第22話





 何かが破裂するような、鋭い音が上がった。部屋全体に響くほど痛烈な舌打ちだ。

 「アレを鎮めただと……!? どこのたわけが、そんな小手先の修祓を……!!」

 硬い石壁に囲まれた空間ゆえ、自分の発した声が反響して木霊するのが鬱陶しい。それが余計に苛立ちを増幅させて、力の限り両手の拳を握りしめる。尖った爪が手のひらに食い込んで、ところどころ血がにじんだ感覚があったが、そんなことはどうでも良かった。

 と。

 《――如何した。我が主》

 「どうしたもこうしたもあるか! 言うとおりにすれば悲願が叶うと、そう嘯いたのはお前だろうが!!」

 突如、背後の暗闇から発せられた声に食ってかかる。剥き出しの怒りをぶつけられた相手は、さして気分を害した風もなく淡々と続けた。

 《――然様。呼び出したものの願いを叶えることこそ、我の存在する意義だ。この国で、我らのようなモノはほぼ知られておらんが》

 そうとも、だからこそ提案を呑んだのだ。こいつのような存在は、今のところ国内でも、周囲の国々でも周知されていない。存在を感じ取る者はいても、その対処の仕方が分からない。追い落とすために醜聞を広めても、本人に直接けしかけても――その結果として命を奪ってすらも、それを命じた当事者と結びつけることなど出来はしない。自分のような者にはまさに打って付けだった。

 《――野狐どもを寄り憑かせるまでは上手く行ったが、やはり女子供は手緩いな。小娘ども、追いかけ回す暇があるなら媚薬でも何でも盛ってやれば良いものを》

 「相手が自分を選ぶ瞬間に酔いたいんだろうさ。運命の相手だの真実の愛だの、温室育ちのお嬢様にありがちの妄想だな! 馬鹿馬鹿しいッ」

 《――まあそう焦るな、教師どもに掛けた認識阻害は当分有効だろう? 一両日の間であれば、まだ好機は幾らでもある》

 「……、本当だろうな、おい」

 《――勿論だとも。我とて己の存在がかかっておるからな、嘘は言わん》

 どこの退魔士気取りが憑き物を落として回ったやら知らないが、今は一仕事終えて気が緩んでいるはずだ。まさか立て続けに騒動が起こるとは思っていまい。いや、もし用心していたとしても構わない。その用意を上回る厄災を起こせば良いだけの話だ。

 《――主は己の望みを叶えることだけに専念せよ。後は我に任せておくがいい、良きに計らおうぞ)

 「……、本当に信じていいんだろうな? もし万が一バレたら、ただじゃ済まんのだぞ!? 国家反逆罪と不敬罪で良くて追放、悪けりゃ断頭台か絞首台なんだからな!!」

 《――解っておるとも。もっと自信を持って大きく構えることだ、次期国王の器たるならば》

 「言われなくともそうするわ!!」

 苛立たし気に席を立ち、足音も荒く部屋を出ていく。勢い余って椅子が倒れる音も、力任せに扉を開け閉めした音も、耳障りでしょうがない。失敗のせいで余計な仕事が増えてしまったのも腹が立つ。邪魔したやつらめ、自分に刃向かったことを後悔させてくれる!

 《――……やれやれ。己の器量を客観視できぬ、というのは困ったものだな》

 器があるなら、と言ったのだ。お前には器がある、と断言してはいない。自分たちは言霊に縛られているせいで、些細な偽りを口にするだけでも辛苦を味わうことになるのだから。

 冷徹につぶやく姿なき声。暗がりに一対、三日月のように弧を描く紅い光が浮かんで、すぐに消えた。




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