第21話


 王立学院は、従兄から聞いて何となく想像していたものの数十倍広かった。ロビンという案内役がいなければ、まず間違いなく遭難していたはずだ。

 幸いにして彼のサポートと、野狐が上げる鳴き声のおかげで、すぐにお憑かれ様状態の令嬢たちを発見し。出くわす端から祓って回ること数十分、完全におかしな気配が消えたことを確認してから連れてこられたのは、ひと際大きな建物の三階部分だった。正面からは死角になっているバルコニーに降り立ち、辺りに人目がないのを確認してから呼びかける。

 「あのー、すみませーん。ここ開けてくださーい。……開けてくれるかなぁ」

 「大丈夫です、何か変化があったことは嫌でも分かるはずですから。

 ご無沙汰しております。ご令嬢方の対処は無事に終了いたしました、エドワード様は遅くとも明後日にはお戻りになれるかと」

 「――本当か! でかしたぞ、ロビン!」

 言い終わるより早く窓ガラスが開いて、文字通り飛び出してきた人影かある。学院の制服を、一分の隙もなくきっちりと着込んだ男子生徒だ。うっすらと青みがかった銀髪に、紫水晶のような色合いの瞳が鮮やかだ。どちらかというとクールな印象の、ロビンたちに勝るとも劣らない美青年だった。……この人の周りは美人さんしかいないんだろうか。

 「ジャスティン、無事で何よりです。幻術を駆使して時間を稼いでくれたんでしょう、エドワード様から伺っていますよ」

 「あの程度、どうと言うこともない。……ご令嬢方の異変の原因を探るのに思いのほか手間取ってしまった、面目ない」

 「何を仰います。ジャスに任せてきたから大丈夫、絶対に状況が悪くならないようにしてくれると言っておられました。あの方は基本的に誰でも信用して下さいますが、無条件で信頼する相手はごく一部です」

 「……口が上手いな、お前も。こちらも相変わらずだ」

 やや照れた風にそう言って、青年――やはりこの人が噂のジャスティンだったらしい――は、ひとつ咳払いした。大人しく待っていたエレノアに視線を向けると、軽く首を傾げて、

 「ところで、そちらのお嬢さんは? この事態に校内見学でもなかろうし、キャロル嬢絡みのことか?」

 「ええ、実は……と、その前に室内に入りませんか。人目につくと面倒なことに」

 「……、そのようだな」

 二人がやり取りする最中にも、広い校舎内を走り回ったり、慌てて人を呼んだりする気配が伝わってくる。さっき祓ってほったらかしてきた令嬢達が見つかったようだ。まああれだけ騒いだら当然だろうが。

 「ケイ、伝令を頼む。こちらはひとまず落ち着いた、また詳しいことは追って連絡する、と」

 「はいよ、会長とご実家宛てね。魔導具ツール使っていい?」

 「解決した後だから構わんだろう。ただ、あまり長話はするなよ。有象無象に居場所を嗅ぎつけられるのはまずい」

 「了解。そんじゃお二人さん、後でね」

 ジャスティンの背後で待機していたもうひとりの生徒が、必要なことだけ確認して素早く出ていく。二人とだいぶノリが違うものの、同じかそれ以上に有能らしい。とりあえずあちらはお任せしてよさそうだ。

 (まあそれはそれとして、……薄々分かってはいたけど、今日中には帰れないよね?? これ)

 なんせ片道一時間と少し、しかもその道中は例の高速魔法で地面すれすれをかっ飛ばし続けるのだ。とてもじゃないが、あれを帰りにもう一度やる勇気はない。というか日を改めても無理だ。しかしそうなると、無断外泊を実家の伯父夫婦に咎められて、また面倒なことになるのは間違いない。

 シーナがどうにか言い訳しといてくれないかなぁ、と、若干無責任なことを思いつつ。エレノアはひとまずは、大人しく室内に招き入れられたのだった。



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