マジで気絶する15分前


 渚と真子、そして圭の三人は幼馴染である。

 

 家が近かった三人は、圭の親の形見だという一眼レフのカメラを使い、圭の書いた脚本で短い映画を何本も作っていた。

 

 河川敷で夢を語り合う。

 

 何の曇りの無い喧嘩をする。

 

 まさに、渚の人生での絶頂期と言ってもいい頃。

 

 しかし、渚にとってただの友達だった二人が憧れの存在となっていくにしたがって、どうあがいても埋める事の出来ない溝が出来始めた。

 

 立ち止まってしまった渚は、どこからか湧いてくる罪悪感から、二人の顔すら上手く見れなくなっていく。

 

 自分の眼に映る自分が情けない。そうなると、相手からもそう映っている様に思えるものだ。

 

 気付けば渚は、二人に対して、近づきすぎず遠すぎずの微妙な距離感を保つようになっていた。

 

           ♦                                                 

 

 渚は少し考えた後、思い切って顔を出した。

 

 「あ、あの~、真子ちゃん?」

 

 「ナギ?何?」

 

 圭は既に場を後にしていたようで、真子のみが振り返った。

 

 「やっぱり、私と真子ちゃんが対決するなんて変だと思うんだ」

 

 「別に?私は構わないけど。オーディションなんていつもこんなもんだし」

 

 「でも、真子ちゃんは凄い有名人だし、私じゃ敵いっこないって言うか」

 

 「どれだけ有名になったって、圭君は私を見てくれないの!」

 

 廊下中に響く真子の声。

 

 「私にとって、学校の舞台なんてどうでもいい。ただ圭君に演技を認めてもらいたいだけ。でもナギがいるから、あんたがいるから、いつまでも圭君は私を認めてくれない。圭君はいつまでもナギを待ってる。ずっと努力してきた私じゃなくて、逃げたあんたなんかを……」

 

 「何でそんな……。私、演技なんて全然上手く無いのに」

 

 「そんなの知らないし関係ない。でも、もし私と勝負するって言うなら、本気でやってよね。じゃないとみんなにも失礼。どれだけ小さな舞台でも、主役を演じられるのはたった一人だけ。作品に関わる全ての人達の思いを背負って立つ唯一の存在なんだから」

 

 真子はそう言い終えると、前を向き歩き去った。

 

 渚は何も言い返せず、真子の背中を見送った。

 

 一人学校を出て、石ころを蹴飛ばしながら家路を歩いていた。

 

 (何よ、二人で寄ってたかっちゃってさ。二人と私は違うんだよ。私だって出来るんだったら……私だって……)

 

 渚は少し道をそれ、近くの河川敷に着くと座り込んだ。

 

 十文字河川敷グラウンドと呼ばれるこの場所には、大きなサッカーグラウンドがあり、丁度下校の時間を過ぎた頃から、小学生たちが活動を始める。

 

 必死にボールを取り合う子供達を眺める渚。

 

 少し強い風と、優しく揺れる草花。

 

 渚は仰向けに寝そべると、昼と夕暮れの丁度間に差し掛かった空を見上げた。

 

 (昔よく三人で来てたっけ。あの映画のあそこがいいとか駄目だとか真剣に話してさ。圭は『誰も見たことの無いものを撮るのが俺の夢』なんて毎日言ってて、真子ちゃんは『圭君の作る映画の主演になるのが私の夢』って自信満々でさ。それで私は…あれ?私の夢って何だっけ?いや、違う。あの時も私、何も言えなかったんだ)

 

 綺麗な空が、少しずつ潤んでいく。

 

 渚は顔を覆った。

 

 (二人共、今も夢を追いかけててカッコイイな。今日だってあんなに真剣だったし。それなのに私だけ、ずっと何してんだろ?)

 

 頭の中に、今日の圭と真子が浮かんでくる。

 

 (ああそうだ。私、あの二人みたいになりたかったんだ)

 

 渚にとって一番近く、それでいて誰よりも遠い憧れの二人。

 

 そこに近づけるチャンスが少しでもあるのなら、捨てたくない。

 

 渚は目を三回擦ると、立ち上がった。 

 

 両手を拡声器代わりに口に当てると「いっちょやってみっか~!!!」と大きく叫んだ。

 

 突然の声に驚きこちらを振り向く小学生たちの目線に恥ずかしさを取り戻しながら、渚は家へと走った。

 

 玄関の扉を勢いよく開けると、リビングから聞こえる「おかえりー」を無視して二階へと駆け上がる。

 

 机の引き出しに閉まってあった演技勉強必殺手帳を取り出す。

 

 誇りを被っていたこの伝説の書は、圭と真子と三人で作ったもので、ネットで仕入れた情報や、色々な俳優の演技について書かれた分厚い手作り本だ。

 

 一ページずつ真剣に目を通していく渚。

 

 だがこのノートには、致命的な欠点があった。

 

 渚は人類史上一番と言ってもいい程に、字が汚い。

 

 象形文字の様な言葉の羅列では、内容を理解することなど到底不可能であった。

 

 「うん、なんにも分からん。よくこれで読めてたな、昔の私」

 

 渚はスタートダッシュと同時に躓いた。

 

 本棚には映画のDVDが大量に積みあがっている。

 

 今から全部見て研究する時間も無い。

 

 頭を悩ませる渚。

 

 「どうしたの渚?ただいまも言わないでさ~」

 

 その声に反応し、部屋の外を振り向く渚。

 

 目の前にいたのは、母である陽子。

 

 整った顔立ちに映える薄化粧。唇の下にある特徴的なほくろ。ウェーブのかかった白髪染め済みの黒髪。渚の10倍はノー天気に見える明るい笑顔を見せながら、ドア越しにひょっこりと顔を出していた。

 

 渚は陽子に「どうしよ~ママ~」と泣きついた。

 

 「何々?どうしたの?」

 

 渚は陽子に事の経緯を説明した。

 

 うんうんと頷きながら耳を貸す陽子は、渚の話が一通り終わったところで、大きく親指を立てた。

 

 「それなら、近所に演技スクールがあるでしょ?母さん、あそこの先生と知り合いだから、連絡しといてあげるから今から行っておいで」 

 

 「え~、でもあそこってボロボロで、クラスのみんなは幽霊屋敷だって言ってるよ」

 

 「ははは、な~んも出ないって。……たぶんね」

 

 陽子は意地悪な笑顔を見せると、嫌がる渚を無理やり送り出した。

 

 ここまでが、渚がマジで気絶する15分前までに起こった出来事であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る