者がいなくなったら俺の女にしてやるよ。お前かわいいから一緒にチャンネルやろうぜ、きっと人気バク上がりだよ」

 そういってアオイに睡眠導入剤とナイフを手渡しただけだ。そして

「アオイのやつまじでうざい。まじでいなくなってほしい。てかさ、俺のチャンネルに女なんかいらなくない? でもアオイも変に頑固だからさ、ナイフでちょっと脅して追い払ってくれよ。もう俺の前に姿をみせなくなるように」

 リクトにそう指示しただけだ。リクトは常時ナイフを携帯していることを俺はしっていた。




 俺の悩みは、一つ減った。

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