ループ&ループ 1

アラームが鳴った。


ユキハルはベッドから転げ落ちながら目覚めた。


ダラダラと冷や汗が流れてくる。


全身をくまなく触り、バラバラになったはずの体がしっかりと五体満足である事を確認する。


夢というにはあまりに鮮明な記憶と、夢としか説明できない出来事。


半信半疑の状態の中、目に入ったのは机の上の腕時計。


どこも壊れた様子もなく、問題なく動いている綺麗な状態の時計を手にし、ユキハルは安堵のため息を吐いた。


「夢……だったのか?そりゃそうだよな。そうじゃなきゃおかしい。あんな事、現実で起こるわけないもんな」


自分に言い聞かせる様に呟く。


落ち着いて考えてみれば、女の子が空から落ちて来るなんてあり得ない。


夢だからこそ、自分も素直に受け入れて、何も考えずに助けようと思ったに違いない。


だって僕は、そんなに強い人間じゃない。


ユキハル自身が一番良く分かっている事だ。


小学校の時、親友がいじめられてるのを見ても何も出来なかった。


中学校の時、母親が馬鹿にされた時も何も言い返せなかった。


高校一年生の今、学校では何も波風を立てない様に生きている。


ヒーローに憧れる権利すらない自分が、誰かを助けようとするなんておかしな事だ。


実に情けない納得のさせ方ながらも、ユキハルの中で一応の決着を着けた。


部屋の外から音が聞こえる。


テレビの音だ。


(いや……まさかな……)


ユキハルは部屋を出て、リビングに行った。


丁度ニュースの星座占いの一位発表の瞬間であった。


『六月二日、今日の第一位はしし座のあなた!最高の出会いがあなたに降って来る予感。勇気をもって一歩を踏み出してみよう。ラッキーアイテムは真っ白な紙。願いを書いてみると叶うかも?』


既視感のある内容に、ユキハルは動揺しながらも、ひとまず机に腰掛けた。


朝食が置かれている。その横には置手紙。


『優希晴!誕生日おめでと!今日も学校頑張ってね!母はお仕事に行ってます。朝ごはんは優希晴の好きなソーセージスクランブルエッグ丼にしといたから、これ食べて元気に行ってらっしゃい。ps・今夜は豪華にすき焼にでもしちゃうからお楽しみに』


こちらも夢で見た内容と一言一句同じ。


「あり得ない、あり得るわけない。正夢だ。絶対そうだ。そうに決まってる!」


思わず叫ぶユキハル。


脳が理解を拒否する。今まさに起こっている非現実が受け入れられない。


こんな精神状態では、朝食も喉を通らない。


「と……とにかく、こんなの気にしてないで学校に行こう。うん。絶対それが良いに決まってる」


乱れた髪も直さず、雑に準備を整えると、ユキハルは逃げる様に家を出た。


来宮商店街を早歩きし、駅まで急ぐ。


「ユキ坊、ユキ坊」


聞きなれた声が、ユキハルを呼び止めた。


振り返るとそこには、団子を片手にこちらに微笑む鶴ばあの姿があった。


「ひ……ひぃ」


後ずさりするユキハル。


鶴ばあは不思議そうな顔をしながらユキハルを見つめる。


「な~にどうしたユキ坊。幽霊でも見たみたいな顔してもうて。ほれ、新しい団子が出来たからこれでも食いんしゃい。出来立てだからうめえよ」


鶴ばあは、ユキハルに団子を手渡した。


この団子の存在は既に知っている。味も、知り合いから貰った生クリームで作ったことも。


だからこそユキハルは、あえて同じ様に鶴ばあに尋ねた。


「へえ~。何これ?」


「知り合いの人からもらった牛乳で作った生クリームで包んでみたんだよ。これがまた美味しくてね~。ユキ坊みたいな今時の子達にも売れるんじゃねえかって思ってんだよ」


前回と全く同じ回答である。


ユキハルの中で、動揺が確信的な恐怖へと変わった。


「そ……そうなんだ……ありがと……」


平静を装いながら、満足そうに店内に帰っていく鶴ばあを見送った。


間違いなく、夢と全く同じことが起こりすぎている。


占いの結果。


置手紙の内容。


鶴ばあの対応。


今朝起こった全ての事に、一度体験した記憶がある。


だったらどうなる?


次は何が起こる?


ユキハルは夢と全く同じ場所に立つと「何も起こるな何も起こるな」と両手を合わせ、ありとあらゆる神に祈りながら、空を見上げた。


「まじか」


視界に映ったのは、黒い点。


それはどんどんと大きくなり、前回と同じ女の子が、全く同じ角度と速度でこちらに向かって落下して来ている。


「嘘だろ嘘だろ嘘だろ!!」


頭によぎるのは、前回の最悪な結果と、それに伴う途轍もない痛み。


このままだと間違いなくまた死ぬことは確実だ。


どうしようもない絶望感で、足が震える。


女の子を助ける、などと考えている余裕は既になかった。


ユキハルは、目の前の駅に向かって走り出した。


「知らない知らない!!僕には関係ない!!」


その時、ユキハルの後ろで「ぐちゃっ」と音が鳴った。


何が起こったのかはもう分かっている。


恐る恐る振り返るユキハル。


目の前にあったのは、既に虫の息の女の子の姿だった。


完全に腰を抜かし倒れる。


全身の身の毛が引いて行く。


恐怖で呼吸が詰まる。


体が上手く動かせない。


「はっ……はっ……はっ……ぎっ……ぐっ……がっ……そんな……そんな……」


ユキハルは声にならない声を上げた。


同時にユキハルの視界は、再び真っ暗になった。

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